EP1「亡霊が少女だと知った日」
[必読]概要、名前変換
・概要原作沿い:本編開始前~神田ユウ教団帰還まで
ジャンル:悲恋、一部嫌われ要素あり
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仮想19世紀末の英国南部、海沿いの街の晩秋。
木枯らしと初雪の日に、亡霊が少女だと知った。
EP1.亡霊が少女だと知った日
11月のはじめ、師匠であるティエドール元帥に連れられて修行と任務のために各地を転々とする生活の中、その日は珍しく海沿いの街に勾留せよとの通達があった。通信での連絡を受けた元帥は、任務中であるにもかかわらず父親ぶった顔を俺に向ける。
「ユーくん、次の行き先が決まったよ。」
「…任務中はやめてください。任務ですか。」
「数日ある街に滞在して、その後に教団に戻る。まあ、休暇をもらったようなものだと思いなさい。ところで、任務中でなければ良いのかい。帰ったらたっぷり呼んであげようね」
「やめろ、呼ぶな!」
休暇などいらない、というのが俺の本音だったが任務であれば仕方あるまい。どちらにせよ俺の仕事は命令に従い敵を斬ることだけで、その内容にさほど興味はなかった。
「あんたはその街に行ったことはあるのか」
「何度かね。教団にとって重要な街なんだよ」
「へえ、そんな街があんだな」
「うん、楽しみだね。君があの街に行くのは」
「たのしみ?」
「そうだとも、経験は人を豊かにするものだ。」
「よくわからん、興味がない。」
「…これから、わかっていくんだよ。」
師匠はいつも人生について語りかけてくる。人生とは豊かで尊いものであるべきだと。俺には眩しすぎる言葉だと思う。そのようなもの、手に入るはずもないのに。ただ、この言葉が師匠の甘さから発せられたものでないことはようやく掴みかけてきたところだった。
イギリス南部の海沿いの街、小さな入江の港から切立った崖に向かって街並が続く。道では市が開かれていて、俺よりも幼く見える子供が母親と連れたって歩いている。
「あんたは、これを見せたかったのか。」
「いいや、違うよ。でも、この風景もよく覚えておきなさい。我々が守るべき風景はこのようなものだと心に刻むんだ。」
幾度となく繰り返された会話。教団は使徒であることに聖性を求める。実に笑える話だ。自分たちが何をやっているのか、理解していないわけでもないだろうに。それでも、それは俺達の理屈だと師匠は言う。市井を行き交う人々に、我々の事情など関係ないのだと。筋の通った話だと思った。俺がどんな存在であれ、教団がどんな組織であれ、彼らのことは守らねばならない。守るために敵を倒すのが俺の仕事だと、この風景で確認できるようにするのだ。
街の教会にほど近い家を宿に借りた。期間はどれほどかと問われて、師匠はまだわからないと言う。
「元帥、任務の期間は。」
「実は聞かないとわからないんだ」
「…通達では聞かなかったんですか」
「本部ではわからないことだからね。それじゃあ僕は教会の人とお話があるから。はい、神田はお使いに行ってきておくれ。」
そう言ってハムとパンと小瓶、花束の入ったバスケットを渡してくる。
「…なんだ、これ」
「ちょっとしたご挨拶だよ。崖の上にニワトコの木があったのはわかるね。その根本の塚に供えて来てほしい。」
「墓参りですか」
「そのようなものさ」
「…わかりました」
墓に供えるにしてはずいぶんと生物が多いように思える。まさか墓から亡霊が蘇って、飯を食うわけでもあるまいに。
家を出て崖へ向かう道すがら、俺の団服を見た市井の者がコソコソと噂話をしているのが聞こえる。ただ、その噂話の内容が他の街で聞くものとは大きく異なっていた。俺達エクソシストに対する畏怖や好奇心でなく、またこの時期が来たのかと浮足立っている話ばかりだった。市を抜けようとしたとき、不意に声をかけられる。
「よう、エクソシストの坊主。亡霊にお供え物かい?」
「墓参りに行けと言われた」
「これも持っていきな、亡霊の好みだ」
投げ渡されたのは小振りな林檎。
「…亡霊に好みがあるのか?」
「あるとも。良い供えもんをすりゃ、それだけ良いもんが見れる」
「くだらん信仰だな。林檎は供えておいてやるよ」
「おー、あんがとよ」
噂話にも度々亡霊の名前が出てきていた。崖の上のニワトコの木に住み着いている亡霊。供え物をしていれば時折現れて、歌を歌ってどこかへ消えてしまう。なるほど、今回の任務はこれの調査だろう。教団はこの亡霊がイノセンスじゃないかと疑っているらしい。いつ現れるかわからんから、師匠も任務の期間がわからんと言っていたのだ。
「こんなとこに亡霊がいんのか」
坂を登りきって崖の上へとたどり着く。ニワトコの木からは街全体とその奥に見える小島を見渡すことができた。空と海の抜けた開放的な景色に波が崖を叩きつける音が響く。あまりに大きな音が鳴るもので、ひとりごちた声が自分にすら聞こえなかった。木の根元の塚には「主よ、憐れみたまえ」の聖句。鎮魂の聖句が掘られているにもかかわらず化けて出るとは、随分と信仰心の薄い亡霊のようだ。
バスケットを塚の前へ置いて踵を返すと、背中に視線を感じる。早くも亡霊が姿を表したのだろうか。ならば話は早い。ふんじばってでも連れて帰ればそこで任務は終わりなのだ。振り返るも亡霊の姿はない。足早に来た道を戻り亡霊が居たはずの塚の前へ戻ると、バスケットの中から林檎と花束だけが抜き取られていた。