EP1「亡霊が少女だと知った日」
[必読]概要、名前変換
・概要原作沿い:本編開始前~神田ユウ教団帰還まで
ジャンル:悲恋、一部嫌われ要素あり
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亡霊を人形のように抱きかかえた師匠と市井の間隙を縫うように宿に向かう。あれほど騒がしかったはずの亡霊からは、呼吸の音一つ聞こえてこない。強張った手の震えだけがソレが人形ではないことを証明していた。
宿で待たせていたファインダーは亡霊を見るなり小さな悲鳴を上げた。まるで本物の化け物を目にしたような怯え方は、少なくともエクソシストに向けられるものではない。それに気づいてないわけでもないだろうに、師匠は亡霊に湯浴みをさせるように指示をする。亡霊が焦ったような顔を何度も横に振り拒否を見せているが、元帥の有無を言わさぬ態度にファインダーが先に折れ風呂場に連れて行かれた。
風呂から上げられた亡霊の口には猿轡。手首をまとめるように縛られた布を引かれてリビングへ連れられてきた。濡れて光の鮮やかさを増した髪と、汚れが落ちて透き通るような肌とは裏腹に、あれだけ鋭い光を放っていた瞳は沼の底の澱のように濁りきって感情が抜け落ちている。それを目にした師匠は悲しそうな顔をして怒っていた。ファインダーの行為に一定の理解を示しながらも家から追い出したその言葉は、彼が仲間に向けるものとしては殊更に冷たい。
「すまないね、もう安心していいよ」
いつもどおりの優しい表情に切り替えた師匠は、亡霊に巻かれた布をほどいてやる。猿轡を外された薄い唇と細い腕にはわずかに赤みが差していて、眼の前にいるのが人間の少女なのだと、このとき初めて自覚した。
「さあ、夕食にしようか」
促されて座る食卓には、亡霊の席が追加されている。師匠と俺が腰掛けたあと、しばし空いて亡霊が席についた。そういえば、こいつも俺も名乗りもしていない。こいつの名前を問うように師匠を見やると呆れたような顔で笑い出す。
「なんだい、まだ名前も知らないのかい?」
「こいつが名乗らなかったもので」
「…。」
それだけ言われても亡霊は口を開こうとしない。洞穴ではあれだけ饒舌だったのに凄まじい変わりようで、無性に腹が立つ。
「テメエ、なにか言ったらどうだ?その口は飾りかよ」
「…。」
「はっ、さっきまでの威勢はどうしたよ。あれだけ騒がしかったくせに」
「…っ。」
「ここに君が声を上げるのを咎めるものは居ない。大丈夫だ、話してくれるかい?」
「よろしいのですか?」
師匠に促されようやく亡霊が口を開く。洞穴で聞いた天上から降るような脳を揺さぶる声。ソレが響くと同時に首元のひび割れからイノセンスの光が明滅するように見えた。
「いいとも。では、紹介しよう。彼は私の弟子の神田ユウ、君と同じエクソシストだよ。ほらユーくん、挨拶」
「…神田だ。で?テメエは?」
「麻倉純。」
いまだ聞き慣れない順の、俺と同じ名の並び。
「テメエ、日本人か?」
「あなたも?」
「…ああ、一応な。」
「夕飯が冷めてしまうね。続きは食べてからにしよう」
そう言って師匠が飯に手を付ける。亡霊は俺も食べ始めたのを確認して、覚悟を決めたような顔でスープを口に運ぶ。一匙分を飲み下すと、目元にも赤みが差し瞳の光が柔らかくもどる。よほど飢えていたのだろうか、亡霊は所作こそ丁寧だが必死に飯を飲み込んでいく。俺が生まれたときからこの地の任務に身を捧ぐ少女の使徒。声を上げることすら気を使い、大きすぎる団服を与えられていて、崖際の海洞に住まい、出される食事に毒の警戒をする必要がある。昨日までの師匠の様子からして定期的な連絡すらまともに取られていないように見える。教団のコイツへの扱いは、いったい何だ?
「ごちそうさまでした」
「…足りたかい?」
「はい、もう入りません」
出された分をちょうど食べきり、苦しそうに腹を擦っている。碌に食事も取っていないだろうに、そのやせ細った身体では飢えを満たせるほど食べられないのだろう。そういえば寄生型のイノセンスを持つものは尋常じゃないほど食べると聞いていたが…
「そんなんで保つのかよ」
「…どういうこと?」
「お前、寄生型だろ」
「…たぶん、ちがう」
そうは見えない。首を締め付けるその光に侵食された肌が物語っている。だが、コイツもそれ以上話す気は無いようで押し黙り露骨に目をそらされる。
「…では、仕事の話に移ろう。麻倉くん、次の大きな襲撃は何日後だい?」
「3日後の夜、嵐に合わせてやってきます」
「襲撃?」
「…この街を超えた先にある黒の教団の施設。AKUMA兵器はその施設とこの街を定期的に襲撃している。彼女は街と施設を守る防人としてここにいるんだよ」
「独りで?」
「ええ。」
それほど強いやつなのだろうか。だとしても重要な任務を独りだけに任せ、放置していることなどあるか?
「おかしな話だな。そんな重要な施設ならこんなちんちくりん一人に任せないで、もっと出来るやつを配置しときゃいいだろ」
「…いいの。そんなに重要な施設ではないから。」
「は?」
「もう終わった実験施設。資料くらいはあるけれど、もう捨てられた場所。千年伯爵は襲撃価値があると思っているようだけど、教団にはそんな価値がきっと無い。」
「じゃあ何でお前はここに居続ける?」
「それでも、無辜の民を守らねばならない。施設とほど近いこの街の民を守らなくてはならない」
「人員の無駄だな。襲撃の監視であればファインダーにやらせれば良い。ただでさえエクソシストは足りねえんだ、お前をここに置き続ける理由がない」
「…私は、使徒ではないから。ここにいるしかないの」
吐き出されたのは、きっと何度も言い聞かされた言葉をそのまま口にしたものだった。イノセンスに身体を蝕まれながら教団から使徒ではないと宣告された亡霊。ただ一人崖の上、嵐の夜に晒されながら叩きつける波よりも大きく張り裂けるような声で歌い叫んでは、AKUMAをまた海へと沈めていく。夜に溶ける黒髪に遮られた緑の瞳が神造兵器の光を帯びて爛々と光っていた。夜が明けてAKUMAどもの姿が見えなくなっても、枯れた声で歌を口ずさみ続ける唇は、それでもなお戦場に似つかわしくない少女のもので、俺はその喉が潰れるのをじっと待つことしかできなかった。
EP1「亡霊が少女だと知った日」
next-EP2「亡霊を使徒に仕立て上げた日」