第四話「おかえりを君に」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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純が海へと落ちゆくのをリナリーは許さなかった。咄嗟にイノセンスを発動し、ひと跳びで純の身体を抱えると崖の上へ戻る。待ち構えていた三人に囲まれた純の瞳は虚ろだ。
「純、大丈夫さ…?」
「怪我はありませんか?」
「…」
アレンとラビの心配に何も応えず、純は目線をあげた。その先には市民が群れを作っている。純はその眼前へと移動し微笑んでみせた。膝をつき死を悼む石工に手を差し伸べては頬を撫ぜ、その後ろに続く者たちを見やり胸に手を当て目線を下げる。民はそれで満足したようで礼を返して去っていった。その中で一人残ったものがいる。孤児院のシスターだった。この間に教団と連絡を取ったようで、一泊してからの帰還命令が出ていると伝えられた。宿として孤児院の一室を貸してくれるようだ。
「それは助かるさね それじゃあお言葉に甘えて…」
「もう日も暮れますし、急ぎましょう」
「ええ …!純?何処に行くの…!」
孤児院と正反対、西側の街に向かって純は進み始めていた。リナリーが咄嗟にその手を掴む。
「ねえ、純 帰ろう?私達のホームに」
今引き止めずにいれば、海へ落としたのと変わらないという確信があった。彼女の師匠よろしく姿を晦ますに違いないと思ったのだ。手に籠もる力が強まる。それに呼応するかのように純の口から消え入りそうなつぶやきが漏れた
。
「帰る? ホームって…どこに…?」
「どこって…」
リナリーが怯んで力を弱めた隙に純の手は逃れていた。純は俯きながら西へと歩を進める。数歩行ったところで長い影に道を塞がれた。
「…邪魔、どいて」
「…。」
仏頂面の神田が立ちはだかる。温度のない瞳で純を見下げていた。自他に厳しい彼のことだ、逃げるなとでも言うつもりなのだろう。そうだとしても今の純には折れる気など微塵も無かった。狡いと判りつつ彼に命令を下す。これで彼が言うことを聞かない試しが無かった。
「神田、どきなさいと言っています」
「…馬鹿か。 もう許嫁じゃねえんだろ、命令は聞かん」
会話を聞いていた三人が飛び出た単語に驚いている一方で、神田の呆れた口調に純が顔をくやしそうに歪ませていた。
「っ、別に逃げたりしない。 いいから一人で居させて」
「…行くぞ」
今にも泣き出しそうな声を絞り出す純、その団服の首元が引っ掴まれる。服が食い込み息が苦しい。ずりずりと無理矢理に引きずられブーツの底が擦れていった。
「やめなさい!…やめて!」
神田はジタバタと暴れる純のことなど意に介さずに進んでいく。純が捕らえられたことを確認した三人は先に孤児院に向かうことにしたようで姿が小さくなっていた。暴れるのに疲れたのか純の抵抗が弱まり懇願が聞こえる。
「ねえお願いだからやめて…一人にして…」
「…取り繕えねえから?」
「…」
「相変わらず図星だと黙るんだな …必要ねえだろ、そんなこと」
「なっ」
「アイツらに取り繕う必要があんのかって」
必要もなにも、そうでもしなければ教団に居ることすら許されないと純は思っていた。神田の足取りが緩まる。彼女の返答を待ってくれているようだった。
「…あるに決まってるでしょ」
「ねえな。お前が傷ついてまでやることじゃない」
「…傷ついてなんかない」
「その顔でよく言うぜ」
足を止めた神田がぐっと彼女を引き起こし、その顔を覗き込む。やつれたその顔色が痛々しいほどに曇っていた。純は俯きがちに目をそらしている。神田は彼女のこの顔が嫌いだった。一人で抱え込んで勝手に傷ついているのが腹立たしかった。それも居場所がないなどと自己完結されていては殊更だ。だが昨晩の一件で彼女の感情の一端を知り思い返せば再会して大事な事を言い忘れていたと気付いた。彼女を追い込んだ原因の一部が自分にあった。それを棚上げして怒鳴っていたようでは筋が通らない。この後悔は行動で雪がねばならないと昨夜から決めていた。
「純、お前が帰る場所はちゃんとある」
「…どこによ」
声にピクリと反応した純の目がようやく彼の瞳を捉える。透き通るスカイブルーが真っ直ぐに射抜いてきた。彼が静かに怒っているのがわかり背筋が冷える。
「んなもん俺と兄貴のいる場所以外ねえだろ」
小さなため息の後に、判りきったことを聞くなという態度で紡がれる言葉に純は瞠目する。それを映した彼の瞳に懇願の色が混じる。
「だから不必要に傷つくな もう少し我儘でいて良い」
確かめるように純の瞳の奥を覗き込みながら投げかけられた言葉があまりにも優しくて彼女は何も言えなくなった。本当に?許されていいの?と緑の瞳に紫が混じりだす。彼女の全身を覆っていた強張りが解けていった。
「わかったんなら行くぞ 自分で歩けるな」
「…歩ける」
「明日には兄貴も戻るってよ」
「そっか ……ねえ、本当に良いの?」
「ハッ、良いも何も、テメエの我儘抑え込むなんざ無理筋だろ」
一笑に付す神田と、馬鹿にされたと唇を尖らせてそっぽを向く純が横に並んで坂を下っていった。日が沈んでも未だ薄明るい黄昏時、向かう先には三人が並んで待っていた。