EP1「亡霊が少女だと知った日」
[必読]概要、名前変換
・概要原作沿い:本編開始前~神田ユウ教団帰還まで
ジャンル:悲恋、一部嫌われ要素あり
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断続的に響く波の音、パチパチと何かが燃える温かさに、子守唄のような旋律が聞こえた気がして微睡みから意識を戻す。亡霊と海に落ちて、それからどうしたんだったか。あたりを見渡すとここは崖際にできた洞穴のようで、薄暗い中に焚き火の光が揺らめいていて、側には2着の団服が干されている。身体を持ち上げると、クッションの効いた場所に寝かされていたことに気がつく。壊れた馬車かなにかの座席だ。腕や足には包帯が巻かれていて手当をされたあとがあった。つまり、亡霊をかばって海に落ちた俺は、亡霊に助けられてここにいるわけだ。
もう必要ないからと雑に包帯を外していると、俺の座る座席の右隣、目隠しのついたもう一つの座席から亡霊が顔をだす。手には昨日持ってきた羽ペンを持っていた。亡霊は包帯を外している俺をみて、焦ったような顔で近づいてきた。
「 」
「なんだって?聞こえねえ!」
「 」
波の音がうるさくて亡霊の声が聞こえないが、口の動きで何を言わんとしているかは理解できた。
「怪我ならもう治った。」
包帯を外した跡を見せてやると、あからさまに安心した顔をする。
「もとはといえばテメエのせいだろうが」
「 」
「…まあ、怒鳴った俺も同罪か」
「 」
不満を漏らすと申し訳無さそうに眉を下げ謝罪してくる。忍びなくなり罪を認めると、きょとんとした顔で呆けたあとに僅かに笑う。表情のコロコロと変わる忙しいやつだと思った。
「で?テメエは一体こんなところで何してんだよ。」
「 」
明らかにこの洞窟に棲み着いている亡霊に、何をしているのかと問いかけると、こっちだともう一つの座席に手招きをされる。目隠しの奥にあったのは、書きかけの報告書の山にインク壺。天井からはドライフラワーが吊るされていて、昨日見た花冠が完成されて置かれている。窓であったろう場所に貼られていたのは教団の印の入った指令書、『防衛任務、帰還の指示を待て』と恐ろしいほどに端的な命令文が記されたのは数年前の日付。俺が生まれた年と同じだった。
亡霊は報告書の山に向かいペンを走らせる。昨日見た幼い字が淡々と増えていく様子にこいつの日常を感じた。ペンを止めた亡霊に袖を引かれる。
「なんだ」
「 」
書き記された文字を見れば『インクと紙、ありがとう助かった。それと、サンドイッチも美味しかった。』と。
「別に、師匠の指示に従ったまでだ」
「 」
「ああ。知っているのか」
「 」
どうやらティエドール元帥はこの亡霊を何度か訪ねているらしい。その目には俺がさぞかし滑稽に映っただろう。戻ったら文句を言ってやると決めた。わずかに気が抜けたのか、腹の虫がなる。海に落ちて体が冷え、随分と体力を使ったようだ。それに亡霊が気づいたようで、くすくすと笑って林檎を差し出してくる。馬車の壁と目隠しによって波の音が少しだけ和らいでいる中で、鈴を転がしたような笑い声を亡霊が立てるのを聞いた。
二人で焚き火に当たりながら林檎にかじりつく。本当に好物なのだろう、目を細めながら大事そうに食べている横顔が火の明るさを反射している。白磁の肌のひび割れから、青白い光が瞬いていた。簡単に折れてしまいそうな首を締め付ける神性の光。これがこいつのイノセンスなのだろう。宿主の身体を蝕む寄生型の兵器が、人形のような頬にひび割れを作っている。
「 」
「…悪い」
まじまじと見られて面白いものではなかったろうと、気まずくなり顔をそらす。しばらく無言で焚き火にあたるも、無性に気まずくて声をかけてしまう。
「お前、年は?」
「 」
「…同じ、になんのか。」
「 」
そうは見えないね?どういう意味でこいつは言ったのだろう。万が一にも俺が下に見られることはありえん話だ。
「お前、ちんちくりんだもんな」
「 」
「見た目の話じゃねえってなんだよ」
「 」
「誰がガキだコラ」
少なくとも同い年の奴にガキ扱いされるような覚えはなかった。
それから亡霊は報告書を書きに目隠しの中に戻っていった。波の音を聞きながら焚き火にあたってしばらくすると、ようやく身体が暖まってきた。団服も乾いたようで、羽織ると潮と煙の匂いがする。日が傾いて橙に染まる海を見て、随分と長居をしてしまったと反省した。師匠になんと言い訳を立てようか考えながら階段の方向に向かうと、長身の中年の影が見えた。
「あまりに遅いから迎えに来たよ」
「げ、元帥…」
「…海にでも落ちたのかい」
「…」
「怪我は、もう治ったようだね。彼女はいるかい?」
「報告書を書いている」
「そうか。ちょっと待っていなさい」
波の音に負けない大声で話しかけられ怯んでしまった。師匠には俺の行動が見通せるようで海に落ちたことを言い当てられ、言い訳すら出てこない。待っていろと言いつけると、師匠は亡霊の座席に向かう。出てきた亡霊は恭しくもワンピースの裾をつまみ上げてお辞儀をする。やけに手慣れているようなのがあまりに不釣り合いに見えた。一言二言交わして、亡霊は団服に袖を通した。サイズが合っておらず肩が落ちているし、裾がやけに長い。首と口元が隠れるように布を巻いて目深にフードをかぶると、師匠に抱え上げられてこちらに向かってきた。
「今日は彼女もこちらの宿に泊まらせるよ」
「…そうですか」
もとより俺に拒否権はない。ただ、師匠の服を掴んだ亡霊の指が震えていたのだけが気になった。