第三話「魔女の役回り」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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病室での会話を終えてから数十分三人は既に帰路へついていた。教団本部から早めの帰還を求められるも、線路は未だ復旧していない。最寄りで電車にありつけるのは山中を徒歩で一日程度行った先にある都市だった。それでも復旧を待つよりは早い。純の体調が気がかりだったが、ミルクの治療によりほぼほぼ回復している。残る傷は額に出来た内出血だけで山行には耐えうる。と、主張するので二人からの許可が下りた。
「ひとまず帰ったらコムイさんに純の負担が大きいことを訴えましょう。神田も手伝ってくださいね?」
「え?」
「わかっている」
「ちょっと」
「なんだ、まだ打たれ足りねえか」
「…それは十分」
「なら黙っててください」
必要ないと抗議し始めそうな彼女を二人が牽制する。彼女は額の赤みを擦りながら唇を尖らせていた。
道中で他愛もない話をして歩く。今の話題はアレンと純の師匠、クロス元帥についてだ。
「ほんっと、どうしようもない人じゃないですか」
「それはほんとにそう」
女癖、酒癖の悪さ、生活態度、金使いの荒さについての愚痴のオンパレード。口を挟めば巻き込まれると神田は無言を貫いていたが、ふと気がつく。クロス元帥、金、アレン・ウォーカーと来れば借金だ。ぼそっとその単語を口にした瞬間、アレンが大きな声を上げる。
「ま、まさか!あのクソ師匠、純にまで借金を背負わせてるなんてこと無いですよね!?」
すごい剣幕で肩を揺さぶられ、彼女の言葉は細切れになって意味をなさない。
「モヤシ」
「あっ、すいません強く揺さぶっちゃって…」
「…いいよ、大丈夫。 で?借金が何?」
ガクンガクンと揺れる頭を見かねたのか神田が制止をかける。解放された彼女は訝しむような目でアレンを見ていた。
「師匠の借金ですよ。あの人、純にも押し付けてません?」
「…アレンくんは押し付けられてるのね?」
彼女の声色が一気に冷たくなる。肯定したアレンを一瞥して深い溜め息をついた。
「困ったわね。 …借金だけど、私はクロスに貸している側です。」
「…いやだな~、新手のジョークですか?」
「至って真面目です。」
「返済はしばし待っていただけませんか」
すさまじいスピードの土下座、彼は靴を舐めることも辞さない構えだ。
「…兄弟子から取り立てないわよ。戻ったら帳簿を合わせましょう、私の分はチャラにするから。」
「!!!よろしいんですか!?よかった!これで少しは楽になります!」
痛く喜んだアレンであったが、彼はまだ知らない。クロス元帥と同行していた時期の差によりアレンの帳簿に彼女の名前があるはずがないのだ。この大歓喜は糠喜びであった。数日後の突き合わせでは、彼女の兄が貸していた分だけが相殺される。
「そんなに喜ぶ?」
「…喜びますよ!今月厳しかったんです!」
「毎月言ってねえかそれ」
「毎月厳しいんでね!あはは!」
「…無理に笑ってるでしょ。」
「しんどい」
「クロスが来たら一緒に詰めましょうね」
「約束ですよ」
借金を貸す方と返す方、双方に妙な結束感が生まれていた。
日が落ち始め、辺りが朱色に染まりだした。目的地まであと数時間、このまま向かっても通る電車はない。昨晩から僅かな休息しか取っていない彼らは野宿をすることに決めた。雨風をしのげる洞穴を見つけ今晩の寝床と定める。道中で拾い集めた枝を薪に彼女が火を焚べた。
「じゃあ、僕たちで追加の薪と食料取ってきますから 純は大人しく待ってるんですよ」
「はいはい」
今朝のやりとりのおかげか、彼女は幾分素直に話を聞くようになっていた。と、思いきや彼らが戻るまで手持ち無沙汰な彼女は洞穴に危険がないことを確認し、簡易的な結界を張る。それが見つかってまた額を叩かれていた。
戻ってきた二人はどちらが食事を作るかで揉めていた。散々な代物を作り上げるのに出来ると主張するアレンと、彼の作ったものなど口に入れられないと主張する神田の図だ。結局持ち帰った食材の半数を毒だと看破した純がどちらも嫌だと言い放ち、有無を言わさず鍋を取り出した。
「なんでこんなに毒を持ち帰んのよ」
「知らん、煮りゃ食えんだろ」
「馬鹿じゃないの そのキノコ取って」
「ほら、これも入れとけ」
「了解」
彼女は文句をいいながら火にかけた鍋の前に座り、魔術で生成した水を張る。彼らが持ち帰った食材を適当に放り込み煮込んでいった。仕上げにと持参したチーズが削り入れられる。食材に触れることを禁止されたアレンが恨めしそうにその欠片を目で追っていた。
「神田、味見して」
「なんで僕じゃないんですか!」
「なくなったら困るでしょ」
「ちと甘い」
「塩ね、入れといて」
「ああ」
出来上がった鍋を三人で囲む。食事の最中アレンと神田がしょうもない口論をするのを見ながら、彼女も口をつけた。寒空で冷えた身体が温まる。腹が満たされて瞼が重くなってきた。一つ船を漕いで、眠りに落ちたくなくて目を見開いた。その様子を彼らが見つめている。彼女はバツが悪くなってスープを飲み干した。すでに食器はすべて空になっている。後始末をしようと伸ばした手を遮られた。
「後片付けは僕がやりますから 先に寝ててください」
「…」
「寝なきゃだめですよ」
「…わかった」
何処か寄りかかる場所をと探して、焚き火にほど近い壁面へ身体を預ける。むき出しになっている肩が岩肌に触れて、その冷たさが伝わる。ゴツゴツとした角が皮膚に食い込んでいた。寝心地は最悪だが、壁と身体の接地面から体温が奪われると同時に意識が遠のいていく。それがどうしても不安で眉間に皺が寄る。無意識に身体が緊張していた。
「痛くねえの」
静かな神田の声、いつの間にか隣に座っていたらしい。痛いし、寒かった。素直に答えれば、ちょっと来いと手招きされる。片膝を立てている彼の正面に膝をつくと腕を引かれた。
「なんの真似よ」
「…寒い、湯たんぽ代わりにはなんだろ 文句言うなよ」
第三話「魔女の役回り」 つづく
掴まれた腕を離されて一気に体勢が崩れる。彼の胸元に肩と頭を押し付けるようにして倒れ込んでしまった。肩から伝わる温もりと、鼻腔をくすぐる懐かしい匂い。
(…線香臭い)
(文句言うなっつたろうが)
(神田、臭うんじゃないですか?)
(あ?やんのかモヤシ)
また聞こえてきた言い合いの声が遠い。少し安っぽいけどあの郷で焚かれていた香の匂いが、彼の服に染み付いている。手放しかけた意識に怯えていると何度か背を叩かれた気がした。それが酷く優しくて、彼の胸に頭を擦り付けて瞼を閉じる。昨夜からの疲れがどっと身体を襲い眠りに落ちる。久しぶりに起きるまで悪夢を見ることはなかった。