第二話「かくも懐かしき」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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「じゃあ改めて概要を確認しましょう」
定刻通りに駅を出発した電車の一等寝台。明かりを落とし暗くなった部屋で、麻倉純が空中に映し出したのは任務地の地図である。近年配布された携帯端末に送られた資料を出力しているらしいが、その手段がわからず神田、アルマと案内役のファインダーが揃って目を丸くしていた。彼らの驚きなど気にもとめず、彼女は任務の概要をさらっていく。重要地点となる教会やアクマの進行ルートに指を滑らせれば、情報が書き込まれていく。改めて情報を整理すると、そう簡単な仕事では無いことがわかる。予想されるアクマの数と村の規模からして、エクソシスト三人だけで対処するには荷が重いように思えた。
「今回もキツイ任務になりそうだね」
「ちっ…配置はどうする。」
「やっぱり教会を中心に守るしかないんじゃないかな」
すべてを守りきるのは難しいといった雰囲気で話を進める二人に対して、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、一旦この資料も見てもらえる?」
「なにこれ?」
地図に重なるようにして浮かび上がったのは朱色の線。乱れた蜘蛛の巣のようなそれは、村のいくつかの地点に集まっては川沿いに散っている。特に集中して色濃くなっているのが教会、漁港ともう一点、おそらく家屋の建っている場所。そこを指さしながら彼女が応える。
「これは…」
「村の龍脈。中心地点がこの家屋になります。 ここに私が陣取れば、村全体をカバーできる」
「…どれほどアテになる」
「百、とは言えないけれど それなりに準備も済ませたし、任せてくれていい」
「ほんとに?」
「こんなことで嘘はつかない。 それに、私を誰だと思ってるの?」
そうして夢の魔女は射干玉の髪を靡かせる。薄暗い部屋の中で彼女の瞳が怪しく光った。彼らを射通すそのグリーンの眼差しに、神田は書庫での様子を思い出していた。
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資料集めにと訪れた書庫に入るなり、無数の本が浮かび上がって机の上に山と積まれる。どれもこれも調べようとしていた事柄の資料で、そのうちの一冊が手元へ運ばれてきた。
「手短にいきましょう。神田はその資料見てて」
「お前は」
「私はこっち」
彼女の方を見れば、手も使わずに資料を猛スピードで捲っては次に手をつけている。それで読めているのか疑問だったが、時折手を止めては端末に情報を取り込んでいるので大丈夫らしかった。
「便利なもんだな」
「…まあね」
資料に向けた緑の瞳を外らさずに口元を尖らせる仕草は、彼女が魔法の修行をする時によく見せていたものだ。昔から魔法を便利使いするくせに、使うことをためらっている節があった。それは今も変わらないのだと懐かしさで手が止まると、頭上から追加の本が落ちてくる。
「おい」
「次それね」
目の前にあったはずの山は残りわずかになっており、時間的にも彼が読める資料はこれが最後だ。南ドイツの各地に残る伝承を纏めた一冊に目を通すも今回向かう任務地と関係があるとは思えない。
「これ関係あんのかよ」
「念の為。 詩のページあったら端末に入れといて」
「…ちっ」
幼いときの名残か、彼は彼女の命令に反射的に従ってしまう。既に許婚ではないのだから従う道理も無いが、目の前の女の断られることを一切勘案していない態度に先に手が動いてしまうことが腹立たしく、情けないように思えて舌打ちで誤魔化した。丁度資料を読み終えたタイミングでアルマがやってきて出発時間が来たと告げられ、一同は教団を後にした。
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作戦の大枠が決定し後は現地で詰めるだけになり、客室の緊張感がほぐれていた。昼前からあくびの多かったアルマは眠たいようで目を何度かこすっている。その静寂を、ノックの音とファインダーの声が割く。
「失礼します、エクソシスト様」
「…何だ」
「車内でトラブルがあったようで、魔術師は居ないかと声がかかりました」
黒の教団の任務には所属の魔術師が同行していることが多い。それをアテにされたのだろうが、生憎今回は連れてきていない。
「知らん。俺達には関係ない」
「しかし…」
口ごもったファインダーの目が、麻倉純に向けられる。彼女は魔女なのだから対応可能だと言いたげだった。
「…いいですよ。私が行きましょう」
「できれば、お二人のどちらかも…」
「は?」
「魔女に監視をつけろと指示が出ているのでしょう?」
「そのとおりでございます」
監視という穏やかでない言葉をさも当然のように肯定する彼を、信じられないような目でみる二人。薄く笑みを浮かべている彼女には、何の動揺も見られなかった。
「純、ぼくが一緒に行こうか?」
「いえ、アルマは休んでて。神田、お願いできますか?」
「…わかった」
団服を隠すようにして薄手のコートを羽織りフードを目深に被った彼女の後ろを神田がついて歩く。ファインダーに連れられて向かった先は、同じく一等客室の食堂席。連れてまいりましたと、男が恭しく膝をついて語りかける先には恰幅の良い壮年と、息の荒い青白い顔の婦人がいた。その側に控えている執事らしき男が、純を検分するように睨みつけていた。
「おお!よく来てくれた! 妻の様子がおかしいのだ…!」
「…お側へよっても?」
「構わん、よろしく頼む」
フードを外して一礼をした彼女が、婦人の前に跪いて手を取る。覗き込むように微笑んで顔色を伺えば、婦人の強張っていた顔が僅かに緩んだ。
「奥方様は、魔術の心得が?」
「家に伝わるものでしたら…多少は…」
「土地を離れたことにより魔力が乱れているのですね。 しばらくすれば落ち着くとは思いますが」
「…すぐに良くははならんのかね」
一時的な体調不良だと伝えられても、壮年の紳士は納得を見せない。今すぐにでも妻を楽にしてやりたい心がひしひしと伝わってくる。その心配をなだめるように、ご安心を、と声をかける彼女がポーチから取り出したのは白い宝石に彫金の施された小振りなペンダント。それを見た執事が息を呑み瞠目する。
「こちらを握ってください。…どうでしょう?」
「…!楽になりました…! しかし、良いのですか?貴重な魔道具なのでは…」
「ウィッティ家の安寧のため、どうかお収めくださいませ」
「恩に着る!礼ならば惜しまん、なんでも言ってくれたまえ!」
「お礼などいただけません、ウィッティ卿。」
礼をさせてくれと言う紳士の言葉に、しかして彼女は固辞を続ける。美しい形で弧を描く唇も、細められた目元も完璧に作り上げられた笑顔のまま、紳士を見ては首を横に振っていた。
「しかしだね…!」
「…我々、黒の教団へ対するご信頼をいただけましたら十分でございます」
その言葉を聞いた紳士は我が意を得たりと鷹揚に笑い、ファインダーに連絡先を求めるのだった。
「いけすかねえ野郎だったな」
「…あの執事さん?」
「あいつ、魔道具出してから目の色変えやがったぞ」
「まあ、そうでしょうね」
「いいのかよ」
「投資のようなものだから」
「…?」
「ふふ、帰る頃には良い土産が出来るわ」
客室に戻る道中の雑談。執事の態度に文句を言う神田を軽く受け流す彼女には悪辣、といって差し支えないような笑みが浮かんでいた。今のフード姿にその笑みであるからして、実に魔女らしく見える。彼女の言う土産に一切の検討がつかない彼は、考えても詮無きことだと既に思考を諦めていた。
戻った部屋ではアルマ・カルマがいびきを立てながら眠っていた。四台備え付けられたベッドの一つに、布団もかけずに身体を投げ出している。
「ずいぶんと眠たかったのね」
「こいつは、いつもこんなもんだ」
くすくすと笑いながら、彼女は落ちかけていた腕と脚をベッドに戻し、毛布をかけてやる。その毛布を抱き枕にして寝返りをうった彼の頭を、優しく指先が撫でた。
「お前も寝とけ。明日ヘマされちゃ敵わん」
「…そうね。上に失礼します」
すでにアルマの対岸にあるベッドに腰掛けていた神田は、団服を脱いで寝る準備を進めていた。彼女にも寝るように促せば上部に取り付けられた寝台へと潜り込んでいく。
「じゃあ、おやすみなさい。神田」
「ああ、おやすみ」
就寝の挨拶を交わした後、上の寝台からは身支度を整えているだろう物音が続いていた。やがてその音が止んだことで、ようやく眠りについたのだと神田も目を閉じる。目を閉じてしばらくたっただろうか、微睡みに落ちかけていた意識が、バタリと何かが倒れる音で引き戻された。瞼を開けると、彼女の寝台から腕がこぼれ落ちている。寝返りをうったときにでも器用にはみ出させたのだろうか、そこまで寝相が悪い女ではなかったはずだがと様子を伺おうとしたが、目隠しのカーテンが引かれている。これを開け放って良いものだろうかと眠りに落ちかけた回らない頭で考え、彼は放置することを選んだ。