第四話「おかえりを君に」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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その日の麻倉純はすこぶる機嫌が悪かった。
教団の暗い森も白く染まり、十二月も終わろうとしている。吐く息がたちどころに冷えて淡い雲を作り出す廊下を、彼女は一人歩いていた。任務終わりの疲れた身体をお上の連中の元へと引きずり出されて数時間、ようやくその詰問から逃れることが出来たのだ。十一月の任務での失態により、アレンと神田の両名が彼女の負担軽減の上申を行っていた。それはコムイ室長の手によって受理されたようで、確かに負担は減っている。以前ほど大きな怪我をする頻度も減った。
その分増えたのが上からの圧だった。当然の帰結だ。と、彼女は思う。教団上層部は彼女が他のエクソシストと同様に扱われるのを良しとしない。より強大な成果を、利益を生むものでないと彼女の存在を認めはしないのだ。その上彼らは既に譲歩したつもりでいる。彼女の過去の罪を許し、現状の怠惰に目をこぼしていると認識しているのだ。
実に馬鹿げた話だと思いながらも、彼女はそれに逆らえずにいた。廊下ですれ違う魔術師の視線が刺さる。その意味など手に取るようにわかった。
『今すぐにでも世界を救えるのになぜ救わないのか?』
彼女の解答は決まっている。
『そうしたくないから』
確かに彼女に世界を救う意思があれば如何様にでも救えよう。戦争の根絶、病の排除すら叶いうる。だが、その代償として彼女は人生を失うと分かっていた。人生。読んで字の如く、人間として生きられなくなる。彼女はそれがどうしても嫌だった。
魔女。それは教団の敵対者を、あるいは優秀な魔術師を表す言葉ではない。世界を変えうるだけの魔法をつかう化け物、人の理から外れた一種の支配者を差して魔女と呼ぶのだ。『夢の魔女』こと麻倉純はそれの一歩手前、人と魔女との狭間の存在、いわば魔女の幼体であった。
人の身のまま生を終えること。彼女はその望みに一片の後悔も罪悪感も抱いてはいないが、彼らがそれを罪だとするのを理解していた。そこには罵られ、詰られるだけの理由がある。だからこそ彼らの言葉を大人しく聞いていたし、必要以上の成果だって上げるつもりだ。そうしなくては現状の維持すら厳しい。少なくとも、彼女は自ら望んでここへとやって来た。いくら針の筵に晒されようとも耐えねばならないと決めていた。
頭ではそうわかってはいても、感情すべてを押さえつけられるわけではない。彼女の現状が罪だと、中央庁は彼らの大罪を棚上げにして罵ってくる。許せるはずがなかった。彼らの口から大義名分を聞く度に、今すぐにでも根切りにしてやろうかと頭が煮えた。望みを捨てて世界を救えば良いのかと自棄になるのを抑えるので必死だった。本心を隠すために取り繕っていた笑顔の仮面が何度割れそうになったことか。
なんとか仮面を保ちながら進んだ廊下の先、礼拝堂の前でシスターに声をかけられる。どうやら今日も殉職者が出たらしい。彼らに鎮魂曲をという願いを聞くのも何度目だろうか。彼女は魔女として罵られる傍らで、聖女然とした振る舞いを求められていた。まったく腹立たしい。忌々しき神に捧げる賛美歌など彼女は持ち合わせてはいない。そんな歌など反吐が出る。だが失われた命にも、冥福を祈る彼らにも罪はないのだ。なれば歌わなくてはならない。彼らがそう望まれるのだ、そこに彼女の感情の介在する余地はなかった。できる限りに慈しく弔いを歌う。心の底から悼んでいる彼らに、自分の空虚さが伝わらないよう祈った。
任務に疲れ、詰りを受け、歌いたくもない歌を歌った。今日の彼女はそれで限界を迎えていた。どこかで吐き出さなくては潰れてしまう。そういうとき彼女はいつも決まって歌を歌った。内に秘められない暴れる感情を発散させる手段が歌だったのだ。幸いにして同じエクソシストたる彼らの殆どは出払っている。聞かれる心配も少ない。唯一マリだけが非番で残っていたが、彼には既にバレている話だ。優しき彼は心配こそするものの彼女を咎めず、また誰にも言いふらさないでいてくれた。彼に限らず現場側には良き人間が多い。息の詰まるようなこの城の中でそれでもまだ耐えられている理由の一つに、彼らに絆されつつあることが挙げられる。少なくとも歌を、彼女の感情の捌け口を奪われていないことが救いだった。
夕食を取らないままに娯楽室へ向かった彼女はギターを持ち出した。行き先は教団の森の奥、しんしんと雪のふるこの夜ならば誰も来はしまい。弦を弾いて音程を合わせる。何を歌おうか。できるだけ暗い詩がいい。希望など今の気分じゃない。曲を決めた彼女は一度深く息をついてギターを爪弾きはじめる。美しき旋律に乗せられたの歌詞の端々に感情が乗る。吐き捨てるような発声も、混ざる嘲笑も、消え入りながら震える語尾もどれもが悲痛だった。