第四話「おかえりを君に」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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「私が夜分遅くに歌っていたのを 彼らに注意されただけです」
「だけということはないだろう」
「いいえ、それに強く言い返してしまい口論になったにすぎません」
笑みを浮かべた純がコムイからの質問に淡々と応えている。呼び出された司令室には憔悴した様子のリナリーが待っていた。五人の当事者が揃いコムイが状況確認を始めると純の顔に笑みが貼り付けられた。その口から語られる内容はどれも彼女に落ち度があるという主張である。事実と矛盾なく理路整然と聞こえるそれに彼らは困惑するも口を挟むことさえ許されなかった。
「純くん、君の主張は理解したよ」
「それは何よりでございます 本当に申し訳ございませんでした、もう歌いませんのでこの程度でご容赦願います。明日には任務もありますので」
「…そうだったね よろしく頼むよ」
「っ純! 私…」
「リナリーちゃん、強い言葉を使って悪かったわ 怖い思いをさせてしまってごめんなさい」
席を立とうとする間際、リナリーに呼び止められた純は笑みを深めて彼女に近づく。しゃがみこんで目線を合わせ、頬に手を添え述べられたのは謝罪の言葉。リナリーが二の句を告ぐのを待たずして純は足早に司令室を去った。
司令室の扉を抜けた先、壁にもたれかかるようにしてマリが立っている。純が前を通り過ぎようとした時、声が降ってきた。
「…いいのか?君の拠り所だっただろう」
「仕方のない話です だから、いいの」
「純…」
「おやすみなさい マリ」
力なく震えた声で自身に言い聞かせるように彼女は肯定する。そこにあるのは深い諦観の念だ。マリの耳には就寝の挨拶をして部屋へと向かう彼女の足音と、涙が溢れる音がはっきりと聞こえた。
純が去った司令室の中、リナリーの涙声が聞こえる。
「兄さん、違うの 私が、私が純に酷いことを…っ」
「いいから、今日はもう休みなさい 大丈夫さ、ちょっとした行き違いなんだろう?」
「…でも!」
「リナ、お前のせいじゃない 任務帰りなんだとっとと寝ろ」
「そうですね 色々あって疲れているでしょう。部屋まで送りますよ」
「許さん… いいや、お願いしようか」
アレンに連れられリナリーが部屋を出た。司令室内には重苦しい空気が漂っている。
「それで なんであんな大喧嘩になってたんだい」
「別に、アイツの歌が気に食わなかっただけだ」
「…確かに噂は僕の耳にも届いているよ 怖がる声が多くてね、そんなに酷いのかい?」
「いや、まあ 綺麗ではあったさよ?びっくりするくらい上手えし」
「でもリナリーが泣くほどなんだろう?」
妹を心配する兄の言葉にラビも神田も何も言えなかった。たしかにあの時リナリーは純の歌に怯えていた。歌声に乗った激情に気圧されていたのは間違いない。
「…うん、歌うのはやめてもらう他ないかな」
集団生活である以上仕方のないことだと室長であるコムイは結論を出す。歌一つでここまで大きなトラブルになるとは想定しておらずため息が出た。そのとき、ノックの音が響く。扉越しに声をかけてきたのはマリだった。
「入りなさい」
「失礼します。 室長、どうか結論を出すのは待っていただけないか」
「どうしてだい?」
「これでは純があまりにも不憫だ」
彼女が教団に来てから幾度も森で歌っては感情を吐き出してきたのだとマリは告げる。普段は仮面の下に押し込めて取り繕っている激情を発散できる数少ない機会だったのだと。それを奪ってしまってはあまりに不憫だと主張した。そこでようやくコムイは合点がいく。つまるところ四人は純の地雷を踏み抜いたわけだ。ではなぜ彼女はそう言わないのだろう。先程聞いた主張はどれも彼女が悪いという内容だった。
「しかし、彼女がもう歌わないと言ったんだ」
「状況をお考えください そう言わざるを得なかったのではないですか」
怒鳴り合いを咎められ連れてこられた先には室長の溺愛する妹御が憔悴した様子で待っており事の顛末を尋ねられる。その場にあってどうして傷ついたなどと言えようか。それも彼女の教団での立場を加味すれば尚更だった。コムイからしてみれば悔しいことこの上ない。この二ヶ月で純からの信頼を少しは得られたと思っていたが、これでは水泡に帰してしまう。せめて彼女の兄である麻倉愁がこの場にいれば事態はここまで悪化しなかっただろうか。彼女をここに送り届けて数日でクロス元帥の捕獲に向かわせた彼の不在が響いていた。目の前のソファに腰かけて苛ついている神田も同じことを考えていたらしい。
「…兄貴はいつ戻ってくんだ」
「明後日のはずだった なんともタイミングが悪いね。」
「チッ…」
「マリ、話してくれてありがとう もう少し考える事にするよ。ラビも神田も、こんな時間まで悪かったね」
照明の落とされた薄暗い廊下をラビと神田が歩いている。司令室をでてマリと別れた後、すぐ眠る気になれずに適当に歩を進めていた。
「…タイミング云々の問題じゃないさよね」
「ああ」
この一件の根っこは純が教団に居場所がないと感じていることに他ならない。それには彼女の立場とやらが深く関わっているのだろう。多くを語らない彼女だが、良い待遇を受けていないことは嫌でも伝わってくる。その上拠り所になれたであろう兄とは入団直後から離される始末では確かに不憫だった。
「でもな、純もよくわかんないさよね ユウちゃん幼馴染だろ?」
「ファーストネーム」
「ごめんって」
確かに他の連中より純に心を開かれている自負はあった。だからこそ神田は酷く困惑していたのだ。二度共にした任務の中で少しづつ彼女の過去が判りかけてきていた。自分やアルマを筆頭としてエクソシスト連中とは打ち解けてきているのも感じていた。先月の任務ではむくれた顔で兄弟子に叱られていたし、弱った姿だって見たのだ。少しは頼られているのだと酷く安心したのを覚えている。それが今日になってあの歌を、あの希死念慮を聞いてしまっては何もわからなくなった。
「知らねえよ、アイツの考えてることなんか。 わかってたまるか」
「…あの歌詞のことさよね?」
「兎、お前」
「全部は聞き取れてないさ 一部だけ。…あの歌聞かなきゃよかったとか考えてんだろ」
「別に」
「素直じゃないさね」
「……聞きたいわけがねえだろ、希死念慮なんざ」
「そりゃそうか どうなっかね、この先」
ラビがある程度丸く収まればいいと思案しつつ横を歩く神田の顔見る。麗しいその顔を不機嫌そうに歪ませながら、瞳に鋭い光を宿していた。さあな、などと関心のなさげな言葉とは裏腹に強い意志がそこにある。息を呑むほどに美しい肉食獣を想起させる獲物を定めた目つきだった。