第三話「魔女の役回り」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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炎で赤く照らされた夜空に、幾重にも重なった青白い円環が見える。取り残された市民のもとへ向かうアレンの耳には地の底から響くような旋律が届いていた。その旋律に合わせて聞き馴染みのない言語が流れていく。発音形態からまるっきり違うそれは、天に揺らめく円環から降り注いでいた。
純に指定された地点へ到着すると、幼子の鳴き声が聞こえてくる。崩れ落ちた石壁の内側、かつては食卓だっただろうそこにレベル1の姿が見えた。今すぐにでも泣き喚く子を撃たんとするそれは、しかして凍りついたように動かない。
「大丈夫だよ、ゆっくりこっちへおいで」
できる限りにこやかな笑みをつくって、泣いている少年に手を差し伸べる。がたがたと震えながらアクマと石壁の間を縫うようにして這い出てきた少年を掴まえた。
「怖かったね ほかに中に人はいますか?」
ものすごい勢いで首を縦に振る少年。わかったよと頭をなでて、彼をファインダーに引き渡した。神田が救出した人数の報告が入る。残りは三名、時間はあと半分ほどある。
「神田、あとはこの家の中です!」
『俺は反対側から探す』
「了解です」
固まったアクマを破壊して家屋の中に侵入した。食卓を抜け、廊下に出ると人影が見える。立ち尽くし窓の外を見つめていた。
「助けにきました。早くこちらへ!」
声を掛けるも反応がない。不審に思って近づくと微かな呼吸音だけが聞こえる。窓に手を押し付け、恍惚とした笑みを浮かべている。その目はギチギチと見開かれ、ただ一点空に浮かぶ麻倉純だけを見つめていた。
「おいモヤシ!下にはいねえ 上階だ!」
神田の怒鳴り声が聞こえてきて、ハッと気がつく。この人物は魔女、彼らの敵だ。すぐに踵を返し階段を登る。いいからこちらへ来い、という彼の苛ついた声の方向へ進むと、扉の空いた部屋。中には隅で縮こまっている女性とその腕に抱かれた赤子、それらを守るように立ちはだかり首の根を掴み上げられた男性が居た。彼の首を持ち上げているのは先ほど階下で見た女と同じ服装、つまりは魔女だ。
「モヤシ、女とガキを先に連れてけ」
「…わかりました さあ、こちらへ。僕たちは黒の教団から来ました 味方です」
動かかなくなった指が男性の喉元に食い込んでいる。この次に起こることは彼女たちには見せられない。ヨロヨロと近づいてくる女性は腰が抜けているようで今にも倒れそうだった。一声かけて彼女と赤子を抱き上げ、屋外へと出る。残り時間はあと僅かだ。避難所へ駆ける間にも刻一刻とリミットが迫っている。避難所まであとすこしというところで、嫌な静けさを覚えた。
「…歌が止まった」
腕の中の女性の声。そうだ、天から降っていた声が止まっている。アクマ達が動き出してしまう、急がなくてはいけない。震えの強まった彼女を抱く腕の力を強めた瞬間だ。弾丸のように飛び出す何かによって、先程まで居た家屋が倒壊した。悲痛な女性の叫び声。飛び出した弾丸は二つ、どちらも純のいる方へと向かっていった。同じことが街の各地で起こっている。戻りたいと喚く女性を宥めながら避難所へと走る。彼女の夫のことは神田がなんとかしているはずだ。
避難所へと辿り着いた。再び鳴り始めた破壊音が市民たちの心を脅かしている。簡易的な結界もいつまで保つかわからない。助けてくれと縋る市民たちを置いてアクマ達の破壊に向かう。空にはまだ光輪が揺らめいている。それが脈動すると同時、再び歌が降り注いだ。今度はどこまでも慈しい、祈るような賛美歌。背に聞こえる市民たちの怯えもそれで僅かに和らいだようだった。道の向こうから囚われていた男性が走って来るのが見える。顔と衣服に血を浴びているが、大怪我をしてはいない。その背後からアクマが忍び寄っている。すぐさまにイノセンスを発動し、それを破壊した。
「もうすぐです 急いでください」
「…あ、ああ」
アクマとアレン、どちらに怯えているのかわからない様子の彼だったが、一心不乱に避難所への道を急いでいった。
賛美歌が流れ始めてから数十分、その歌は終わること無く繰り返されている。アレンの左目が感じるアクマもあと僅か、それも神田の手によってすぐに破壊された。それでも、賛美歌はとどまることを知らない。純が居るはずの方向から時折衝撃音が響いてくる。加勢に行こうと音の鳴る方へ向かった。途中で神田と合流する。いよいよ衝撃音が強くなってきた。先程までの区画では鎮火し始めていた炎の勢いが増している。建物の損壊も街に来たときより激しくなっていた。開けた大通りに出ると、人の山が二つ。どれもこれも同じ服を着ている。一つは塵となって消えかかり、一つは微かに蠢いている。その山のほど近く、壁に向かって誰かを押し付ける影。美しい黒髪を血で染めながら、見開いた緑の双眸を相手に触れるほどに近づけている。
「だから、思い浮かべるだけでいいの 誰の差し金ですか? あれ以外に、仲間は?」
髪を掴み上げたのとは逆の手で鳩尾に銃を突きつけながら問い詰めるそれは拷問に見えた。ついに恐怖が頂点に達したのか、ガタガタと震えていた魔女の身体から力が抜ける。銃を持った手でそれの頬を打ち意識を呼び戻そうとする彼女の後ろに突如として人影が現れた。この場に似つかわしくない軽薄そうな笑みを浮かべたその男が耳元で囁くと彼女は髪を掴んでいた手を離した。
「マルメロ、生きているものは土産だ まだ使える」
「仰せのままに おひいさま」
ぐしゃりと崩れ落ちたそれを足蹴にし、男に指示を出す。彼女は大仰に頭を下げる彼に目もくれず、アレンと神田の方を向いた。全身を染めていた赤が焦げ落ちるように消えていく。いつものように品のいい笑みが顔に浮かんでいる。
「ごめんなさい、そちらを任せきりにしてしまって」
鳴り止まない賛美歌の中、歌っているはずの麻倉純の声がアレンの耳に響いた。