第三話「魔女の役回り」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
麻倉純が黒の教団にやってきてからおよそ一月。すでに彼女のエクソシストとしての評価は固まりつつあった。曰く、すべての任務を成功裏に収める勝利の女神。曰く、誰に対しても分け隔てなく優しい聖女。曰く、数多の戦場を無傷で駆け抜ける戦乙女。教団内部でまことしやかに囁かれるそれは一種の戦場神話だ。事実として彼女は任務に失敗していないし、どの職員の前でも笑みを絶やすことがない。彼女は医務室のベッドに寝たことが無いどころか、包帯を巻いている所すら見たものがいないほどだ。では、その神話はすべてが事実だろうか。
神田ユウはそれがありえない話だと知っている。任務の成功如何は別として、ほか2つは眉唾ものだ。まずもってして彼女が教団で見せている笑みは警戒の表れ、あるいはただの無関心からくるものだった。ようやく彼やアルマを筆頭とした数人の仲間の前でのみ、自然な笑みがふとこぼれるようになったくらいなのだ。少なくとも誰彼構わず心を開いている様子ではなかった。さらに無傷だとは笑わせる。確かに彼女の能力に不足はない。一緒に行った初任務でもその力の強大さはよく解った。だとしても、すべての任務を無傷で終えられるほどこの世界は甘くないだろう。傷を負ってもたちどころに治ってしまう本物の不死たる彼女は、ただ傷ついている姿を誰にも見られていないに過ぎない。単独任務が多いこともそれに拍車をかけているようだった。
二度目となる純との任務を目前にして、彼女に付随した神話が思い出される。バチカンの要地にほど近い港町に構築された結界網に工作の形跡ありとの報告を受けたのが数時間前。ちょうど手すきだった彼と彼女、アレン・ウォーカーが派遣される次第となっていた。緊急任務恒例のダイレクト乗車を行い座った席の向かい、アレンの説明に耳を傾ける彼女を見ていた。クロス元帥という同門の師をもつ彼は、兄弟子たらんと張り切っているらしい。軽く今回の仕事の内容を確認する。工作の内容から言って会敵は必須だ。
「アクマだけでなく、おそらくは魔女もいるでしょうね」
「…魔女ですか」
当然だが教団に魔術師が所属しているように、対立する千年伯爵側の勢力にも魔術師がいる。自らの側に正義を掲げるバチカンは敵対勢力の魔術師全般を魔女と呼称していた。アレンの顔が僅かに曇る。大方アクマでない魔術師を攻撃することに抵抗があるのだろう。実に甘い考えだが、その不満を漏らさないだけまだマシだった。
「あとは結界の修復か?」
「そうね。全体的に見て回る必要がある」
「これは純の担当になるんですか?」
「任せておいて、もうすでに何箇所かでこなしてる」
彼女が赴く単独任務の内容なのだろう。通常はエクソシストと教団所属の魔術師が同行して行う任務のはずだ。だが確かに、彼女であれば単独で行える。効率が良く、人員の不足も補える采配だといえよう。
「それは頼もしいですね」
彼女はフッと口の端をあげてアレンの言葉に応える。何も言わずに窓の外へ目をやった。その瞳は向かう任務地の方向を睨みつけている。やはり、神話など信じるものではない。寄せた彼女の眉根には確かな焦燥が読み取れた。
同行していたファインダーに一本の通信が入ると同時に状況が変わった。襲撃の報告と同時に通信が途絶する。かけ直すも邪魔が入っているようだ。状況は最悪と言っていい。このまま向かっても到着するのは半刻は後になるが、無い袖は振れない。待つことしか出来ない状況に車内の空気が重くなった。
「…任務地はあそこですね」
一瞬の沈黙を彼女の声が割いた。先程までと同じように窓の外を見つめている。その視線の先、闇夜の遠方に煌々とした光が見える。小さい一点でしか無いそれは、確かに炎だと分かった。地形と方角からして任務地に間違いないとファインダーが断定すると、彼女は意を固めたように彼らに告げた。
「飛ぶわ 腕を掴んで」
「飛ぶ?」
「瞬間移動です。場所がわかれば飛べる」
悩んでいる時間はないと、彼らは指示通りに彼女の腕を掴む。パッと手首を握り返してきた彼女は、燃える街を見つめながらブツブツと呪文を唱えている。
「口と目を閉じて。 よろしい。行くわよ、頭と身体を別の所に飛ばされたくなければ手を離さないように」
脅し文句に腕を握る力を強めた瞬間、彼らを浮遊感が襲う。浮いたかと思えば既に地に足がついていた。握られていた手首から指先が離れる。目を開くと街の中心に位置するビルの屋上にいた。いたるところから炎の爆ぜる音がする。油の焦げる匂いと、むせ返るほどの熱気で鼻の奥が痛い。
「麻倉以下三名現着。 状況は?」
『…来てくれたか!避難誘導が済んでいない、あと一区画だ』
神田から舌打ちが漏れる。敵の方角と状況からして間に合わないと判断したためだ。アレンは諦めきれない。諦めてはいけないと主張し対立が起こる。
「…いいから行って、あとは通信で」
彼女に促され彼らは矢の如く駆けていった。ゴーレムからは彼女と街のファインダーとの会話が聞こえてくる。
『貴方の所感でいい、誘導にどれくらいかかる?』
『お力添えいただけるのであれば…、最短で8分』
『…神田、アレンくん。5分作ります 出来る?』
彼らは顔を見合わせた。僅かな時間が得られるのであれば検討に値する話だ。真剣な眼差しのアレンが一つ頷き、神田が舌打ちをする。
「やります!」
「手段は!?」
『敵の動きを5分だけ停止させる。私の歌が賛美歌に切り替わるまでが勝負です。そのあとはいつも通りアクマを屠って』
「魔女はどうするんですか」
『動きを止めた時点で、彼らの意識は私に向く。 私が相手をします』
断言する彼女は、この作戦をやり遂げると確信する。これ以上の追求は不要だ。なれば、彼らも行動に移すのみとなった。
「…わかった。 敵の配置と市民の場所は」
『もう送ってる …頼んだわ』
「ああ」
「任せてください」