第二話「かくも懐かしき」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
談笑しながら(神田はほとんど無言だったが)の食事を終え、この後の予定の話になる。腹ごなしに鍛錬に向かうと言った神田に、ちょうどいいとマリと純の二人が便乗する形となった。普段よりも機嫌が良いのだろうか突き放さずに歩を進める神田と、その横を静かに歩いていく純。マリには、その歩様と彼に話しかける声色が僅かに弾んでいるように思えた。
「…もう一戦さ!」
「君も諦めの悪い男ですね…!」
「ねー、早くご飯行こうよー。お腹へった」
鍛錬室を前にして騒がしい話し声が聞こえてくる。扉を開けようとしていた神田の腕がピシりと止まり、二人を見やった。今入れば確実に面倒事に巻き込まれると言いたげな目だが、すでに行き場は残されていない。二人で首を横に振って応えれば、舌打ち一つの後瞼を閉じ扉を引き開けた。
「あ、ユウ!良いところに!」
「…よくねえ」
中ではアレンとラビが竹刀をつかって模擬戦をしていた。待ちくたびれていたのか大きなあくびをしていたアルマが神田に駆け寄り、事の顛末を話し始めた。きっかけは些細な口論だったらしいのだが、どちらも引っ込みがつかなくなったようで既に2時間もあの調子らしい。
「これで6戦、3勝ずつ。もうずっと終わらないんだもん」
「…これに勝ったとして、何になるのよ」
「なんかね、お互いのコレクションを賭けてるみたいだよ」
「コレクション?」
呆れた顔の純が問いかける。彼女がコレクションとはなんぞやと頭を捻っている間に、すでに神田が竹刀を手にしていた。
「くだらんな。 邪魔だ、どけてくる」
「こら、食べてすぐの激しい運動はいかんぞ」
「…あんなヘタレた奴らを伸す程度、運動にすらならん。」
すでに彼の中では決定事項らしく、ツカツカとアレン達に向かっていき憎まれ口を叩いて挑発を始める。頭に血が登っている男子二人組は簡単にその煽りに乗ったようで二対一が始まろうとしていた。アルマはそれを観戦するようで、少し離れた位置に陣取っては審判の役割を買って出ている。残されたマリと純の二人は、食べてすぐのこともあり、激しい運動をする気にもなれない。軽いストレッチから始めることに決めた。
ゆっくりとした動作で丹念に身体を伸ばしている純の視線は、試合を行っている三人に注がれていた。ひと通りのストレッチを終えると、それだけで汗ばんでくる。先に壁際に寄って座禅を組み始めていたマリの横で、汗を拭き始めたときですら彼らの動きを追うことはやめていなかった。一息ついて彼女も床に座ると、上から声が降ってくる。
「…ずいぶんと、神田のことを慕っているのだな」
「そんなこと、ないですよ」
広い鍛錬室の中で、彼女だけに聞こえる大きさで囁かれたその言葉に純がどのような表情を返していたかはマリにはわからない。ただ、返されたその言葉の音色が、どうしようもなくはにかんでいて、彼女が嘘をついているとわかってしまう。
「純。君は、存外わかりやすいな」
「…その耳の良さは困りものね、マリ。」
「そうでもないさ」
トサリ、と彼女が壁に寄りかかった音がする。膝を抱えるように腕を伸ばして、俯き加減に垂らした長髪の隙間からため息が漏れ出ていた。
「ねえ、誰にも言わないでね」
「はは、安心してくれ。口は堅いほうだ」
「…よかった」
なんとも恥ずかしげな声色でいじらしいお願いをしてくる彼女に、マリは認識を改めつつあった。おそらくは挨拶を交わしたときの大人びた雰囲気ではなく、この年相応の少女性が彼女の本来の気質なのだ。
三人の試合は結局神田の一人勝ちで終わった。すでに6戦もしてヘトヘトのアレンとラビに勝機はなかったのだから、よく保ったほうだと言うのが正しいのかもしれない。地に伏した彼らを足蹴にしながら神田が声を張り上げる。
「おい、純!準備運動終わっってんなら来い!」
「…何よいきなり」
「やりたりねえ。相手しろ」
「勝手を言わないで それに、私じゃ相手にならないと思いますけど」
「はっ、そんなに鈍ってんのかよ」
「…は?あんまり舐めてんじゃないわよ」
文句を言いながらも、純は立ち上がり神田の下へ向かっていく。またしても安い挑発を吐く神田に突っかかる彼女をみて、その場に居た面々は案外煽り耐性が無いんだな、と苦笑した。これを使えと投げ渡された竹刀を軽く振って投げ上げた純がもう少し短いものをと所望する。
「お前、そんなチビだったか?」
「…自分がやけに大きく育ったからと随分な言いようですね」
神田としても多少短く、軽いものを渡したつもりだったので困惑していた。想像よりも身長が伸びていない。彼女はそれが不満らしく、怒りを隠すつもりのない引きつった笑みを浮かべている。
「これは?」
「…いいでしょう」
「じゃあ、合図するから!」
納得のいく竹刀を見つけたらしく純は神田と距離を取った。昼食のの予定は何処へいったのやらワクワクとした顔のアルマが次も審判を務める気でいるらしい。
始めの合図があっても、二人は間合いを測るだけで打ち合いになることはなく、ジリジリとした時間が過ぎていく。動きがあったのは神田が指先で純を挑発したときだった。彼女は深く息をついた後、竹刀を下段に構え直す。
「…参ります」
無造作な歩みでもって間合いを詰め、僅かに腰を落としたかと思うとおもむろに加速し竹刀を振り上げる。その刃は神田によって弾かれたが、流れのままに放たれた下段に彼は飛び退かざるを得なかった。それでできた距離を詰めるようにして斬りかかる純と、弾き返す彼。神田の方から仕掛ける気は無いようで、距離の空いた際には誘導するように竹刀の構えを変化させていた。
「ユウってば、余裕そうだね」
「ムカつく野郎さ…! 純!俺達の分までコテンパンにしてくれー!」
「神田ー!大人気ないですよー!」
観戦する余裕の出てきたらしい二人が野次を飛ばしてくる。実際のところ神田には余裕があったし、彼としても指導試合のつもりで話を持ちかけていた。そもそも彼女に剣術を叩き込んだのは彼自身で、それが鈍っていないか確認したいがための挑発だった。あの郷で教えた懐かしい太刀筋が彼女から振るわれていることで、既に一定の満足を得ている彼はそろそろ締めにかかっても良いなと思案しているのだ。一方で彼女に余裕はなかった。そもそも竹刀は彼女にとって重い上、太刀筋どころか癖まで知り尽くされた相手に勝ち筋がない。弾き返してくる力の重さで既に手が悲鳴を上げ始めている。
「…鍛えたりねえんじゃねえのか」
「!ぐっ…うるさい…」
遠からず終いになると放たれた連撃のすべてを捌けば、彼女の体勢が崩れる。その隙を見逃す神田ではなく、ここで初めて彼の重い一撃が純に振るわれた。追撃をなんとか弾き返した彼女は、彼の横を通り抜けるように刀を振るい距離を取り顔の横に竹刀を構えた。あの構えから放たれるのは十中八九突きだ。予想通り放たれた突きを踏みつぶして彼はトドメにかかる。足元から竹刀を引き抜いた彼女の脇腹に向けて刀を振るうと、案の定彼女は避けることが出来ないでいた。終いだなと考えた彼の首筋に殺気が刺さる。それは、彼の振るった一撃を避けずに竹刀を振り上げている彼女からのものだった。
「てめえ、せめて避けろ」
「だって、こうでもしないと勝てないんだもの」
「負けず嫌いも変わらずかよ」
お互いに当たる直前で止めた刃を降ろしながら、軽口をたたき合う二人。純は手が限界に近いようで、竹刀を手放してにぎにぎと動かし、軽く擦っていた。流石に彼も心配になったのか近寄って確認すると、早回しの動画のように手から赤みが引いていく。
「…平気か?」
「うん。ほら、もう治った」
「え!?純もなの!?」
「っ!!…びっくりした。どうしたのいきなり」
あっけらかんとした純の様子に神田が軽くため息を付くと、観戦していたはずのアルマがひょっこり現れて声をかけてきた。彼女はそれに大変驚いたらしく、声にならない音を立てて軽く数センチは跳び上がり、それを誤魔化すように落ち着き払った態度で聞き返す。アルマが己の疑問を口にしようとした時、スピーカーから雑音が走った。身構える彼らの様子に、純も緊張感を覚えた。
『えー、神田、アルマ、純の三人は司令室へ急行するように。繰り返す、』