EP1「亡霊が少女だと知った日」
[必読]概要、名前変換
・概要原作沿い:本編開始前~神田ユウ教団帰還まで
ジャンル:悲恋、一部嫌われ要素あり
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亡霊が林檎と花束だけ持っていった。と事の顛末を伝えると師匠に大笑いされた。
「はは、それは随分と警戒されているみたいだね」
「亡霊に警戒も何もないだろ。…いや、イノセンスならありうるのか」
「何の話だい?」
「亡霊がイノセンスで、それの回収が滞在の目的なんじゃないのか」
「そんなことは言っていないと思うが」
「…?だったらなんの目的でここにいるんです?」
「今回の任務の目的は、報告書を受け取ることだよ」
「どこで?誰からだ?」
「明日になればわかるさ。もう寝なさい。起きたらバスケットを回収してくるようにね。」
師匠に言われた通り朝一番で崖に向かう。ニワトコの木の根元には、野鳥がパンとハムを食い散らかした跡。やっぱり生物は供え物に向かない。俺がわざわざ片付けてやるほどのことでもないので放置してバスケットを回収しようとすると、中には薄汚れた紙の束と花束を包んでいた包装紙が入れられている。包装紙には赤黒く幼い文字で『Lack!Paper,Ink!』と書かれていた。
バスケットを師匠に渡すと、紙の束をペラペラと捲りあげて「随分と前からじゃないか…」と独りごち、真新しい紙とインク壺、羽根ペンと包帯を用意させていた。
「神田、今日もお使いを頼めるかい?」
「かまいませんが、パンもハムも鳥に食い散らかされてたぞ?」
「それなら今日は受け取ってくれるかもしれない。ついでに君もそこで昼食にしてきなさい。サンドイッチを作ってもらおう。」
「…亡霊は文字を書かんし、サンドイッチも食わない」
「そういう亡霊が居たっていいじゃないか」
「それはもう亡霊じゃない」
「ふふ、それはそうだね」
文字を書いて飯を食う、林檎好きでニワトコの木に現れては歌を歌う。おそらく実態があるのに、皆は亡霊と呼ぶ。意味不明な存在だ、度し難い。ただ少なくともわかるのは、ソレとの接触が教団にとって意味を持つということだけだった。
昼時になり、またバスケットを持って坂を登る。市で今日もおっさんに絡まれたので、亡霊は林檎だけは持ってったと伝えてやると、また林檎を持たされた。しかも2つ。1つは坊主にやるよなどと余計な世話まで焼かれた。バスケットを塚の前に置き、自分の分の昼飯を持ってニワトコの木に登る。ちょうど座りよい太い枝があった。腰掛けて海を見やると、崖の上よりも波がうるさくなく悪くない眺めだ。持たされたキュウリとハムのサンドイッチにかぶりつきながら空と海の境目を眺めていると、また視線を感じる。ここよりも低い位置、崖の方向からだ。とっさに影を探すも、すでに視線を切られたのだろう、存在を感じ取ることができなくなっていた。
昼飯を食べ終わり帰るかという時分、ふと幹をみると大きい虚が空いている。そこから覗いているのは昨日持ってきた花を用いた作りかけの花冠と、中身の抜かれた小瓶。どうやら、亡霊は昨日の供え物でこれらを気に入ったようだった。
「亡霊は女みたいです、元帥」
「ほう、なぜそう思うんだい」
「昨日の花束で花冠を作ってやがった」
「気に入ってくれたようで何よりだね、よかったじゃないか」
「別に、良いも何もない」
「女の子に花束を送って気に入られたんだ。素晴らしいことだよ、ユーくん」
「…女の子?」
「君が言ったんだよ、女の子じゃないかって」
「女みてえだとは言いましたが、そういうことじゃない。それに花束用意したのはあんただろ!」
師匠にニヤニヤとからかわれる。この人のこういうところは本当に嫌いだ。俺がただ感想を述べただけで、晴れやかな顔で父親じみたことを言ってくる。師匠の命令で、師匠が用意した供え物を、置いて帰ってきただけ。それを亡霊が気に入ったところで、俺になんの関係もない。だからこの人が言う、素晴らしさなどただのお門違いも良いところだ。それを苛立ちとともに伝えるも、優しい顔で頭を撫でられて為すすべがなく、むかつきとともに床についた。
「なんだ、今日は食ってんじゃねえか」
翌朝バスケットの回収に向かうと中身は空になっている。ご丁寧に同封したナプキンをを持ち手に結んで、そこに一輪のドライフラワーが刺してある。亡霊なりの感謝だろうか、と思ってそこではたと気付く。今、俺はなにかに満足していた。一体何に?亡霊が飯を食ったことか?確かに食いもんを粗末にするのは悪いことだが、それではない。…思い浮かぶのは昨日の師匠の言葉。受け取ってくれたこと、そのものに?それも感謝を伝えられて満足している?
「は、ただの勘違いだ。」
誰に対するわけでもない言い訳を口にして、じたじたと動き回る。幸いにして、ここには誰も居ねえし、声も波の音でかき消されるから聞かれる心配も、見られる心配もねえ。ありえん話だ。満足などしていない。と、自分に言い聞かせるように一通り騒いでいると、また視線が刺さる。ムカつく。今の醜態を見られたこともだが、テメエは姿を晒さずにこちらを監視していることが気に食わない。一昨日からジロジロと見やがって、喧嘩でも売ってんのかって話だ。こうなったら亡霊を一目見てやらねえと気がすまない。亡霊はこちらの視線に敏感のようだから、わざと気づいてねえふりをして崖の方に近づいていく。どうやら上手く騙されてくれたみたいで、刺さる視線の出どころは変わってない。
「テメエなんだ、一昨日からジロジロと!」
崖の外側、視線の感じる場所を覗き込み怒鳴りつける。そこでようやく亡霊の姿を目に捉えた。俺とさして変わらない背に痩せぎすの腕と脚。艶のない黒の長髪は、それでもカラスの濡羽のように光を受けて僅かな紫色を帯びている。生白い肌は薄汚れて、廃墟のひび割れた磁器に見えた。ここ数日俺を監視していた瞳だけがいやに鮮やかな緑色を呈していて、思わず息を呑んだ。亡霊とはさもありなん。怪奇小説にでもでてくる幽霊や怪異のような見た目だ。
亡霊は俺が話しかけてきたことに驚いたのか、緑の瞳を見開いてわずかに後退りする。崖の外は階段状に切り取られた足場があるようで、亡霊はここからニワトコの木にやってきていたらしい。そういえば、こちら側はよく観察しなかったなと亡霊の向こう側の海へとつながる階段を見ていると、よく見た意匠に気がついた。あまりにボロボロで気づかなかったが、亡霊が着ているのはサイズの合わない団服だ。
「…テメエ、エクソシストか?」
「…!」
「おい、逃げるな!」
「…っ!?」
「あっ!?」
怯えるように逃げ出した亡霊を怒鳴りつけたのが悪かったのか、俺達はそろって階段から足をすべらせて海へと身体を投げ出す形になる。この高さから落ちてはこの亡霊はひとたまりもないと、先に落ちた亡霊の腕を引き寄せて頭を抱え込むように着水する。全身に走る痛みと、11月の冷たい海水で意識が遠のくなか、波に逆らって引かれ、天上から降るような声に揺さぶられたような気がした。