第二話「かくも懐かしき」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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早朝から電車をいくつか乗り継いで辿り着いた任務地の教会で、彼らは最終確認を行っていた。大筋は車内で決定した通り、龍脈の中心地に純が陣取り村全体を掌握しながら襲撃の際の情報整理と補助を行う。神田は襲撃方向と予測される港付近で待機し、アクマの破壊を担当。教会へは村人を避難させ、護衛をアルマが行う形となった。現地を一度見て回り状況を確認していく中で、彼女は色々と聞き込みを行っていたらしい。どうやら期待通りの結果が得られたようで上機嫌だった。唯一トラブルらしい事といえば、龍脈の中心地に建っている家をたまり場にしている破落戸共が協力を断ってきたことくらいだが、神田と純による懇切丁寧かつ真摯なお願いにより丸く収まった。
高かった日も山陰に隠れ、空を写した湖の端から橙が見え始める頃、ついに襲撃の時が来た。予定通りの配置についた純から二人に向けて通信が入った。
『湖方向にアクマ複数を確認。襲撃ね じゃあ、作戦通りに』
『了解』
「こっちは任せておいて!」
高台にある教会にいたアルマが街の方を見ると、彼女がいるはずの家の上空に人影が浮かんでいる。通信機からキンとか細いノイズが走った時、薄暗がりの空に光輪が見えた。空に浮かんだ彼女を中心として村全体を包み込むように広がったその光は、瞬きながら回転している。教会の窓からもその光が見えるようで、窓の近くに村人が集まりつつある。アクマとの戦闘を目にして心を痛めて欲しくないと、彼が離れるように指示すれば司祭が奥の部屋へと誘導してくれた。
「…きれい、これが純のイノセンスなのかな」
『来たぞ!』
港の方では既に戦闘が始まったらしく土煙が上がっている。アルマから見える範囲でも相当数のアクマがいる。神田とてすべてを打ち漏らさずにいられるわけではない、近いうちに教会まで魔の手が届くだろう。真剣な表情でイノセンスを発動し構えた彼の耳に、天上から降るような歌が聞こえてきた。
「暈々、発動」
龍脈の中心地の上空へ浮かぶ麻倉純が、喉元へ指を添える。肌の内側から青白い光を放つ彼女のイノセンス【暈々】が呼びかけに応えて、首輪のような光輪を現した。天使や仏の背光じみたそれは、彼女の意思に応じて村全体を包み込む。波立つその光の揺らぎで、彼らの動きも、敵の動きも手に取るようにわかるのだ。港では既に神田が戦闘に入っている。彼女は少し遅れてしまったことを悔やみながら喉を開く。
【暈々】の基本戦術は光輪にのせた音波による攻撃だが、魔女たる彼女が使用する場合はその限りではない。僅かな修行期間の末に光輪は魔力の影響を強く受けると理解した。つまりは、イノセンスを魔法の一つとして扱えるのだ。なれば、この地でもっとも効果の高い一撃を彼女は放つことが出来る。土地の伝承に基づいた詩の選択。教団書庫で神田に調べさせたもののうちに、この村で広く知られている詩がいくつかあった。それらを歌えばアクマへの攻撃に加えて、弱体化と土地の保護が行える寸法だ。
彼女が司祭に確認した旋律に合わせて言葉を吐くと、天上に広がった光輪からその音が降り、龍脈にそって村中へと広がっていく。それだけでいくつかのレベル1は塵になって消えた。神田が相手取っていたレベル2もこの歌が耳障りなようで動きが著しく鈍り、六幻の錆になる。
「純、教会に向かってる方が優先だ」
自らがうち漏らしたアクマの討伐を優先するよう通信で連絡するも返事はない。その代わりに周囲に降っていた声が僅かに小さくなり、背後から爆発音が聞こえてくる。指示が正常に通っていることを確認し、彼は未だ港に蔓延る敵の討伐へと急いだ。向かってくるレベル1の群れに混じってレベル2の姿がちらほら。レベル1などは光輪に触れると同時に破壊されているが、レベル2はそうもいかない。しぶとく耐えては村を昇っていく。中には相当力をつけたのだろう、彼女の攻撃を意に介さないものまで居た。それこそが自分の獲物だと神田は目星をつけた。
我が物顔で港を闊歩するアクマに、建物の影から強襲をかける。確実にあたったはずの刃が、地に刺さっていた。
「…斬ったと思ったんだが」
「ヒヒッ!そんなノロマじゃハエが止まっちまうぜ!」
「っ!」
眼前のアクマから目を逸らさずにいるのに、背後から声がする。それだけではない、いつのまにか同じ気配に周りを囲まれていた。素早い上に、同個体が複数。実に厄介な相手だった。
幾ら斬れども埒があかない。ウザったい動きで逃げ惑う上に、よしんば刃が当たったところでそれが本体ではない。おそらくは複製体の中で本体が移動しているのだろう。二幻刀で手数を増やしても焼け石に水で、彼の苛つきもピークに達しようとしていた。足りないのならばと三幻式の使用が頭を過った時、通信が届いた。
『神田?あとは貴方が戦ってるヤツだけなんだけど、状況は?』
気がつけば降り注いでいた歌が止んでいた。どうも村側の状況は終わったらしい。苛つきに任せて彼女に返答する声が大きくなる。
「ちょこまか動き回る上に本体が補足できねえ!」
『動きが止まって、本体がわかれば斬れるのね』
「無論だ!」
『…私から射線の通る場所に誘導なさい』
舌打ちを了承の合図として返し、アクマを誘導して開けた大通りへと向かう。ここまで彼に有利を取り続けていたアクマはそれが罠であると気付くことが出来ずにいた。
「視認した。そのままその辺りで」
神田からの通信を受けた純は未だ空中で街を見下ろしていた。港の倉庫群から彼と複数のアクマが飛び出てくるのを視認して、彼女は自身のゴーレムを手にする。シエルと名付けられた白色のゴーレム。名目上の師であるクロス元帥から彼女の祖父とその協力者の手を伝って届けられたそれは、魔術でもって記録した物品へ形状を変化させる。シエル、と声をかけて彼女が腕を伸ばし構えるとゴーレムは狙撃銃へと形を変える。
「五秒後に弾着。 ご、よん、さん」
浮いたまま照準をアクマに向け、神田に通信をかける。銃口に光輪が灯り、カウントが終わる前に引き金がかけられた指が動く。に、いち、ぜろ。と予告通りにアクマを弾丸が貫き、音波と共に動きの止まった複製体が霧散する。唯一残った本体を彼が切り裂いたのを確認して彼女は地上へと戻る。その顔には僅かな怒りが浮かんでいた。
『…人使いの荒えやつ』
「貴方ね、せめて避けなさいよ」
『このほうが確実だった』
弾丸がアクマに当たる直前、彼を狙った個体が足を止めていた。彼女としては弾丸の誘導が可能だったのでそれに当たらずともよかったのだが、神田にしてみれば当たるか不安だったのだろう。自分の不甲斐なさと、彼の彼自身への頓着のなさにため息が漏れた。だが、これにて脅威は取り除かれた。早く集結してイノセンスの運搬任務につかねばならない。
「…はやく戻ってきて。教会に集合」
「おかえり!純凄いね、こっちには全然来なかったよ!」
彼女が教会に戻るとそれなりに激しい戦闘の跡が残されていたが、アルマなりの激励なのだろう優しい言葉で出迎えられる。
「…そうでもないよ。アルマ、怪我は?」
「ほとんどないよ。かすり傷くらいかな でも大丈夫。こんな傷すぐ治っちゃうから!」
セカンドエクソシスト計画の一環で彼らの胸に埋め込まれた呪符がもたらす、寿命を削る不完全な不死の呪い。アルマは彼女がその事実を把握していると知らずにいて、目の前の少女が悲しそうな顔をしている状況が飲み込めない。
「…純?どうしたの? もしかして怪我を…」
「いいえ、違うわ。 アルマ、手を出して。…痛いけれど我慢してね」
「え?」
純が彼の手を掴み祈るように目を伏せると、手元に白い光が灯る。その瞬間彼の傷口に痛みが走り、アルマは軽く声をあげた。
「いだっ…って傷が治ってる」
「だめよ、アルマ。この程度の傷で貴方の寿命を削ってはいけない」
「…しってたの?」
曖昧に笑って誤魔化す彼女の後ろから、神田が現れた。先のアクマに付けられた肩口の傷が赤く乾いている。既に血は止まっているらしいが痛々しい事に変わりはない。
「兄貴が吹き込んでんだろ」
「…ええ」
「そ、そっか」
アルマの顔に不安が浮かぶ。自分を救い出してくれた愁の妹なのだから、知っていてもおかしくない事はわかるが、そのうえでまともな生まれでない自分を受け入れてもらえるかが不安だった。
「純は変だーとか、おかしいとか思わないの…?」
「思わない。私も同じようなものだから」
そこで昨日の昼間にみたアレが、思い違いではないと気付く。傷だらけで赤く腫れていた彼女の手がみるみるうちに治っていったのは見間違いではなかった。でも、それでは彼女も自分たちと同じように呪われているのではないか。
「…純のも呪い?」
「そいつのは生まれつきだ、俺等のとは違う」
「魔力の続く限り、死なない そういう体質なの」
だから、大丈夫よ。と、彼を安心させるように笑った顔があまりにも優しくてアルマはそれ以上言葉が出ない。わかったと軽く頷いてみせれば、彼女の顔が神田の方へ向いた。
「神田、手を出しなさい」
「…断る」
「その傷をどうする気ですか」
「ほっときゃ治る」
先程までの会話はなんだったのか。寿命を削らないためにわざわざ彼女が治療してくれているのにそれを断るとは言語道断だとアルマは怒る。
「駄目だよ、ユウ!ぼくも治して貰ったんだから!」
「嫌なもんは嫌だ!」
「…問答無用、歯を食いしばりなさい」
「っ―――!!!テメエ!!」
駄々をこねる彼の手を無理矢理に掴んだ彼女はすぐさま魔力を流し込む。同時に声にならない叫びを堪えるように彼の顔が顰められ、純を離そうと肩を掴んでいた手に力が籠もった。痛みから解放された神田が彼女を怒鳴りつける様子に、アルマは驚いていた。自分が感じた痛みは神田が耐えられないほどのものではなかった。傷の大きさの違いか?それにしても彼の反応は大げさに見える。
「ユウってば、案外打たれ弱いんだね」
「…っ、違う。コイツの治療がヘタクソなだけだ」
「…まあ、それは否定しないけど 治ったんだからいいでしょ」
「放っとくより痛えんだよお前のは」
「酷いんだ、せっかく治してもらったのにさ」
「ねー、酷いわよね」
神田に軽口を叩いているうちに、アルマは楽しくなってくる。同い年で親友の幼馴染の少女が教団にやってきて、一緒に任務に来て、なんだか仲良くなれた気がして嬉しかった。教団にいるエクソシストたちは多かれ少なかれ全員が重いものを背負っている。きっと彼女もその例外じゃないだろう。自分と似たような不死の魔女。彼女が何を背負っていてもきっと友だちになれると彼は確信していたのだった。