EP2「亡霊を使徒に仕立て上げた日」
[必読]概要、名前変換
・概要原作沿い:本編開始前~神田ユウ教団帰還まで
ジャンル:悲恋、一部嫌われ要素あり
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そして、今日がきっと俺が訪れる最期の日だ。世界全体の戦況が悪化する一方で、この街への襲撃はみるみる数を減らしていた。街の住民も亡霊が離れることを感づいているようで、ニワトコの樹の下には大量の果実が供えられている。数年で随分と老けた市のおっさんに、あの日と同じように林檎を2つ渡される。香りの強い小振りな品種はアイツの好みだ。
「おい、麻倉。」
「…今日は神田なんだ?」
「文句があんのかよ」
「別に?誰でも変わらないわ」
「減らず口は変わらずかよ」
「そっちこそ」
「…さすがにこの量は置いていくしかないな」
「大丈夫、みんな後で回収にくる」
「強かなもんだな」
「そんなものでしょ」
「…これだけは食おうぜ。あのおっさんに渡された」
「ふふ、あの人ったら、いつも神田に渡して自分では来ないのよ」
「いいように使われてたわけだ」
「来たくないのよ。奥様がここから落ちて亡くなったの。この塚の方よ」
「お前の塚かと思ってた。亡霊だっつーしな」
「ひどいこと言うのね」
「…もう亡霊ではいられないな」
「そうね、もうここには居られない。」
「指令書、渡していいか」
「…最期に歌っていく。終わるまで渡さないで」
「わかった。…なあ、あれが聞きたい。海に落ちたあとに歌ってた」
「…聞こえてないかと思ってた。いいよ、その歌にしよう。特等席で聞かせてあげる。」
まだ太陽の高い昼間のうちに亡霊の歌が響く。光にあたった射干玉色の髪が紫色に透けていた。長いまつげが影を落とす蒼色の瞳は潤んで揺れている。風に揺られるようにしてその小さい体が崖の上を滑るように動いた。足をすべらせてしまえば簡単に落ちてしまうのに、それを止めようとは思えない。波の音を超えて聞こえてくる声を止めることのほうが罪深いとさえ思った。亡霊の歌は風に乗って街に降りていく。住民は揃って窓や戸を開いて崖の上を伺っている。その姿は彼女の目には届いていないだろう。崖の淵で青い空を見上げながら歌い続けていた。この場所から離れることを惜しむように、叶いもしない願い事を祈り続けるように。もういない誰かに捧ぐ様に。この日の空は脳裏に焼き付いたあの空と同じ色に揺れていた。
歌い終わった亡霊が俺の肩を叩いて現実に引き戻す。しばらく俺の目元を見つめた後に「おわったよ」と声をかけて微かに笑った。なにか感想を言わねばならない気がしたが、適当な言葉が見つからず口を噤んでしまう。
「いいよ、指令書渡して?」
「…ああ、麻倉純。お前はこの地での任を解かれる。直ちに本部に帰還して身体検査の後、次なる任務が与えられる。見ろ、指令書だ」
「はい、確かに受け取りました。」
「これは新しい団服。着替えたらここを発て」
「神田は?」
「俺は別の任務に行く。しばらく顔を合わせることはないだろうな」
「ええ。この数年、世話をかけたわね」
「…任務だった、構わない。とっとと着替えてこいよ。後ろ向いてるから」
ニワトコの木陰で亡霊の着替える音がする。いつの間にか大きすぎたボロボロの団服が小さく見えるようになっていた。コイツを帰還させることを選択した教団が用意した団服はやけに重く、首元から口を覆うような襟には猿轡代わりの金属の棒がついている。これが教団の連中が出来る最大の譲歩なのだろう。
「ねえ、おかしなところはない?」
「終わったのか?…ああ、大丈夫だろ」
「よかった。重いのねこの服」
「そんなもんだ」
「…じゃあ、さようなら神田。」
「ああ、またな麻倉」
それでも教団は『咎落ちのなりそこない』を使徒と認めた。体の大きさにぴったりと合った団服を着た彼女はどこからどう見ても亡霊には見えず、教団の使徒としての風格を纏っている。さようなら、と今生の別れのように言い放つ麻倉に、いずれ任務を共にすることもあるだろうと思い、またなと返した。アイツは振り返ることなく崖を降りていく。俺の任務地は逆方向だったのでそのあとは姿を見ずに街を去った。心の奥底に、この日のことを、亡霊に団服を着せたのが俺であると刻みつけねばならない気がしていた。
EP2「亡霊を使徒に仕立て上げた日」
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