第四話「おかえりを君に」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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多くの偶然が重なった日だった。この日エクソシストの帰還予定はなかったはずが、任務の進行が思ったよりも順調でアレン、ラビ、リナリー、神田の四名が揃って教団へと戻ってきた。船着き場で居合わせた彼らはすれ違う職員達のうわさ話を耳にする。曰く、時折夜の森で亡霊が歌っていると。流れで同じ夕食の席についた彼らの話題は自然と先の噂になる。この薄暗い古城は幽霊話の宝庫だ。長くこの城で生活しているリナリーと神田は好奇心に負けそれを確かめに深夜の簡単な冒険をしたことだってあった。だがこの話は初耳だ。
「ね、久しぶりに行ってみない?」
ワクワクとしたリナリーの目に三人は押し負けた。怖いだの寒いだのめんどくさいだの文句を言いながらも先導する彼女の後をついて森へと向かう。分厚い林冠が空を覆う真黒の森が雪を伝ってきた光で薄く光る。地は降り積もった雪で均されていた。足を踏み入れても音が雪に吸い込まれていく。しんと静まり返った空気の中に四人の声だけがあった。
森の中頃までやってきた時、風に乗って音が運ばれてきた。四人は音のする方へと向かう。次第に強まるそれは、弦の掻き鳴らされる音と誰かの歌声だ。繊細な動きの旋律が叩きつけられるように響いている。声の出どころを追えば、倒木の上に純が腰掛けていた。ギターを抱え込むように蹲り、吐き出される言葉。彼女の母語である日本語の曲だった。四人はその場から動けなくなる。響く声の美しさに圧倒されていた。歌声に乗せられた絶望に背筋が凍った。普段の優しく慈しむような歌い方とはかけ離れたそれに驚愕した。詩の内容に思考が停止した。
やがて爪弾く手を止めた純が顔を上げる。心配そうに彼女を見つめるリナリーと目があった。後ろにはアレンとラビ、そして彼が居る。こんなはずではなかった。彼らは帰ってこない筈だった。こんな夜更けに森までやってくるはずがないと高を括っていた。失敗したと気付いてなんとか仮面を取り繕う前にリナリーが駆け寄ってくる。ギターを握っていた手を取られた。
「ちょっと、すごく冷えてる。ずっと歌ってたの?」
「…いいえ、一曲だけ 任務、早く終わったのね」
「ええ、早めに帰ってこれたの。 それで噂を確認しに皆で来てみたら純がいて…」
「まさか正体が純だったとは…」
「亡霊じゃなくてほんとに良かったさ…」
純の心はざわついていた。噂がまわり、見つかってしまった以上もう歌えなくなるのではないか。もしかしたら、彼らは許してくれたりするのだろうか。そんな儚い希望はすぐに打ち砕かれる。
「純もあんなに怖い歌を歌うのね。とっても綺麗だったけれど、、いつもの優しい歌い方のほうが好きだな」
リナリーにしてみればただの感想であることは純も重々承知していた。だが今日のこの場で言われてしまっては突き刺さる棘にしかならない。この子も私に理想を押し付けるのかと浅ましき勘違いが頭を支配する。唯一に近い拠り所を失った絶望で、自身がどんな表情をしているのかすらわからない。噤むべき口が抑えようも無くなった。
「…リナリー、解ったような口をきかないで頂戴」
殺気を帯びた蒼色の眼光にリナリーの呼吸が一瞬だけ止まる。全身に刃を突き立てられたような感覚が消えずに何の言葉も返せなかった。純は返答を待たずにその場を離れていく。殺気から解放された安堵で涙がリナリーの頬を伝う。恐怖と困惑でうまく言葉を紡げない彼女にアレンとラビが寄り添った。その場に神田ユウの姿はなかった。
純は足早に娯楽室へ歩く。自己嫌悪と苛つきで吐き気がしていた。ツカツカと珍しく音を立てながら廊下を進む彼女を好奇の目が見る。その後ろを苛つきを隠さない大股で追う男が一人いた。
「待て」
「…」
「待てっつってんだ!」
気付かない振りをして歩を進めていた彼女の行く先を長い脚が遮る。壁の蹴られる鈍い音がした。明らかな修羅場の雰囲気に野次馬が遠巻きに集まりだす。
「…馬鹿じゃないの」
「あ゛?」
「傷ついた娘放って、こっちなんかに来てんじゃないわよ!」
劈くような怒鳴り声だった。野次馬たちは肩を跳ねさせ更に距離をあける。今にも取り殺されかねない剣幕だった。それを直接に浴びた神田は額に青筋を浮かべながら純の手首を壁へと押し付ける。痛みで彼女の顔が歪んだ。
「テメエ、本気で言ってんのか」
「っ…」
「あんな詩歌っておいて そう言ってやがんのかって聞いてんだ!」
彼だけが聞き取れたであろう歌詞は痛ましいことこの上なかった。それをああも叩きつけるように歌われては放っておくことなど出来るはずもない。彼の目には限界を迎えるほど傷ついているのは純の方に見えていた。だというのに追った先でこんなことを言われては腹に据えかねる。睨みつけた先の彼女は俯いていて表情がわからないが、何か小さな声が漏れていた。
「聞こえねえ はっきり言いやがれ」
「そんなにおかしいの…? ねえ、私がああいう歌を歌うのはそんなにおかしい!?」
純は手首を掴む腕を思い切り振り払う。その勢いで壁に拳が叩きつけられた。神田には、彼にだけは言わないでほしかった。今にも涙が零れそうでその場を走り去ろうとした時、二人を咎める声が響く。
「まったくこんな夜更けに何をやっているんだい。二人共、司令室に来なさい」
コムイがアレンとラビに引かれてやってきていた。その顔には呆れと怒りが浮かんでいる。有無を言わさない圧に二人は従うしかなかった。同時に舌打ちをしてそれが気に食わなくて睨み合う。司令室までの道を顔を背けながら歩いていった。