第三話「魔女の役回り」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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日が差し込む病室のベッドの上、麻倉純は治療術師を一通り詰め終え二人の使徒を向いた。
「純、身体は大丈夫なんですか?」
「ええ、この通り 傷一つ残ってないわ」
彼女は両腕を広げ彼らに笑いかける。目の細め方も、口角の上げ方も決まり切った、彼女お得意の笑みだった。この一月で何度も見たその笑い方で、また彼女が誤魔化そうとしているとわかる。だが神田もアレンも今回ばかりは流されてやるつもりがない。
「その笑い方やめろっつたろ」
まずは神田が先陣を切る。交わした約束ひとつ守れねえのかと圧をかければ、貼り付けた笑みの仮面が剥がれ落ちた。弧を描くように細められていた目元はじとりと伏せられ目線が合わなくなる。理想的に上げられた口角がすっと下がった。
「無理しすぎじゃないですか?」
「別に、無茶はしてない」
「してますよね?」
「してない」
アレンが逸らされた目線を合わせにいくも、今度は反対へ顔を逸らされる。問いかけに対する答えも水掛け論だ。
「…誰かにそう言えと言われたのか?」
先程の白い少女との会話、教団が彼女に無理を強いているという話、それ故に彼女は頑なに口を閉ざしているのだろうか。問いかけに彼女はしばらく答えなかった。
「……いいえ、さっきの話でしょう?無理強いされているわけじゃない。」
「みの字は違うと言っていたが」
「ミルクちゃんがそう思っているだけです。 教団としては当然の指示だと思うけれど」
「当然って…」
「…魔女の役回りとはそういうものでしょう?」
盤上を支配する監視の目、戦地の誘蛾灯、自律して動く破壊兵器、そして敵味方問わず焼き尽くす魔力の爆弾、それこそが魔女の役割だと彼女は言う。彼女はそれを求められて教団にやってきたのだと。
「だから、別段おかしな話ではないのです 現に今回の任務についても結果は上々でしょう」
市民に死者はなく、敵もすべて排除され、結界の修復も完了した。たしかにそれだけ見れば任務は大成功だと言ってもいい。だがそれは彼女が受けた被害を完全に無視した場合の話だ。彼らが冷ややかな目で彼女を見下ろす。純も折れる気は無いようで言葉を続けた。
「…あなた達の足手まといになったことは申し訳なく思っています。けれどね、私がああする以上の手段がありましたか?」
なかったでしょ、と尖らせた唇に彼らの堪忍袋の尾もついに切れた。揃って深く長い溜息を吐く。仲が悪いはずの彼らの考えていることは一致していた。
「…止めんなよ、モヤシ」
「僕の分までどうぞ」
神田がパキパキと指を鳴らし、彼女へと近づく。思い切り力を込めた中指が親指で押し留められた大きな手が、彼女の額の前にあった。整えられた爪先が額の骨を強打する。ベチッっと甲高い音が鳴る。状況を理解した彼女が声を上げる前に、すかさず二撃目が放たれた。
「っっっだい!なにすんのよ!」
「いい加減つまらん意地を張るのはやめろ!」
「なっ」
額に手を当て驚きを隠せない彼女に、神田の怒号が浴びせられる。ようやく目線を合わせた紫の瞳を睨みつけながら彼は続ける。
「テメエは足手まといだなんだと言うが、そうやって意地張って何でもかんでも隠されんのが一番迷惑なんだよ!」
「意地なんて張って…いだっ!」
彼女が言い訳をしようとした途端の三撃目、脳天に手刀が落とされた。
「張ってねえやつがあんだけの怪我を隠すか!」
「ぐっ…」
「純、僕たちは君を足手まといだなんて思ってないですよ。 今回もすごく助けられて感謝しています。でも、そうやって怪我を隠すのはいただけない」
アレンは目線の高さを揃えるように屈んだ。神田から逸らした瞳が彼と合う。有無を言わさぬ真っ直ぐな視線、紳士的なのに目の奥が笑っていない。彼女は俯くしかなくなる。額から降ろされた手が、シーツを強く握っいた。
「…そんなに僕たちは頼りないですか?」
「そんなことは言ってない」
また額に四撃目、叩かれた箇所が赤く染まり始めている。
「言ってるも同然だろ」
「重症ですね…」
「…」
口を開くとまた叩かれると学習したのか、彼女は押し黙る。そこには既に女神も聖女も戦乙女も居はしない。ツンと拗ねた少女がベッドに座っていた。
「…純」
「なに」
「今すぐに信頼しろとは言わん だが、傷を隠すのはもうやめろ」
誰もお前を責めはしないと言ってやりたかったが出来なかった。腕の中で彼女が呟いた懺悔も、端々に現れる強迫観念も、強すぎる自責の念から生じている。それをもたらしているのが教団であることは明確で、無責任な言葉を吐くわけにいかなかった。せめて彼女が同じ使徒である彼らを、幼馴染である自分を信頼できるようになればいい。同門の兄弟子であるモヤシ野郎が第一歩になるだろう。口を閉ざした彼女の額に五撃目を打ち込み彼を見る。
「…純、僕たち仲間なんですから。」
「確約は出来ない」
六撃目。
「…っ、割れる!」
「だったら誓え」
「…」
七撃目。頑なに首を縦に振らない彼女にモヤシからため息が出る。やれやれと頭を振っていた。
「仕方ないですね… 純、兄弟子命令です。傷は隠さない。誓えますね?」
「…っ!!!」
「できますね?」
「…わかりました 傷は隠さない。誓います」
兄弟子の圧に屈してようやく彼女が頷いた。