第一節・第一部『異世界魔王降臨!?捕食者と被捕食者』
デパートのファッションフロア。
夏美の誘いで、零は次々と用意された服を試着室で着替えては披露することに。
零(……やべぇ、キャラに着せ替え人形にされるとか、どんな神イベントだよ。大賢者、今の俺の心拍数記録しとけ。後で家で反芻するからな!)
内心で荒ぶるオタク心を、零は徹底した無表情とプレイボーイ風の立ち振る舞いで覆い隠す。試着室のカーテンを開けるたび、夏美は「わあ、それも似合う!」「零さん、スタイル良すぎ!」と目を輝かせていた。
そんな中、一人の男が血相を変えて近づいてきた。芸能スカウトマンだ。
「君! 素晴らしい! その中性的な魅力、間違いなくスターになれる! 今すぐ我が社でデビューを……!!」
「ゲロゲロリ!?零殿をアイドルにして、そのマージンでガンプラを買い占める…!!これは侵略の近道であります!!」
「貴様らぁ!夏海の隣をこれ以上騒がしくするな!!」
軍曹が契約書(のようなチラシ)を奪おうとし、嫉妬に狂ったギロロが物陰からサブマシンガンの銃口をスカウトマンと零に向ける。
《報告。個体名『スカウトマン』によるマスターへの接触を検知。不快指数上昇を確認……
脳内に響く大賢者の声が、いつになく殺伐としている。
零「待て待て、物騒なことすんなよ」
零は心の中で大賢者を制し、スカウトマンに向けて、夏美の肩を抱き寄せるようにして不敵に笑ってみせた。
零「悪いな。俺は今、『彼女』をエスコートするのが優先なんだ。他を当たってくれ」
「あ、彼女だなんて……っ!」
顔を真っ赤にする夏美を連れ、零は呆然とするスカウトマンを鮮やかに一蹴。
その後、買い物を終えた一行はデパート併設のオープンカフェで一息つくことに。
「ふぅ、零さんのおかげでいい買い物ができたわ」
零「あぁ、俺も楽しかったぜ!(……それにしても、さっきの大賢者の提案、ちょっと攻撃的すぎないか? 進化して性格変わったのか……?)」
零がそんな懸念を抱いた瞬間、穏やかなティータイムを切り裂くように、上空から猛烈なヘリのローター音が響き渡った。
「冬樹くーん!その人は誰なんですのーーっ!!」
空から舞い降りたのは、西澤グループの令嬢・西澤桃華。彼女は冬樹の隣に座る零を親の仇のように指差すと、背後に控える老執事、ポールに鋭く命じた。
「ポール!どこの誰とも知れない人が冬樹くんと仲良くするなんて許せませんわ!今すぐ排除しなさい!」
「御意、お嬢様……御免!」
影から現れたスーパー執事・ポール・森山が、熟練の体術で零の背後を取り、ポールの拳が、音を置き去りにして零の背中に迫る。だが、零が動くよりも早く、その指先が零に触れる直前――。
大賢者のシステムが自動介入した。
《———告。物理干渉を検知。個体名:ポールの運動ベクトルを解析。………『断絶結界』を展開し、すべての接触を無効化します。――完了》
「……なっ!?」
ポールの拳は、零の肌に触れる寸前、目に見えない透明な壁に阻まれて静止した。どれほど力を込めても、一ミリたりとも先へ進めない。その異常な光景に、ポールの老練な瞳が鋭く細められた。
その後も次々と繰り出されるピーチグループ特製ガジェットの拘束具、麻酔銃、さらには経済的圧力(買い占め)の指示すらも、すべて「大賢者」が電脳空間と物理空間の両方で完封していく。
(きたあぁぁぁ!! 西澤軍団の総攻撃!! 生で見ると迫力パねぇな!!ポールの動き、作画崩壊ゼロのキレッキレじゃん!!!)
零は内心でスタンディングオベーションを送りながら、涼しい顔でコーヒーを口にした。
零「…お嬢さん、そんなに熱くならないでくれ。俺はただ、冬樹君と『宇宙の神秘』について語り合っていただけだ」
スッと立ち上がり、桃華の前に歩み寄る零。絶妙な威圧感と、中性的な色気が桃華を圧倒する。
「………………っ!!何ですか、その余裕!!ポール、もっと本気で…!!」
だが、当のポールは攻撃を止め、鋭い眼光で零を観察していた。
長年の格闘経験、そして数多の戦場を潜り抜けてきた彼の直感が、ある「違和感」を捉える。
(……この手応え、骨格のライン…そしてこの至近距離で漂う微かな香り。まさか……この御仁、男ではなく……)
長年の経験が、零の隠された真実を瞬時に見抜いた。対する零はスッとポールの傍らに歩み寄り、彼にしか聞こえない低い声で囁いた。
零「俺が何者かなんて、この楽しい時間の前では些細な問題だろ?…あんたほどの男なら、主人の『平穏』を守るために、何を胸に秘めておくべきか……分かってるはずだ」
ポールの眼光が鋭く光る。だが、零の纏う「魔王」 の如き底知れぬ威圧感と、それとは裏腹に夏海や冬樹を見つめる優しい眼差しを認め、彼は静かに一礼した。
「……失礼いたしました。左様。過ぎた詮索は、執事の領分ではございませんでしたな。…このことは、私一人の胸に。…鷹柴殿、貴殿には敵いませんな」
「ちょっと!ポール!?何を言ってーー」
いまだに敗北を認められない桃華はさらに激昂する。
すると、主人の危機を感じ取った大賢者が動き出す。
《——告。個体名: 西澤桃華による、マスターへの敵対心が「冬樹への独占欲」に起因すると断定。……マスターの安全確保のため、対象の判断能力を著しく低下させます。並列処理――冬樹への愛と、マスターへのときめきを同時に強制上書き》
零「…は?お、おい、相棒?何をする気……」
《解。マスターの中性的な魅力を最大化。個体名: 冬樹への親愛と、マスターへの「ときめき」を並列処理させ、対象の脳内をパンクさせます》
零「は!?ちょ、待―――」
止める間もなく、大賢者が零の瞳の輝き、声の倍音、さらには周囲の空気の揺らぎまでをも「完璧な誘惑者」へと調整した。
零「……桃華ちゃん」
零はポールの隣をすり抜け、呆然とする桃華の正面に立った。そして、彼女の髪を指先で優しく掬い上げる。
零「俺が冬樹君と仲良くするのが、そんなに気になるのか?…それとも…俺が君の『敵』に見えるほど、俺のことを見てくれてるってことかな?」
「え………………っ、あ、え………っ!?」
零の至近距離での破壊的なビジュアルと、大賢者による「魅了(低出力)」の波動。さらに隣では、心配そうに「西澤さん、大丈夫?」 と冬樹が顔を覗き込んでいる。
「ふ、冬樹くんと……この人の、この………っ。な、何ですの、このドキドキはあぁぁぁ!!?」
裏桃華が「ちょ、ちょっとアンタ!!冬樹くん一筋じゃなかったの!!?でもこの人、格好良すぎなんですけどー!!」と脳内で大喧嘩を始め、ついに桃華の判断能力は限界突破。
「あわわわわ……………っ 」
そのまま、桃華は知恵熱を出したように真っ赤になって、ポールの腕の中に崩れ落ちた。
「お嬢様!?……やれやれ、鷹柴殿。手加減というものを、もう少し覚えていただきたいものですな」
ポールは苦笑しながら深々と一礼し、気絶した桃華を抱えて嵐のように去っていった。
零「……おい、大賢者。お前、やりすぎだろ」
《否。マスターの『平和な推し活』を阻害する因子は、全て排除対象です》
零(……こいつ、もしかして俺より過激なオタクになってないか?)
零は額を押さえ、嵐の去った後の静かなカフェテリアで、呆然とする軍曹やギロロ、冬樹や夏美を前に、ただ深くため息をついた。
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