第三話「魔女の役回り」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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「純、起きろ。」
アレンが詰め所に戻ってきてから数時間。窓の外が明らみ始めた頃、神田が戻ってきた。彼の声に反応したシエルの翅がてちてちと彼女の額を叩くと、その瞼が開かれる。
「…いまいく」
ゆるりと立ち上がった彼女が扉に向かって歩き出す。11月の早朝に寝起きの身体では冷えるだろうと神田がマントを羽織らせていた。
「救護班が到着した。こっちは任せる」
「了解です」
軽い事務連絡だけ済ませると、彼は先に廊下を進み始めていた彼女を足早に追っていった。同時に起こされる形となったアレンも瞼をこすりながら階下へ降りる。ようやく合流できたファインダー達に労いの言葉をかけ、状況のすり合わせをした。追加で派遣されてきた救護班の中に、外へ向かう神田と純の姿を見つめる少女がいた。アレンも何度か世話になっている彼女は、教団屈指の治療術師だ。彼らが館を発ったのを確認して、彼女は市民の状態を見て回り始める。一気に診療所内が慌ただしくなっていった。
街の外周を二人の使徒が連れたって歩く。時折足を止めては、等間隔に配置された石碑を調べ状態を確認していく。端末で礎の位置を確認しながら先導する彼女の足取りは、昨夜に比べればしっかりしたものになっている。霜の降りそうな凍てつく空気の中、吐く息が白く濁っていた。
工作箇所と予想して最後に回していた石碑に向かうも見当たらない。街と外界を隔てる川沿いに建てられた橋が崩れているだけだった。 純は躊躇なく土手を滑り降りて橋の基礎へと近づく。来いと手で指示されて、神田もそれに次いだ。
「見つかったのか?」
「あったけど、だいぶ欠けてる 酷いわね」
アーチ状に積み上げられた石レンガの根本に石碑が埋め込まれている。表面が放射状にひび割れ、欠片の大部分が散らばっていた。神田にはその欠片が橋のものなのか石碑のものなのか、あるいはただの石ころなのか区別がつかないでいた。酷く面倒くさそうなため息が一つ、彼女の口から漏れる。彼女は散らばった欠片のうち一つを拾い上げて石碑へとあてがった。彼女の手のひらには収まらないそれは、丁度欠け目に当てはまる。彼女はそれを固定しながら指先に魔力を込めた。川辺に散らばった欠片のうち、いくつかがふわふわと浮かび上がる。自ずと石碑の元に近づいては、空間を埋めていった。
パラリと上から何かが降ってくる。崩れた橋からだった。レンガが風化して詰められた砂利が落ちてきている。近い内に倒壊する前兆だ。できれば早くここを離れたかった。彼女が進めている修復作業も残り僅かに見える。終わり次第引っ掴んででも橋の下を離れるため距離を詰めた時、一瞬の突風が通り過ぎる。橋が揺れたような気がした。再び砂利と瓦礫が落ちてくる。そのうち一際大きな断片が彼女の肩へと当たった。うめき声が上がり、体制が崩れ落ちていく。それでも石碑を固定する腕だけは降ろさずにいたが、欠片の重みに負けつつあった。彼の手が震え始めた彼女の手の上から押さえつけ石碑を支える。今にもへたり込みそうなを肩を引き寄せると、生暖かく湿った感触が指先に伝わってきた。マントに滲み出す深みを帯びた赤色。じっとりとした鉄と狂い咲きの薔薇の匂い。石碑を支える黒手袋の隙間から、ぽたりと一滴がこぼれ落ち始める。彼女の息が荒い。背から伝わってくる脈拍が早まりながら弱っていくのがわかる。重ねた細指に力が込められ、石碑が縫い留められるように固まった。それと同時に彼女の身体から力が完全に抜ける。頭の重みで前方に倒れ込む身体を抱え、橋の下を離れた。
「何やってんだお前」
団服が切り裂かれ開いた隙間から傷口が見える。無傷どころの話ではない。全身に作った傷が開いて血が流れ出ていて重症も良いところだった。
「傷を治す分の魔力が足りなかったから…血だけ抑えてた…」
「…馬鹿がよ 止められねえのか」
「も むり…意識たもつのでせいいっぱい…」
「ちっ…まずはイノセンスの発動を解け。 運ぶぞ、腕回せ」
魔術師にとってはその一滴でも値千金の価値がある本物の魔女の血液。昔から口酸っぱく流させるなと言いつけられてきたから、その意図は理解できる。だが、それ以前の問題だ。これだけの傷を拵えて隠す意味がわからなかった。促せば、イノセンスの光が彼女の首から消える。呼吸をする度にうごく喉の内側に青白い首輪が透けて見えた。彼は首に腕を回させて彼女を抱き上げる。その身体は力がほとんど抜けているのに、嫌に軽い気がした。
神田は走りながら診療所に居るアレンに通信をいれる。
「アイツが負傷した。今から戻る」
『え!? はい、わかりました 準備しておきますから急いで』
「…みるくちゃん きてたでしょ 呼んでおいてほしい」
彼女の言うみるくちゃん、とはあの白くてやけに胸部のでかい女のことだろう。
「…モヤシ、白パイいるなら呼んどけ」
『白パっ…って君ね…。ミルクさんですね、了解です』
駆け戻る道すがら、彼女の口から譫言のような謝罪が漏れ出す。一言ごとに弱まる声が聞くに耐えない。
「…ごめんなさい 足手まといに…なってしまって…」
「黙っとけ」
「ご…めん…なさ…」
首に回させた腕は既に落ちている。胸元を弱々しく掴む指先が握りしめられ、額が擦り寄せられた。
「あの…日、結界を張ったの…」
「口を開くな」
「わたし、私なの…みなを…皆閉じ込めて…」
「言わなくていい」
「ごめ…ん なさ…」
もう彼の声は彼女の耳に届いていない。焦点の合わない目元から涙がこぼれ落ちている。意識を失いかけて崩れ落ちそうな身体に回した腕の力を強め、神田ユウは避難所への道を急いだ。