第三話「魔女の役回り」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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神田が診療所に戻るなり奥の個室へと急いで案内された。治療の準備が整えられたベッドに純を降ろせばすぐに部屋を追い出される。扉の横に備え付けられたベンチの上、アレンが座って待っていた。
「何があったんですか」
「…落石だ。これまでの傷が全部開いた」
「え、待ってください。彼女、無傷でしたよね?」
「隠してやがった…」
苦虫を噛み潰したような表情の彼の団服には赤黒い染みが見える。彼らが歩いてきた廊下にも血溜まりができていた。ただ事ではない出血量にアレンの顔が青くなった。妹弟子は無理をすると思っていたが、これは無理で収まる範疇を超えている。心配を通り越して呆れが勝る。気付けなかったことも、教えてもらえなかったことも腹立たしかった。隣に座る彼を見ると怒りで爆発寸前に見える。額に握り拳を打ち付け耐えているようだった。
「神田殿、失礼いたします」
いきなり現れた男の軽薄な声が響く。答えを待たずして神田の胸ぐらが掴み上げられた。彼の抗議の声すら間に合わず、団服に染み込んだ血が燃え落ちて消える。突然ベンチに落とされ、彼の堪忍袋の尾が切れた。
「貴様…!」
「おや、怒りましたか?むしろ感謝してほしいほどですなあ。 おひいさまの血液を残すわけにいかないと、神田殿はおわかりのはずでしょうに」
六幻を突きつけられているのにマルメロは笑みを崩さない。それどころか慇懃無礼な態度で煽り散らかしていた。おひいさまと彼が口にした途端、神田の目線が逸らされる。奥歯を噛み締め眉根の寄った顔、カチャリと六幻の鍔が鳴った。
「…失せろ」
彼が絞り出すように言葉を吐けば、嘲笑とともに姿が消える。廊下を振り返れば血溜まりが綺麗サッパリ消えていた。
「…聞いてもいいですか?」
「…」
返答はないが、再びベンチに腰が降ろされる。アレンはそれを了承と受け取った。
「さっきの話、いったい何なんです?」
「……魔女の血液は、多量の魔力を含んでやがる。魔術師共にとっちゃ喉から手が出るほど欲しい代物なんだと。 残しておけば火種になりかねん」
魔術師の体液はそれ自体が高質な素材、触媒として機能するだけでなく、飲み干せば魔力総量が増加し、相手の力を得ることさえ可能だ。それが『夢の魔女』の血液であれば価値など青天井に上がる。血液が触れた布の繊維一本でさえ血眼に成る者が現れるのが必然だった。だからこそ先程の軽薄な男の対応は何も間違っては居ない。跡形もなく処理することが最適解であり、神田もそれを理解している。マルメロという男が嘲笑ったのは対応出来なかったためではない。そもそも彼女をそこまで追い詰めていることを、血を流させる状況を作ったことを笑われたのだ。
「くそ…」
「僕たち、そんなに頼りないですかね…」
歯噛みして自身を攻めている様子の神田ユウ、一方でアレンは寂しげに目を伏せる。その折、病室の扉が開いた。
「…どうぞ、入ってください」
白い治療術師、ミルクに促され二人は部屋に入る。ベッドの上で眠る純の身体に傷跡はなかった。切り裂かれた服から覗いていた裂傷も、腕に作った擦過傷も消えて、青白かった肌には赤みが戻っている。これで団服の傷さえ繕えば、何処からどう見ても無傷の戦乙女が誕生するだろう。
「白パイ これがカラクリか?」
「…あなたには答えません」
彼女を治療したであろう白い少女は、神田を睨み返す。不本意な呼び名で呼ばれたことも、彼らが純の心配をしていることも滑稽で腹立たしかった。
「神田、失礼がすぎます。」
「知らん 答えろ、コイツはいつもこうなのか?」
麻倉純がいつも傷だらけになっているか?答えはイエスだ。彼女が単独任務から返ってくる度にミルクが呼び出され秘密裏に治療を行っていた。そんな判りきったことを聞いてくる目の前のエクソシストに腹が立つ。
「答えませんと言いました」
「…ミルクさん。僕にも言えませんか?」
「…っ」
いくら丁寧な態度で接されても彼女は応えるわけにいかなかった。彼女の慕うお姉さま、麻倉純が知られることを望んでいない。自分の口から漏らすわけにいかないのだ。それでも、お姉さまが傷つき続ける現状が一番辛い。ここまでバレてしまっては取り繕う必要もないだろうが、教団への不信感が彼女を反発させていた。
埒があかないと判断したのか、神田の口から大きなため息が漏れる。
「…俺が悪かった。みの字、話してくれ」
みの字とは随分へんてこな呼び名だったが、神田の顔は至って真剣だった。ミルクとしても先程の呼び名よりも随分とマシになったと思う。
「…お姉さまは、単独任務の度にボロボロになっておいでです」
「そんなに無茶をしているんですか…?」
「無茶? …御冗談を、教団がそれを望まれたのに」
二人はその言葉が理解できずにいた。ただでさえ人員の不足している状況で、エクソシストである彼女が擦り切れることを教団が、彼らが望むはずないのだ。だが、彼女がそう認識していたら?だとすれば様々な事が腑に落ちる。なかなか解けない警戒も、貼り付けられた笑顔の仮面も、執拗に土産を、恩を持ち帰ろうとすることにも一定の説明がついてしまう。
目の前の白い少女はこの話題についてもう話す気が無いようだった。そもそも、なぜ彼女は純のことを「お姉さま」などと呼ぶのだろうか。そんな疑問が彼らの頭に浮かぶ。口を開いたのは神田だった。
「お前、純のなんなんだよ」
「…一緒の施設に居たんです。 お姉さまがそこから逃がしてくれた」
「施設だ?」
「魔女の教育施設ですよ。 とても嫌な場所でした。だから、逃がしてくれたお姉さまを慕っています」
彼は八年前に純が攫われた先を初めて知った。目の前の治療術師はそこから逃亡した末、彼女と別れて教団へと拾われたのだと言う。もう二度と会えないかと思っていた彼女がエクソシストになって目の前に現れ、使い潰されているのがたまらなく苦しいと言葉の端々に滲んでいる。
「…今回は。 今回は大丈夫だろうと思っていました。 なのに、あなた方が、神田さんがいるのになんでこんな…」
少女は口の止めどころを失っていた。顔をひきつらせ捲し立てる言葉の中に、神田ユウの名前がでてくる。彼らはそれが理解できなくて口を挟みかけた。
「話しすぎよ、アデル」
少女の言葉も、彼らの口も冷たい声色で遮られた。声の主はベッドの上、身体を起こして彼らを見据えている。お姉さま!と駆け寄った少女にくどくどと文句を述べ始め、少女の肩が段々と落ちうなだれて動かなくなった。