EP2「亡霊を使徒に仕立て上げた日」
[必読]概要、名前変換
・概要原作沿い:本編開始前~神田ユウ教団帰還まで
ジャンル:悲恋、一部嫌われ要素あり
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「おい、麻倉。」
「…またあなた?」
「文句いってんじゃねえよ」
それから数年間、亡霊と教団の連絡役を続けていた。担当のファインダーが変わったことによって随分と生活環境が良くなったようで、痩せこけていた身体には少女特有の柔らかさが戻っていた。訪れるときは毎回、市で果物を見繕って用意させた昼食とバスケットに入れて持っていく。崖の上の塚には、時折街の民からの供え物が置かれていた。市のおっさんに聞いた話では、亡霊は教団の人間が来て訃報を伝えられる度に一晩中鎮魂歌を歌っているらしい。それで、弔いごとがあるときはあの塚に供え物をして鎮魂を願う流れができあがったと。亡霊も理解しているようで、民からの供え物があったときには月夜に歌っていた。
初めて一人で亡霊を訪ねたときは、アイツは目を丸くして驚いていた。
「…なんでまたきたの?」
「別に、任務だからだ。」
「こわくないの?」
「亡霊ごときにビビってられるかよ」
「…そっか」
何度か訪れるうちにポツポツと自分のことを話すようになった亡霊。俺のことは何も話してやれなかったが、俺が憐れみを抱いていることは伝わっていたようで、アイツも何も聞いてこないなりに何かを感じ取っていたように思う。このときには亡霊も俺もお互いに名字で呼び合っていた。
「そう、クロス元帥に力の扱い方を教えてもらって」
「…師匠ってわけだ」
「元帥は私のことを弟子だなんて思ってないよ。神田のところとは違う」
「うちの師匠が異常なんだよ。すぐに息子だ何だと…」
「あの方は優しい人だから」
「じゃあ麻倉が弟子になれよ」
「できないことを言わないで」
「それもそうだ」
俺が持っていった果物にかじりつきながら、あることないことを話した。通ううちに麻倉の好みもわかってきて、酸味と香りのつよいプラムを持っていけば声を弾ませて喜んでいた。
俺が通うようになってから定期的に教団に麻倉を連れて帰るようになった。せめて怯えさせないようにと自ら猿轡を噛み腕を縛り上げる亡霊に、必要ないと伝えてやったが聞く耳を持たれない。教団に近づくにつれ瞳の色が濁り指先が震えだす様子を見て、自らの恐怖を悟られまいと拘束されていたのだと気づいた。
亡霊と帰る度にリナが側にくっついてきて鬱陶しかった。亡霊が診察に連れて行かれて俺と離れた途端に震えた手で心配してくる。俺がその程度で弱るわけがないことも、アイツにそんな危険性がないこともわかっているだろうに恐怖心は拭えないらしい。何度か諭したが、理解してはもらえなかった。
麻倉が診察を受けている時に診察室の近くを通ると、時折耳を劈くような叫びが聞こえてきた。脳を揺さぶられ魂すら掴まれるような声はおそらく亡霊の喉から発せられるもので、その声が聞こえた度にアイツの喉を締め付けるイノセンスの光と陶磁器のひび割れが広がっているのが痛々しかった。
一度だけ、あの崖の洞穴を離れて隣町にほど近い海辺の花畑に連れていった事がある。どうして連れて行ったかは覚えていない。たまの休暇にと促されたんだったか、師匠が見つけた花畑に昼飯を持って連れたって歩いた。首元を包帯で隠すようになっていた亡霊は、サイズがあった黒尽くめではなく薄色のワンピースを着ていて、普通に生きていられれば花でも愛でているのがお似合いの少女に育ったのだろうと思わされた。
燦々と日のさす花畑の中を分け入って座りよい岩場の影に腰掛けて飯を食べた。果実に鼻をよせて香りを楽しむ様子も、小さな頬にサンドイッチを詰め込んでもちもちと咀嚼する様子もすでに見慣れたものだった。あまりの穏やかな空気に、踏み込んではいけないことを聞いてしまった。
「麻倉。お前、逃げられたんじゃねえのか?」
「…なにから?」
「教団から」
「教団から逃げるとか、考えたことがなかったかも」
「あれだけの仕打ちを受けてたのにかよ」
「そうだね、でもコレからは逃げられないよ。本当の咎落ちにはなれない」
そうして首の包帯を擦る『咎落ちのなりそこない』は自分の置かれた立場をよくわかっていた。亡霊の首にイノセンスが埋め込まれてさえいなければ逃げられただろうに、それでも教団に従って無辜の民を守らんとする。俺と同じで目的があって生きていたいのかと思っていたが、そんな話は耳にしなかった。ただ、話されていないだけだったのかもしれない。俺も亡霊に何も話してはいなかったのだから。そんな思いが少し口を軽くした。
「憐れだな」
「神田もね」
「…そんなこと思ってたのかよ」
「だって、神田こそ逃げられたでしょ?」
「逃げられねえよ」
「…どうして?」
「会いたい人がいる。それまで生きていると決めた」
「あなたは強いね」
「お前は?そういうもんが一つくらいあんだろ」
「…なかったよ」
「なかった?」
「そう、できるだけやって。擦り切れるように終わりたい」
「死にたがりだな」
「…ほんとうは、ずっとこんな場所で穏やかにいたいの」
「できねえことを口にしても虚しくなるだけだ。やめろよ」
「そうね、わかった。 ねえ、今日のことは秘密にしておいてくれる?」
いいぜ。と応えて契ったのが亡霊との唯一の約束。叶わないことを口にしない。この穏やかな日を口外しない。それから亡霊は振り切れたように、使徒としての側面を強くしていった。穏やかな日々が得られないとわかっているから、無辜の民を守って擦り切れることを願っている。その様子に教団の連中も意識を変えたのか、麻倉への警戒心が弱まり俺以外の連中が連絡役につくことも多くなっていった。