第一節・第二部『ケロロ小隊「オタク化」計画、始動!!』
日向家のダイニング。
温かな湯気と共に並べられた朝食は、一晩中アニメの荒波に揉まれた面々にとって、まさに砂漠のオアシスだった。
だが、一つの皿に零の目が止まる。その視線の先にあったのは、彩り豊かなサラダボウル。……の中に鎮座する、独特の香りを放つ緑の悪魔。
零(……セ、セロリだと!?)
現代最強のアニオタ魔王、鷹柴零。
その唯一にして最大の天敵。
シャキシャキとした食感、鼻を抜けるあの独特すぎる青臭い芳香。視界に入るだけで「大賢者」の演算がバグを起こしそうなほどの拒絶反応が、零の脳内を埋め尽くす。
零(待て、落ち着け。ここで残したら夏美ちゃんの好意を無下にする……。かといって、この量を平らげるなんて死刑宣告に等しい。……くっ、プレイボーイとしての俺の威厳が、たかが野菜一切れに屈するのか!?)
外面は涼しげな「美少年」を保っているが、その内側はまさに阿鼻叫喚。眉間に微かな、本当に微かな皺が寄った。
その刹那。誰にも気づかれないほどの些細な変化を、隣の席で「カレー以外興味ねぇなぁ…」とふてぶてしく座っていたクルルが見逃さなかった。
「「それじゃあ、いただきまーす!」」
夏美の合図で全員が箸を取った、その瞬間だった。
「ククッ……! 悪りぃな、俺様やっぱこっちの気分だわ」
目にも留まらぬ速さで、クルルの黄色い手が伸びる。零の前にあった「セロリ山盛りサラダ」をひったくると、代わりに自分の「コーンサラダ」をドン、と置いた。
そして、零が声を出す間もなく、山盛りのセロリをガツガツと口の中へ放り込み、一気に咀嚼して飲み下してしまったのだ。
「「「…………え?」」」
食卓が凍りついた。
呆気に取られる零。
そして、真っ先に我に返ったのは夏美とギロロだった。
「ちょっとクルル!アンタ何やってんのよ!零さんの分まで横取りして!」
「貴様……!己の我儘で師の食事を奪うとは、上官とはいえ断じて許せん!」
二人が立ち上がって激昂する中、軍曹や冬樹が「まあまあ、きっとお腹が空いてたんでありますよ!」「お、落ち着いてよ姉ちゃん!」と必死に宥めに入る。
その喧騒をBGMに、零は隣のクルルへと視線を向けた。
クルルは相変わらず嫌味なニヤケ顔を浮かべ、眼鏡を指で押し上げている。
零(……こいつ、気づいてやがったのか)
他人の好き嫌いなどどうでもいいはずの男。ましてや、あんな「嫌な奴」を地で行く曹長が、損得なしに助け舟を出すはずがない。
零「…………あんがと」
周囲には聞こえない、蚊の鳴くような声。
だが、至近距離にいるクルルの耳には、その不器用な感謝の言葉がはっきりと届いた。
「ク〜ックックック!……なんの事だぁ?俺様はただ、食いたいもんを食っただけだぜぇ?」
しらを切りながらも、クルルはさらに夏美たちを煽り、怒りの矛先を自分に集中させる。その口元には、先ほどまでの「嫌な笑い」とは違う、どこか愉快で、そして独占欲に満ちた歪な熱が宿っていた。
(ククッ……。
騒がしい朝の食卓。
怒鳴り散らす夏美たちを他所に、零は目の前のコーンサラダを一口運び、心の中で「大賢者」に告げた。
零(……大賢者。こいつ、思ったよりずっとタチが悪いぜ)
《肯定。個体名:クルルの行動に、自己犠牲を伴うマスターへの保護欲求を確認。……警戒レベルをさらに複雑な領域へと移行します》
【閑話休題】
コーンサラダを食べながら、ふと思い出した疑問を脳内の相棒に投げかけた。
零(ところでさ、大賢者)
『問。何でしょうか、マスター?』
零(セロリの時、なんで何の助言もなかったんだ? 敵襲並みのピンチだっただろ?)
一拍置いて、大賢者は極めて冷静に、しかしどこか慈愛(?)に満ちたトーンで答えた。
『告。セロリの摂取はマスターのビタミン補給および食物繊維の改善に多大な効果があると判断しました。健康維持の観点から、拒絶を推奨する理由がありません』
零「…………」
零は遠い目をして、天井を仰いだ。
零(こいつ……いつの間にか『オカン』になってねぇか……?)
最強の能力は、今やマスターの「偏食」すらも矯正対象に含めようとしていた。
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