第一節・第五部『魔王再臨-絶対恋愛障壁の惨劇(ヒグラシ)-』
「……ひっ!! ク、クク……誰だ? ……誰が、俺様の……後ろに立ってるんだあぁぁぁ……っ!?」
上映終了後の暗転した室内。クルルは自分の影にさえ怯え、歯の根も合わないほどガタガタと震えていた。その横では、ガルル中尉が虚空を見つめ、うわ言のように呟く。
「…………雛見沢症候群…………私は、零を疑わん……! 疑わんぞっ!!! 疑ったら……私は、またあの『糸の地獄』に……ッ!!」
かつての幻覚による精神負荷が、惨劇の疑似体験によって最悪の形でフラッシュバックしているようだ。
軍曹、モア、タママは「えぐえぐ」と子供のように泣きじゃくり、ギロロに至ってはショックのあまり序盤で気絶したまま動かない。
零「……あーあ。お前ら、本当にかわいそうだなぁ。なんで素直に楽しめないのかねぇ?」
零が静かに立ち上がり、崩れ落ちたクルルとガルルの間に割って入った。
そこにあるのは、いつもの不遜な笑みではない。どこか呆れたような、それでいて深い「慈愛」に満ちた(ように見える)柔らかで底知れない眼差し。
零「……怖かったか? 悪かったな。でも安心しろ。……俺は、お前らを裏切らねぇよ」
零は膝をつき、二匹の頭を同時に、そっと自分の胸元へ抱き寄せた。
ショートウルフの髪がふわりと揺れ、魔王様の清潔な香りが二匹の鼻腔をくすぐる。
零「ここにはレナも詩音も沙都子もいねぇ。……ここには俺と、お前らしかいねぇよ」
慈しむように、二人の頭をゆっくりと撫でる零。
その瞬間、恐怖で凍りついていた二匹の心拍数が、爆発的な勢いで跳ね上がった。
「れ、零ぃぃ…………っ!!!」
「………………零………………貴殿という人は……!!」
クルルは零の肩に縋り付くようにして顔を埋め、ガルルは零の手の温もりに触れながら「……ああ、これだ。……これが、私の……ハッピー……」と、一筋の涙を流して安堵の息を漏らした。
《――告。二人の「依存心」が臨界点を突破。……現在、マスターに対する忠誠心(および狂愛)は、ケロン軍の規律を完全に上書きしました。……おめでとうございます、マスター。「最強の忠犬」が二匹、完成致しました》
零「よしよし。もう大丈夫だからな。……さて、中尉。曹長。……お前らが俺を裏切らないなら、俺もお前らを絶対に捨てねぇ。……だから、これからも俺のために、せいぜい『遊びの環境』を整えてくれよ……?」
二匹の頭を撫でながら、零は暗闇の中でニヤリと「魔王の笑み」を浮かべた。
「あぁ。もちろんだ。……貴殿のためなら……私は星ごと、零、君に捧げよう……」
「クク……わかってるよぉ、魔王様…………。俺様の脳みそ、全部、零……あんたのものだぜぇ……」
その光景を劇場の入口から見ていた夏美は、完全に「ドン引き」した顔でボソリと呟いた。
「あいつら……完全に毒気を抜かれたわね。……っていうか、あれ……もう、『分からせ』の域を超えてない……?」
こうして、魔王による「精神再構築」は完了した。
地獄の惨劇を乗り越えた(と思い込まされた)二匹の精鋭は、今や宇宙で最も危険で、最も忠実な「魔王の私物」へと成り果てたのである。
終