想いと静かな怒り
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……申し訳ありませんでした」
けして手厚くとは言えない棺桶に横たわるクレインにローエンは深々と頭を下げる。彼らが向かったときには、ドロッセルたちは囚われていたと。肩を落としながら戻ってきたジュードはすぐに私の手の手当をしてくれた。とりあえず、傷を塞ぐ程度までで止めて彼には少し休むように言う。
「……次にすることは決まったな」
「はい。止めてもついてこられるのでしょう?」
私に向き直ったローエンに言えば、彼の意は決まっていたようだ。当然と言わんばかりに笑えば、ローエンは苦笑した。そして私たちを待つジュードの元へと向かう。
「あ、ローエン、フィリン」
「お待たせしました」
二人は階段付近で待っていた。椅子に腰掛けて待っていればいいものを。
「もういいのか」
「はい。略式ですが葬儀の手配もすませました」
本来ならもっとしっかりとやるべきなのだろうが、今はそれを準備できる時間も状況でもない。あとでドロッセルを救出した後にやり直せばいい。
「……どうしてこんなことに」
すっかりと項垂れるジュード。一度に起きすぎた出来事に頭が回らないのだろう。
「……旦那様を襲った矢は、近術師団用の特殊なものでした。そしてタイミングを合わせた軍本体の侵攻……考えられるのはひとつラ・シュガルの独裁体制を完全にするための作戦です」
「ナハティガルの野望か……」
二人の考察に私は深く息を吐いた。溜息にも似たそれに三人はこちらを向く。
「そして、カラハ・シャールの住民を利用すればクレインが反抗すると踏んで、始末する口実にした、か……」
確信はないが否定は出来ない。それはジュードたちも同じだろう。
「……ミラ達はどこに連れて行かれちゃったんだろう……」
「ガンダラ要塞でしょう。一個師団以下の手勢で、複数の街を短期間で攻めるのは戦術的に無理があります」
サマンガン海停は襲撃を受けておらず、未だシャール家勢力下と考えるのが妥当です。イル・ファンへととって返すはず。その帰路で駐屯できるのはガンダラ要塞しかありません。とローエンの長い説明にアルヴィンとジュードが何度も瞬きをし、言葉を失う。やはりただの老人ではなかったか。
「助けに行かなきゃ!」
「落ち着け優等生。焦ってもしょうがないぜ?要塞なんだ、簡単にはいかないだろ」
焦りを露わにするジュードをアルヴィンが宥める。確かに策なしに飛び込む場所ではない。
「いえ、チャンスは今晩だけでしょう。兵の士気も高いとはいえなかった。その上、戦闘後その地で休めず行軍、隙だらけのはずです」
こちらの図らずも先手を打てています。ローエンの能力には恐れ入るな。まるで有能な軍師のようだ。一つのことからどんどんロジックを組み立てていく様が。そうか、何となく見えたな。
「すぐに立ちましょう」
「うん」
用意をするために各々が動き出す中、アルヴィンがローエンをジッと見ていた。まるで獲物を見る獣のような目で。
「キミは支度をしないのかい?」
「……お前、あのじいさんが何者なのか知ってるのか?」
質問を質問で返すとは、相変わらずの無粋者だな。言いたいことはわかるが。
「いや。少しばかりクレインに聞いたが、言葉を濁されたよ」
これも嘘ではない。昨夜聞いたが、教えてはくれなかった。ただそれは、ただ者ではないともとれなくない。彼が望んで語るまでは聞くなと言うことなのだろう。私の考えも確信のあるものでもない、話す必要もないだろう。
「ところで……フィリンも行くの?」
「当たり前だろう?ドロッセルを任せたのは私だぞ?」
私の傷の手当てを完璧に済ませたジュードが、首を傾げながら訪ねる。クレインの最後の言葉を彼も聞いていた筈なのにおかしいなことを聞く。
「けど、危ないところだよ?」
「自分の身くらい自分で守るさ」
ふむ。私の安否を気にかけてくれているだな。本当に人がいいな。
「悪いな。敵を討つという響きは好まないが気が済まんのでな」
普通に笑ったつもりなのだが、ジュードがビクッと肩を震わせる。
「そんなに領主様が大事だったのか」
何気ない、と思われるアルヴィンの言葉。意味のわからないジュードは目を丸くし、ローエンは目を細めた。
「ああ、彼は特別だよ」
色んな意味でな。と返せばそれ以上は聞いてはこなかった。そう、特別だったのだ。月日など関係ない。彼も私も互いをそう言う風に見ていたのだろう。だが過ぎた時は戻らない。私は前に進むしかない、そこで止まってしまった彼の分まで。
「さあ、行こうか」
今やることはただ一つ。三人の救出だ。