第四話「おかえりを君に」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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天井から滴り落ちた水滴が浴槽へと落ちた。その音が聞こえるほどに静かな浴室に純とリナリーの二人が居た。
孤児院へと迎え入れられた彼らはシスターの厚い歓待を受ける。話さなければならぬことがいくらでもあったが、その隙もなく女性陣は風呂へと押し込まれた。昨夜のこともあり、リナリーは純と話せる機会を伺っていた。風呂場ならば邪魔されずに話をできるかもしれない。いいチャンスだと思った。考えてみれば純が教団の大浴場に浸かっているところを一度も見たことが無い。その疑問はすぐさま解消された。脱衣所で服を脱いでいた時、シスターが着替えを持ってきてくれた。寝間着に使えるワンピース、それを見て純がもう少し長いものをと注文を付けたのだ。文句をつけられたシスターは僅かに息を呑んだ。
「ええ、そういたしましょうね」
「…お気遣いいたみいります」
労るようなシスターの声、背後で風呂の準備をしている純を見ればスラリと伸びた足に巻き付く火傷の跡があった。それの他には体躯のどこにも瑕疵は見当たらない。純は蛇の鱗のように爛れたそれを見られたくなかったのだ。
「あんまり見ないで」
「っ、ごめんね」
「…皆には内緒ね」
「わかったわ、内緒にする」
孤児院に来てからというもの純の顔からいつもの上品な笑みが抜け落ちていた。ほとんど無表情で少し怒っているようにも見える。じっと足を見つめていたのがバレてリナリーは冷たい顔に咎められた。また昨晩のように殺気が放たれるのではないかと思い身が竦むも、当の本人は大して気にした様子もなく浴場へと向かっていった。
身体を洗い流し、髪を纏め上げ浴槽にはいるまで二人は終始無言だった。湯に肩まで浸かり瞼を閉じて純が息をつく。寒空の下で動き続け冷え切り青白くなっていた肌に赤みが戻っていた。
「…昨日のこと、悪かったわ 完全に八つ当たりだった」
「わ、私こそ純を傷つけちゃって…」
「いいよ 泣かせたの私の方だし」
「でも!」
「じゃあさっきのでおあいこってことにしない?」
「…ずるい」
「よく言われます」
くすくすと悪戯っぽい笑みが純からこぼれる。そんな笑い方をする彼女をリナリーは初めて見た。それだけでなんだか許された気がしていた。今なら聞ける、リナリーは意を決して今日一番の疑問を彼女にぶつけた。
「ねえ、純 さっき神田が許嫁って言ってたよね」
息を吸う音と共に露骨に目を逸らされる。初対面のあの日、彼女は神田の許嫁を知らないと言っていた。純が許嫁ではないとはっきり言っていた。
「…嘘ついたの?」
「嘘ではないのよ あのときには破棄するって決めてたし、そもそも効力のない取り決めだったから」
「でも神田は…」
「リナリー 八年よ、八年も会ってなかったの 私も彼もお互いのことを全然知らない」
以前まで彼女の顔に張り付いていた笑みが浮かぶ。なるほど聞かれたくないことがあるとこの顔になるのかと納得した。
「それでも幼馴染なんでしょ… 」
「五歳からのたったの五年いっしょに居ただけ」
「…たったなんかじゃないでしょ」
その五年がどれほど二人にとって大事だったのか、神田が純をみる目つきでわかる。リナリーに向けられるのと同種の、でもはっきりと違う目線。憧れるわけではないが、前まではその場所に自分がいたのにと心が満たされずにいた。それを平然と享受しながら彼との関係を否定する純が信じられなかった。じっと彼女を見つめると、その口から乾いた笑いが溢れてきた。純はひとしきり笑ったあと、じとりと湿った目つきでリナリーを見据える。もうそこに笑みは無かった。
「私、あなたが羨ましいわ。 私が知らない八年をあなたは知っている」
紫色だったはずの彼女の瞳が緑に揺れていた。リナリーは勘違いしていたことを悟る。純は許嫁を破棄した今でも彼に想いを寄せているのだ。どうして、と思わないでも無い。許嫁を破棄しなければ良かったのではないか。きっとそこには自分には思いも寄らない事情があるのだろう。いかにせよ彼女が恋敵であることは確定した。リナリーもこの小さな初恋が実らずに終わることは解っている。ただ、彼女のおかげでやり切ることが出来そうな気がしていた。
「そっか、じゃあライバルね」
「……ライバル、皆には内緒ね」
「ふふ、わかってるよ」
お互いに笑い合って小指を絡める。指切りをして風呂を上がった。リナリーが髪を乾かそうとすると純が背後に寄ってくる。
「乾かしてあげましょう」
「いいの?」
「目を閉じて すぐに終わるわ」
言われた通り目を閉じているとふんわりとした風が髪の間を通り抜けていった。数秒も経たないうちに髪が乾いている。
「はいできた」
「凄い!これも魔法?」
「もちろん」
「兄さんに言って魔道具にしてもらえないかな…でも、暴走しそうだしな…」
「彼、優秀だって聞いたけど」
「凝り性すぎて変な方向に行っちゃうの…」
「…そういうタイプね」
女子二人が風呂で仲を深めている間、男子三人はあてがわれた部屋で駄弁っていた。広めの部屋にベッドが五台、部屋数が足りないらしく分けることは不可能だった。
「ってことで二人が風呂に行ったわけですが どうするさ?覗く?」
「馬鹿じゃないですか」
「いやいや、聞いただけさ こういうときの定番だろ?コムイに殺されたくはねーって」
「同じ部屋で寝るだけでも殺されかねませんからね… ああ恐ろしい…」
このような状況になることは珍しくはない。大抵は怒り散らすコムイをリナリーの弁明で押さえつけることで生きながらえてきた。だが今回ばかりは脅威が一人ではないことに神田は気付いていた。
「兄貴もいんのか…」
「兄貴って、愁さんのことですよね? …もしかして彼も」
「コムイに負けず劣らずのド級のシスコン野郎だ」
ラビとアレンの背筋を冷や汗が伝い落ちる。あれが二人に増えるなど想像したくもない。ここは純の弁明に賭けるしかないだろう。あとで頭を下げて頼み込もうと決めた。
話題が途切れた僅かな沈黙、ラビとアレンの頭には先程の彼らの会話が思い起こされていた。許嫁だのどうだのと神田の口から出るとは思えない単語が飛び出していた気がする。二人で目を合わせ意を決して伺いを立てることにした。
「…なあ大将、聞いてもいい?」
「何をだ」
「さっき、純と許嫁がどうこう言ってませんでした?」
「もしかして件の許嫁って純のことなんか?」
神田が苦虫を噛み潰したような顔になる。彼女との関係を隠そうと思ってはいないが、問いただされるのが不快だった。だがここで口をつぐんでもいずれは明るみに出る話だ。答えてしまったほうが得策だろう。長い溜息のあと神田は口を開く。
「…そうだ」
「ってことは付き合って…」
「ねえよバカ兎 昔の話だ、今は違う」
再会直後に破棄を言い渡されたあの瞬間を思い出し、神田の眉間の皺が深くなる。
「どおりで このところ様子が変だったわけですね」
「ユウちゃんも案外わかりやすいさね~」
これ以上話す必要はないとアレンとラビを無視し続けたが、お構いなしに会話を続けられた。特に同じ任務に向かったアレンがそのときの事をイジってくる。すごい焦ってましたもんねだとか、恋人でもないのに距離が近すぎませんかとか兄弟子ぶってくるのだ。確かに純の大怪我で焦りはしたが、距離の近さについてとやかく言われる筋合いはない。そこにそれ以上の感情があったことは否定しないが、幼馴染の範囲で許容される行動であると認識していた。
「別に、幼馴染ならあんくらい普通だろ」
「…添い寝がですか!?」
「あー、そういやリナリーとも昔…」
「アイツが勝手に布団に入ってくるんだ不可抗力だろ」
「いやいや、おかしいですって…」
アレンが呆れ果てたその時、廊下から足音が聞こえる。二人分、彼女たちに違いない。三人で顔を見合わせ軽く咳払いをした後ドアが開くのを待った。
「ごめん!待ったでしょ?」
「いいえ、リナリー 全然待ってませんよ」
「随分とご機嫌だな」
「えへへ、純に髪乾かして貰っちゃった!」
「…シスターが、あなた達が上がったら夕食にするって」
「りょーかい!ちゃっちゃと入ってくるさ 行こーぜ」
「ああ、ベッドの位置決めておいてください」
「わかったわ!」