第四話「おかえりを君に」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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時は遡り、昼前の教団本部は騒然としていた。アクマに占拠された街に向かわせた麻倉純からの応援要請が入ったと思いきや連絡がつかなくなったのだ。急いで現地の協力者に連絡を取るも、未だ表立った戦闘の気配は見られないとのこと。純からの連絡によれば市民がアクマに取って替わられているという。急ぎの応援として昨夜戻ったばかりのアレン、リナリー、ラビ、神田の四人が抜擢された。
数時間の移動を終え、四人は町の西端へとたどり着く。アレンの左目には街を闊歩する無数のアクマの姿が映っていた。堂々と街へ乗り込んだ彼らの姿を見つけてアクマ共が派手な轟音を立てる。崩れ行く街並みの中一体、また一体と兵器が襲いかかってくる。それらを破壊しながら街の様子を伺うも、純の姿は何処にも無く通信も繋がらない。彼女のイノセンスの象徴たる空に浮かぶ光輪も見当たらず、まさか、と嫌な予感が彼らによぎった。
街の西側のアクマを殲滅し、四人は中央に位置する崖へ登る。切り立った断崖絶壁にニワトコの木が一本、そこからは東側の様子がよく見えた。夕映えに照らされた穏やかな街並みが続いている。戦争の気配などありはしない。急ぎ坂を下り東へ向かおうとした時、向かう先が水面のように揺れ突如壮年のシスターが飛び出してきた。
「エクソシスト様!どうかお助けください、悪魔が!悪魔がやってきたのです!」
未だ揺れる空間に足を踏み入れると突如として街が様変わりする。夕映えすら吸い込むほどに煤けた街並みに怯える人々の群れ、それらが見つめる先に悪魔がいた。円環状の角を生やし、手には汚れた双刀、坂の下まで伸びる白いヴェールを引きずりながら歩いている。ゆらりとおぼつかない足取りで向かう先は教団のサポーターである教会の孤児院の扉の前。若い女が背に数名の子供を隠しながら悪魔を睨みつけていた。
「早く止めないと…!」
「待って、リナリー あれはアクマじゃありません」
「マジかよ…」
アレンの左目にはアクマが確かに一体見えていた。それはあの白い悪魔ではない。ヴェールから透ける黒い外套とローズクロス、僅かに覗く蒼色の瞳が彼女が誰だか告げていた。
「…純、」
夕焼けが目に染みる。坂を登りきればあとは西の区画だけだ。この近くに残るアクマは教会の孤児院の前、ずる賢くも孤児を守るふりをしていた。子らには傷になるだろうが今は一刻を争う。純は石畳を刃で掻きながら一歩づつ距離を詰めていった。
「先生に何をする!」
右足に飛びついてきた影、アクマの背後から抜け出してきた少年がしがみついてきた。重みで足が止まったその時、先生と呼ばれたアクマの頭部が変形する。一瞬の隙も与えられぬまま放たれた弾丸は少年の頭部へと向かっていた。純は腕に纏ったヴェールで少年を覆い隠し、刀を回して弾丸を断つ。その勢いのままアクマに刀を投げつければ、それは扉に磔にされた。彼女は少年を引き剥がし突き刺さった刀へと近づく。泣き喚く子供を気にも留めずに刀を引き抜いて踵を返した。
振り向きざまに彼女の瞳が四人を向いた。澱を煮詰めたように濁った碧眼の焦点は、彼らを通り過し崖の先へと合っている。ずり、とヴェールを引きずって歩き、彼女は横をすり抜けていった。その背には市民からの罵詈雑言が注がれている。街の西にいたアクマはすべて屠ったと報告するも反応はない。ただ強く地を蹴っては浮かび、空を歩き崖の上へと向かっていった。翻るヴェールに巻き込まれないようにと市民が頭を低くするも、それはただの光のようでキラキラと瞬いてはすり抜け宙を舞っていった。
純は崖の上から街の西を眺める。崩れた街並みと所々に上がる黒煙が彼らの言葉が嘘ではないと証明していた。ようやく終わった。ニワトコの木の根元、崖際に腰を降ろしイノセンスの発動を解く。頭に刺さった光輪が廻りだした。これだから第二解放は使いたくないんだと彼女は眉根を寄せる。光暈の最大にして最悪の副作用、アクマを屠る度に伸びゆくヴェールのすべてが消えるまで、賛美歌を止めるなとイノセンスが求めてくるのだ。光輪の回転に合わせて脳をぐちゃぐちゃとかき回される感覚がする。意思とは関係なく喉が開き旋律が流れ出していった。
光輪に巻き取られたヴェールが光の粒となって夕暮れの空に舞い、街へと降り注ぐ。惨劇で失われた者たちを悼む儚き鎮魂曲の出どころは、女神の如き羽衣に透けた黒衣のシルエット。頭上に光背をもち天から光を注ぐそれは、市井の者には天使に見えたに違いない。先程までの恨みも忘れて手を合わせ祈りその歌声に耳を傾けていた。
やがてヴェールが全て消え一人のエクソシストが残る。純の目の前に広がるのは暗くオレンジに染まった海。頭上の光輪が消えたことで、身体に重力がのしかかる。朦朧とする頭でこの先のことを考えていた。応援に来てくれた四人に状況を説明する。また無茶だとかなんだとか口うるさく言われるのだろう。群がっている無辜の民に縋りつかれる。罵詈雑言を放った口で崇められるのだろう。とんだマッチポンプだ。教団に戻って、街に出した被害の大きさを咎められる。自分のポケットマネーから補填すれば赦してもらえるだろうか。泣き叫ぶ市井の夢を見る。これだけ疲れているのに、また眠れない。頭が重い。海の水が酷く心地よさそうに思えた。今落ちれば束の間意識を手放すくらいは出来るだろうか。何にせよ、このまま教団に戻るのよりはマシだ。針の筵よりも凍える海が好ましい。純は頭の重さに任せて崖外へと身体を傾ける。糸を切られた操り人形のように彼女は転がり落ちていった。