第三話「魔女の役回り」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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かつて、師であるクロス元帥と旅をした日々の記憶。その日の彼は柄にもなく真剣な様子であったことを覚えている。
しばらくの間滞在していた宿に戻った買い出し帰りのアレンが見たのは、しなだれかかる女の額をイノセンスで撃ち抜く師匠の姿だった。
「…し、師匠!?何やってんですか! いつかやるとは思ってましたが…それが今日だとは…」
「馬鹿か馬鹿弟子。 よく見ろ、こいつはアクマだ」
傷口から流れ出る黒色のオイルと、浮かび上がるペンタクル。確かにこの死体は人間では無くアクマだ。
「で、でもなんで…」
アクマを見極める彼の左目が反応しなかった。彼女には囚われた魂が見えなかったのだ。
「いい機会だ、魔女について教えてやる」
「…まじょ?」
「アレン、魔術はわかるな」
「わかります。師匠もつかってますよね」
クロス元帥はエクソシストである以前に魔術師だ。アレンも彼が呪文を唱えるところを幾度か目にしていた。
「魔術を使う連中の中にもいくつかの勢力がある。そのうち伯爵側についた連中がいるのさ」
遠い昔から続いている千年伯爵とエクソシストの戦争に、魔女と呼ばれる勢力が参戦したのがおおよそ2000年前。その勢力の殆どが伯爵に与するか、中立を貫いているのだと元帥は言った。
「どうしても連中は強い力を求めやがる。この女もそうだ。」
伯爵についた魔術師たちは自ら望んでアクマに成り果てるのだそうだ。自らに魔術をかけ自我を保ったまま魂を義体へと移し、また自らの皮をかぶる。そうして生まれるのはアクマの能力を有した魔術師。彼らは厄介なことに自分がアクマ兵器であるという認識さえない。魂が囚われているのではなく、身体を入れ替えただけに過ぎないのだ。その上、魔術でもって他者の認識を欺いているのだという。故に彼の左目はそれをアクマと認識できなかったし、囚われた魂など見えるはずもなかった。
「だからこそバチカンは伯爵につく魔術師を悪い魔女と定義づけた。 アクマであるかどうかに関わらず、神の意思に楯突く敵対者であり、屠るべき相手だと」
「…でも ヒトのままの魔術師も居るんですよね?」
「そう、そいつらも等しく敵だ」
敵だ、屠ると師匠は言った。それはつまり人間を殺めろということだ。アレンは困惑する。人間を守るためにアクマを破壊することが使命だと思っていた。そんなことは到底受け入れがたかった。呼吸が浅くなり、イノセンスに寄生された左手が震える。どうしようもなく叫びだしそうになったとき、ぽんと大きな手のひらが頭の上に置かれた。
「今すぐ受け入れろとは言わん。」
「…エクソシストがヒトを殺しても良いんですか」
絞り出したような彼の疑問に、頭に置かれていた手が肩へと移動した。恐ろしいほど真剣な目つきのクロス元帥がかがんで目を合わせてくる。
「イノセンスは、魔女を人ではないと定義づけた。 エクソシストの聖性は担保されている」
「そんなの屁理屈だ」
「そうだ、くだらん屁理屈だが無いよりはマシだ。 いざと言う時は手を下さなくちゃならない」
「…」
「…アレン、覚悟だけでいい。 教団には悪い魔女を倒すために魔術師が控えている」
アクマになった悪い魔女であっても、同じ魔術師ならば対処可能なのだという。エクソシストが手を下すのは最終手段で、そのときに躊躇しないよう覚悟を決めておけと元帥は諭す。受け入れ難かったが、理解するしかなかった。
「…わかりました」
コクリと頷けば再び頭に手が戻り、ガシガシと頭を揺さぶられる。
「それにな、馬鹿弟子。 この世には悪い魔女じゃなくて、本物の魔女ってのがいるんだ」
「それは良い魔女なんですか?」
「良いかどうかは知らんが、出会った時はしっかり向き合え。 多分悪いようにはならんさ」
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「ごめんなさい、そちらを任せきりにしてしまって」
声をかけてきた純には外傷の一つもない。ところどころ纏った衣服が切り裂かれているくらいだった。山に積まれた身体の数からしておおよそ30人、凄まじい戦闘があったのだと容易に想像できる。
「…団服はどうした」
「連中の血で汚すわけにいかないでしょう?」
彼女が指を鳴らすと、ノースリーブの黒いシャツしか纏っていなかった上半身に団服のコートが現れる。そのコートも、至るところが擦り切れていた。未だ賛美歌は鳴り止まない。彼女の首元には空に浮かぶのと同じ光輪がある。イノセンスの発動を解いていないのだろう。
「純こそ、お疲れ様でした。 アクマはすべて破壊しましたよ」
「よかった。市民も無事ね?」
「はい、助かりました」
彼女が響かせた賛美歌は街に蔓延ったアクマの動きを鈍らせていた。そのおかげで彼らとしては想定よりも消耗せずに仕事を進められていた。魔術師を相手取った彼女のほうがよほど消耗しているだろう。アクマの不在を伝えれば、夜空に浮かんだ光輪が一つを残して消える。同時に降り注いでいた歌も鳴り止んだ。
「なあ、アイツは?」
魔女の山を崩しながら一人ひとり縛り上げていたマルメロと呼ばれた男を差して神田が口を開く。
「兄さんの部隊の人。私に付けてもらったの」
「特殊情報部、でしたっけ?」
「そう、魔女としてはそこの所属になるから」
魔女。そこで縛り上げられている悪い魔女ではなく、本来の意味での魔女が目の前に居る。たった一人で戦況を変えてしまうほど強力な魔術師、二つ名をもった『夢の魔女』。道理で言えば彼女が悪い魔女の相手をするのは必然だった。
「…すいません、嫌な役回りを押し付けてしまって」
「いいのよ。そのための私だから」
「それでも、純に手を下させるのはいい気分じゃないですよ」
「アレンくん、連中に情をかけてはいけない。野放しにすれば街の一つや二つ簡単に滅びます それに、別に殺してなんかやらないわ」
かつて師匠が言ったように諭してくる妹弟子、彼女が放った言葉は衝撃だった。悪い魔女は殺せと教えられていた。そのための覚悟もしたはずなのに、彼女は殺さないと言う。同じ指導を受けていたのだろう、神田も困惑しているようだった。
「ただでさえリソースが足りていないこの状況で、アレを殺すなんて勿体ない。有効活用しなくちゃ割に合わないでしょ。」
「だから土産か」
「ええ、少しでもお上に恩を売っておきたい」
冷たい瞳が空を見てそう言った。恩など売らなくても既に使徒の仲間であるはずなのに、彼女は何を焦っているのだろう。
「…次は結界の修復ね」
「一人じゃ危ないよ 同行します」
工作によって破壊された結界の礎に向かって彼女が歩き出していた。いつもよりもゆっくりとした足取りに確かな疲れが見える。同行を申し出るも何も返答がない。明確な拒否がないので、ついて行っていいと判断した。一つ舌打ちをした神田も付いてきていた。
「…駄目ね、完全な修復は日が明けてからの方が良い」
街の端、空中に割れたガラスのようなヒビが見える。純によれば結界が無理矢理に破られた証左らしい。一度すべての礎を見回る必要があるそうだ。この暗闇の中で出来ることじゃないだろう。
「どうすんだ」
「応急処置だけする」
割れた空の丁度真下に彼女が跪く。地面にぺたりと手を付けて呪文を唱え始めた。細い糸のような光が彼女の手から地面へと這い出す。次第にうねり文字のような形を取り始めた。呪文を唱える声に合わせ円周上に広がっていくそれは、魔法陣だ。滔々と続く光の流れが、地中から引かれるようにして速度を増す。つられて彼女が体勢を軽く崩した。息が上がり声が乱れ始めたが、間もなくして詠唱が完了した。魔法陣の全体が眩い光を放つと、空の割れ目がヴェールをかけたように覆われている。
彼女はしばらく立ち上がらなかった。地面に付けたままだった手をゆっくりと離し、ようやく膝を上げる。
「大丈夫ですか?相当疲れてるんじゃ…」
歩き出そうとしてふらりと揺れた彼女の肩をアレンが支えた。チカチカと瞬く緑の瞳を虚に向け、口元だけで笑っている。
「…大丈夫 ちょっと魔力を使いすぎただけ」
「ひとまず避難所までは歩けるな」
「歩ける」
「…ならいい、行くぞ」
先を歩いていた神田が一度だけ振り返り足を止める。再び歩き出した彼の歩幅は、少しだけ狭くなっていた。