日溜まりのような日々
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あれからもう一週間。他愛もない話をしたり、オールドラントにいた頃の私の話をしたりとした。領主宅というだけあって書庫もあり、クレインの執務室にも結構な量の本があり暇はしなかった。彼の執務室への出入りの許可ももらい、多少の睡眠時間を削りながら読みふけった。
「お茶をどうぞ」
窓際に腰を下ろしながら手の中の本のページを捲る。午後の日差しが暖かいな、そう感じながら読んでいれば少し離れたところからの声。そちらへと顔を向ければ、持っていたティーカップを自身の執務机へと置いて微笑んでいた。
「すまないな。だが領主の仕事ではないだろ?」
「僕が飲みたかったのでついでですよ」
それならばローエンに任せればいいのにと言う前にクレインが、ローエンならドロッセルと出てるんです、と。たった一週間だか私への扱いも良い意味でも悪い意味でも慣れたものだ。入れてしまったものは今更だ、受け取らなくては逆に申し訳ない。
「ありがたくいただくよ」
入れ立ての紅茶が入ったカップを手に取り一啜り。普段、自らやるとは思えないが、しっかり風味が出ていて美味しい。素直にその感想を口にする。
「あなたに誉められると何故だか嬉しいですね」
「大袈裟だよ。私だって人を誉める。それよりキミが私をどう見ていてよくわかったよ」
少々意地が悪いとわかっていながらそう言えば、クレインは慌てていそう意味ではありません!と両手を振る。根が真面目な分、からかいがあるがそれも程々にせねばな。あの男なら、存分に弄るのだがな。クレインは少し弄って、慌てるのを見るのが面白い。
「屋敷にある本で足りてますか?」
「これだけの量の本をさすがに一週間では読み切れんよ」
当然、殆ど読んだことないものだ。だからどれを読んでも知識を得られて面白い。やはりカラハ・シャールに関わるものが多い。その土地土地のことを知るのが目的だから私としては助かる。
「まだ読んでない本が多いのは名残惜しいが、そろそろ発とうと思う」
一週間はかなり滞在した方だと思う。二、三日のつもりだったのだから十分長い。またそのうち他を回った後に来ようとは思っていていた。
「もう……ですか……」
どこか寂しげな表情を浮かべる。出会った当初、疑いの眼差しを向けていたのが嘘のようだ。
「二度と来ないわけじゃない。他も回ってみたいのだよ」
リーゼ・マクシアという世界を見てみたい。今の私の願望だ。どうせ元の世界に戻れる保証がないのなら楽しんだ方が断然いい。
「キミらと出会えたことは良かったと思うよ」
二人目の命の恩人。彼に出会わなければ死んでいたのは間違いない。
「できれば、この街に滞在して欲しいとは思います」
あなたのように知識を持った博識な人間が傍にいてくれると助かります。彼は真剣な面もちで言った。今の言葉に嘘偽りはないだろう。だから困った。そう、私が困ってしまうのだ。何せ私が自分に正直な人間だから、同じように自分に正直な人間には弱い。とは言えその願いを受け入れられるかは別とするが、蔑ろにはできない。
「クレイン。私もキミらの側にいるのはとても心地よい。だが、それではいけないのだよ」
「フィリン?」
それだけを求めるなら多分いいのだろう。私の言葉の意味を理解できないのかクレインは首を傾げる。カップに残っている紅茶を全て飲み干し、カップの底を見つめる。
「私は知識を得るために立ち止まることは出来ない。心地よさだけを求めては手に入れられない」
ここにいると昔に戻った気分になる。ベルケンドで一人研究に明け暮れる日々を過ごすようになってから忘れていたもの。シェリダンに行ってからは幼なじみ二人が私の側にいてくれた。人とは違う感覚を持つ私と兄弟のように過ごした穏やかな日々。彼ら兄妹と一緒にいるとそれを思い出す。
「意志は固そうですね」
「二度と会えぬ訳ではないだろ?ふらりと戻って来るさ」
私は鉄砲玉ではないからな。そう笑ってやれば、一瞬キョトンとされたがすぐに理解して彼も笑った。
「研究に没頭していた時とは違うからな。ここへ戻って来るよ」
「ならあの部屋はいつでも使えるようにしておかないといけませんね」
今借りている客間が私の部屋へと定着しそうだな。見知らぬ世界での帰る場所を作るのは悪くない。それで彼らが笑うのあればいいと思うのは、このリーゼ・マクシアに来たことで私自身が変わったからか。もしかしたらこの屋敷の書庫はまだ読み尽くしていないからと言うのもあるかも知れないがな。