第三話「魔女の役回り」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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「エクソシスト様、市民がぜひ感謝をと…」
彼らが避難所である街の診療所へたどり着いた途端にファインダーに声をかけられる。市民の安否の確認も含めて広間へ向かうと、口々に感謝の言葉を述べられた。中でも純に向けられる言葉がいやに多い。アクマに街を蹂躙される恐怖の中、慈しむような彼女の賛美歌は市民にとって導きの光のように思えたらしい。すでに聖女じみた笑みを張り直した彼女が耳障りのいい言葉でもって彼らを受け入れると、縋る者に拝む者まで現れる始末だった。
適当なところで切り上げて詰め所にと用意された一室に向かう。避難所の上階に用意されたその部屋はもとは書斎だったのだろう。三人がけ程度のソファが一つ、暖炉、執務机とあとは本棚だけが詰められていた。カーテンのない窓からはの様子を眺めることが出来る。電車の中に置いてきたファインダーとの通信は回復した。襲撃に伴い鉄道網が一部破壊されたようで数駅前にて下車、教団から派遣される救護班の到着を待って明け方には合流する旨の連絡が入った。
「交代で見回りを行いましょう。まずは僕が行きますから、神田と純はゆっくり休んでください」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
すでに焦点があやふやになり始めていた彼女は素直にソファへと向かっていった。それを確認してアレンが部屋の外へ出ていく。彼は出る直前に神田と目を合わせ、交代の時間を確認しお互いに頷きあった。
部屋の中には純と神田だけが残された。彼女はソファの肘掛けを枕代わりに横になっている。暖炉に火を焚べた彼は座る場所を探し、彼女の頭の横、ソファを背もたれにするように腰を落ち着け瞳を閉じる。
「なんでそこに座るのよ」
「別にどこでも良いだろ、暖炉も近えしな」
暖炉の光が彼女の眠りを妨げないための壁代わりくらいにはなるだろう。パチパチと爆ぜる薪の音を聞きながら背後の呼吸に意識を集中させる。彼女にとって魔力と体力はほとんど同意義だ。幼い頃など魔術の修行に集中しすぎて意識を失うほどだった。その度に焦り、叱られてきた彼には彼女が無理をしていることが手に取るようにわかる。結界の処置を行ったときの魔力の流れの変化、あの時に予想以上の魔力を消費してしまったのだろう。まだ本格的な修復作業が残っている以上、少しでも眠って魔力を回復させる必要があった。それなのに彼女の気配は起きたまま、眠りに落ちる様子すら見せない。衣擦れの音から何度か手を握りしめては脱力しているのがわかる。漏れ出る呼吸が不規則にみだれている。
「…無理にでも寝ろよ」
「っ、わかってる。 時間がきたら起こして」
「ああ」
ごそりと体勢が変化し、深い呼吸音がする。吸うだけ吸って吐き出されないそれに思わず振り向こうと思ったとき、みないで、とか細い声が聞こえてきて身体を止めた。一度吸ったぶんの息が吐き出され、今度は一気に吸われる。ヒュッっと彼女の喉が鳴った。一瞬の沈黙の後、バタリと腕が肩の横に投げ出される。その指先に何度か紫電が走った。何度か浅い呼吸が繰り返され、寝息へと落ち着いていく。振り向くと乱れた黒髪、閉じられた瞼の端には涙が溜まっている。額に浮かぶ樹状のやけどが消えかかっていた。
彼女との初めての任務の日、列車の寝台で投げ出された腕。あの夜には既にこうでもしないと眠れなかったのだろうか。教団に来てからの一月、彼女に安らかな眠りは何度訪れたというのか。腕の重みでソファからずり落ちそうになっている身体をもどし、汗で額に張り付いた髪をどけてやると険が少しだけ和らいだ。再び瞼を落として規則正しい呼吸音を聞く。しばし微睡んだ後、扉が開けられた。
「戻りました。 純は…?」
「寝た 起こすなよ」
「…やっぱり、負担が多すぎますよね」
「ああ」
街全体の索敵と状況把握、30を超える魔女を相手取り、結界の修復までこなしていた。その上、今回は不慮の事態により電車からここまでの移動と市民救助の際の敵の足止めが加わっている。彼らが同行していてこの様子ならば、彼女一人の任務ではどうなのか想像に難くない。
「…行ってくる」
「よろしくおねがします」
アレンは彼女を起こさないようにと暖炉の近く、少し離れた位置へと腰を降ろした。肩に止まっていたティムキャンピーがふわふわと彼女のもとに近づいていく。背もたれに止まっていた彼女のゴーレム目が開かれクリスタルのような翅を動かす。それを受けてティムの口が開かれるので、まるで挨拶のように見えた。二つのゴーレムはしばらく彼女の周りをふよふよと回った後、彼の目の前へやってくる。白い彼女のゴーレムが頭を下げるようにしたので、アレンも思わずそれにつられた。
「…えっと、シエルだよね。僕はアレン、こっちはティム…って知ってますよね?」
彼と彼女の共通の師の作であると聞いた覚えがある。小声で話しかけるとその通りというように頷いていた。
「…僕の妹弟子は随分と無理をする性格みたいですね」
苦笑とともに話しかけるとブンブンと頭を振った後、彼女の枕元に近づき心配そうに見つめだす。お腹の上で手を重ね、規則正しい寝息を立てている彼女の横顔が暖炉の炎の揺らめきで照らされていた。頭の上に戻ってきたティムキャンピーが彼も休めというように何度か跳ねる。膝を抱えて頭を埋め、意識を手放した。