LastEP 「亡霊に名前を呼ばれた日」
[必読]概要、名前変換
・概要原作沿い:本編開始前~神田ユウ教団帰還まで
ジャンル:悲恋、一部嫌われ要素あり
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神田へ
あなたがこの手紙を読むことがないようにと祈っています。
おかしな書き出しですね。でも、あなたはようやく自由になれたのでしょう?あの日、逃げるわけにいかないと言っていたあなたが行方を晦ましたと聞いた時は自分のことのように嬉しかった。だからこそ、あなたがこの手紙を手にしていないと信じています。
それでも私が手紙を書いているのは、あなたに話したいことがたくさんあったから。もう消えてしまう私の想いを残しておきたかった。我儘な理由でごめんなさい。どうか許してほしいです。
あなたが初めてあの崖に来た日のことを今でも鮮明に思い出せます。あの時、足を滑らせて海に落ちた私を守ってくれてありがとう。結局あなたの方がボロボロに傷ついていて。私、貴方を引いて洞窟まで泳ぎきったのよ?…あの傷がすぐ治ってしまうものだから本当に驚いた。
それから、何度も街に来てくれましたね。最初は同じ日本人のよしみなのかと思っていたけれど、あなたが日本人じゃないことはすぐに分かった。あなたが感じていたのは憐れみかしら。きっと同情心で私との連絡役を買って出たのでしょう。よくわからない人だと思いました。いきなり怒鳴り散らかして来るくせに、私を守るし。不躾な質問をしてきては、いきなり気まずそうにするし。デリカシーがないくせに、いつも私の好きな果物を持ってきてくれる。
今ならわかるわ。あなたは優しい人だったのね。
私、その優しさに救われた。イノセンスを埋め込まれた日からずっと諦めていたの。人間として生きることも、普通の女の子みたいに過ごすことも。あなたに会ったあの日まで、私は正真正銘の亡霊だった。
そんなあなたが逃げないと言った時、なんて真っ直ぐな人なんだろうと思った。譲れないものをもった、強くて優しい人。
あの街を離れてからのことは、どうでもいいかな。私は正式に使徒になって、あちこちに任務に行った。たいしたトラブルもなかったし、順調だったと言っても良い。それなのに、あなたは教団ですれ違う度に顔を顰めてましたね。私の顔がそんなに変でしたか?そこまで嫌われるような覚えもなかったので大変困惑しました。いまでも少し根に持っています。
更地になった江戸で交わしたのが、最後のまともな会話でしたね。あの状況で私の方に来るだなんて想定外だった。クロス元帥にはね力の使い方を教えてもらった大恩があったから、一度だけどんな協力でもする約束をしていました。それがあの日。方舟からなんとしてでも元帥を脱出させるためのプランB 。まあ、あなた達が来たおかげで全く別の使い方をされたんだけど。
あなたが私を呼んだ声に反応したことが運の尽きでした。いいえ、違いますね。本当は呼び止めてくれて、帰るぞと言ってくれて嬉しかったの。
あのときの私は怯えていたから。教団に戻ることが怖くて、また誰かを傷つけてしまうんじゃないかと怖くて、それなら誰にも知られずに何処かへ逃げてしまいたかった。でも、あなたは許してくれなかったね。それはきっと私が約束を破ったからでしょう?わかっている、だってあなたがそれを一番嫌うと知っていてあの話をしたんだから。それで見放してくれれば良いのにと思っていたけれど、本当に残酷な人。私を逃さないことを選んだんですもの。
クロス元帥もひどいお方だわ。思ってもいないくせに私を弟子だと呼んで、抱きとめて頭を撫でてくるだなんて。そんなことをするくらいなら江戸に呼びつけたりせずに放っておいてくれればいいのに。方舟でも優しい顔なんてしないでいてくれたら良かったのに。
それでも、だからこそ、教団が私の帰っていい場所だと口にしてくれたことが殊更に嬉しかった。よくやったと褒められたのは初めてだった。皆のことを繋ぎ止めることができて本当に良かった。なんだか、ようやく皆の一員になれた気がしたの。
だから拘束されたことも、あんな独房みたいな場所に閉じ込められたこともちっとも恨んでいない。イノセンスの痛みと恐怖心で抵抗してしまったけれど、今なら私の暴走を止める唯一の手段だったとわかるから。でも、本当に怖かったな。イノセンスを埋め込まれる前に過ごしていた部屋に似ていたの。毎日毎日検査と実験の繰り返しだった。今回は名目上は療養だったから実験はなかったけれど、何もしないでくれっていう皆の目線が辛かった。
何度も夢を見たわ。あの崖の上のニワトコの樹にあなたがバスケットを置いていく夢。私がサンドイッチを貰ったときの、地団駄を踏むあなたの夢。海に落ちたあなたに包帯を巻いた夢。あのときは本当に驚いたんだから。あなたが李を持ってきてくれる夢。一緒に花畑に歩いた夢。見たのはあの数年の間のことだけ。それだけが私に残った楽しい夢だった。
独房にはルベリエ長官殿が何回も来た。多くのエクソシストを失った後で、あなたとラビのイノセンスも壊れていたし、リナリーちゃんのシンクロ率も低いままだったんでしょう?きっと私を休ませておくだけの余裕がなかったのね。私、彼のことは嫌いじゃないの。長官殿は最初から私を使徒として扱ってくれたから。ただの使徒として命令を下してくれるから。早く擦り切れてしまいたかった私には都合が良かった。
あの日。教団が襲撃されたあの日、衝撃で私の拘束が緩んであの独房を抜け出せた。聞こえてくる通信の内容は酷いものだったわね。レベル4に進化したアクマに教団がめちゃくちゃにされて、撤退の指示が出ていた。あのとき、室長殿を守るあなたを見たわ。イノセンスがないのにあんな無茶をするなんて、本当に命知らず。
知ってる?あの日は教団の外からもアクマの襲撃があったの。元帥達も、動けるエクソシストももう残っていなかったから、志願した。ルベリエ長官殿ならば私を止めないとわかっていたし、教団の外ならば皆を巻き込まずに戦えた。でも、リナリーちゃんには悪いことをしてしまったかな。あのときの彼女にとって、私は良い前例だったでしょう。装備型のイノセンスを直接身体に埋め込んだところで良いことなんて何も無いのに。ルベリエ長官が良い口実に使ったことなんて想像に難くないもの。それで決意してしまえるんだから、本当に強い子。結晶型、でしたっけ?彼女が私と同じにならなくて良かったと思う。
とまれ、あの日の私にはようやく贖罪の機会が与えられていた。中のことはきっと皆がなんとかしてくれるから、それまで外敵から教団全部を守り通したかった。嘘、そんなことは微塵も思っていなかったの。言ったでしょ?やりきって擦り切れるように終わりたいって。私の身体は万全じゃなかったし、イノセンスももう暴走寸前でまともに言うことを聞いてはくれなかった。本当に終わるにはちょうどいい日だったの。だったらせめて、終わるならば私のことを 私を少女にしてくれた貴方が想い人に会いに行けるように。貴方がまだあそこで終わらないように。それだけだった。それだけで全力を尽くせました。
そして今、貴方がその人に会えたのだと聞いて安堵しています。本当によかった。
もしも、もしもの話よ?貴方がこの手紙を読んでくれているのだとしたら、私喜んでいいのかしら。貴方が戻ってきてしまったことはとても悲しいはずなのに、私を探してこの手紙にたどり着いていることがどうしようも無く嬉しいことのように思える。
本当は貴方が戻ってきたら声を交わしたい。貴方の声をもう一度聞きたい。でも、それはもう叶いません。もう消えて、イノセンスからも逃れられるのに、それだけが叶わない。
ねえ、叶わないことを口に出しても虚しいだけだって貴方は言った。だから、ずっと心の中に留めておこおうと思ったことがあるの。もう私自身が虚しくなってのだし、書き留めたところで変わらないと思わない?貴方との約束をまた破ってしまうことになるけれど、どうせ貴方には届かないのだし、私の最期の願いを書き留めてこの手紙を終わりにします。
私、ずっと貴方の名前を呼んでみたかった。名乗りたがらないほど大切にしている名前なのは分かっているけれど、一度でいいから声に出したいの。
それだけ。大好きだったよ。
純