LastEP 「亡霊に名前を呼ばれた日」
[必読]概要、名前変換
・概要原作沿い:本編開始前~神田ユウ教団帰還まで
ジャンル:悲恋、一部嫌われ要素あり
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イタリア南部の廃都。かつて機械仕掛けの亡霊が棲んでいた古代都市で愛した者たちが泥濘に沈むのを見送った。
ずっと憎かった。俺を、俺達をクソみてえな地獄に送り込んだ連中が憎かった。アルマに手をかけさせた教団が憎かった。それでも生きることを選んだから、あの人に逢うと決めたから。そのためだけに使徒でありつづけた。
あの人の、アルマの正体を知って生きる理由が無くなって、使徒として教団に縛り付けられる理由がなくなった。ようやく、逃げられる時が来た。イノセンスも教団もない場所に行って、安らかに終われる時が来たんだ。
いざ安らかに終われる時になって、俺に残ったのは後悔だ。教団への憎しみのあまり、アレン・ウォーカーのノア化の片鱗を無視し続けた。俺が放った刃で、アイツは「14番目」に覚醒したという。それでも甘いアイツは、俺達に自由を与えた。教団もノアも手出しのできない場所に逃がしてくれた。その借りが死ぬには邪魔だった。
古代都市マテールで目を覚ます。かつてモヤシと初めて訪れた任務地。壊れた機械人形が子守唄を歌い続けていた砂の都。あの時は歌い続ける人形をアイツが止めたがらなくて随分待たされた。神に見放された者たちへの慰めの歌が鳴り響いていたこの街で、それでも脳裏に流れるのは人形の歌ではない。波の打ち付ける洞窟で、潮と煙の匂いに混じって聞こえてきたあの歌。闇の中に緑の瞳だけを輝かせてアクマを屠っっていたあの歌。白亜の街で狭間に飲み込まれる意識を繋ぎ止めてくれたあの歌。長い朝の最期に瞬く間に消えていったあの歌。ニワトコの樹の下にいた少女の亡霊が聞かせた歌だけが耳に残っている。あの亡霊はまだ眠り続けているのだろうか。もし、まだ教団に居るのならば、意識が戻っていたならば、もう一度だけ話をしたい。俺に残った後悔の片割れに言いたいことが山ほどあった。
「…君が二例目になるとは」
液体に変状したイノセンスを飲み下した後でルベリエの奴に告げられた言葉には随分と含みがあった。まるで二例目になる予定だったのは俺じゃないと言いたげだ。怒りちらしたコムイを撒きながらマリとリナから事情を聞き出す。
「いいか、神田。麻倉が目を覚ました。」
「…本当か?」
「…神田が北米支部から消えた日に、目を覚ましたの。彼女のイノセンスも、液体になって…っ!待って!神田!!」
話を聞き届ける前に足が動いていた。眠り続けるアイツが安置されていた地下の小部屋。扉の窓から覗き込むと、寝台以外に何もなかったはずの部屋に、机と椅子が増えている。机の上には紙の束と、小瓶に入った赤黒い液体。あの小瓶はニワトコの樹の洞に入れられていたものだ。今日まで、ずっと取っていたのか。
「なにか御用かな」
背後から聞き慣れない響きの声がする。振り返ればそこには知らない女が立っていた。彩度を失った夜闇のような黒の長髪。首から目元にかけて走ったヒビは虚のように底がなく、あれだけ鮮やかだった緑はもう何処にも見当たらない。この亡霊は、俺の知る亡霊じゃなかった。
「麻倉…、お前」
「ああ、その反応は。なるほど、君が神田ユウか。逃げたと聞いていたが、わざわざ戻ってきたのかい」
「…誰だ、貴様」
「ふふ、正真正銘麻倉純だとも。…まあ、君のことなどちっとも覚えていない別人だがね。」
「何を言って…」
「立ち話もなんだ、入り給えよ」
こっちだと促されて入った部屋の中、女がベッドから椅子に座るよう示してくる。仕方なく腰掛ければ、机の上にあった紙の束に目が行った。これは…日記?
「…ああ、それはね。彼女の残した日記だよ。神田ユウ、私は、麻倉純は記憶を失ったんだ。」
「は…?」
「教団が襲撃された日に私の頭を包みこんだイノセンスが、脳を侵食したらしい。目が覚めて、日を追うごとに記憶が無くなっていった。それで書いていたのがその日記だ」
「…今は、記憶が残ってねえのか」
「残っていない。」
「もう、アイツは居ないんだな」
「…残念かい?」
「いいや、逃げられたんなら本望だろ。これ以上は俺のワガママだ」
「…神田ユウ。君が彼女にみせた数年間の夢は、束の間の幸せだったんだ」
「何を…!」
「どうか、日記を読んでやってくれ。それは君に宛てられた手紙だから」
もう居ない亡霊が俺に残した手紙。これを読んでやるのがせめてもの手向けだと思い紙の束を手に取った。