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ふたりが付き合いはじめて3ヶ月が経った。
俺はツアーの最中という忙しさにかこつけてしばらくFreyjaから遠ざかっていたが、今日久しぶりに顔を出す。
「あっ、壱馬さん!お久しぶりです!」
笑顔が弾けた。
だめだ。どれだけ離れていても、やっぱりこの想いは変わらない。
その笑顔が眩しくて、俺はすこし目を細める。
「久しぶりです。最近ちょっと忙しくて来れなくて」
「そうですよね、全国回ってらっしゃるんですもんね」
ももの笑顔に一瞬陰が差す。
あぁ、うまくいっていないんだ。そう察した。
メンバーとはほぼ毎日一緒にいるのだから聞かなくとも分かる。
ツアーとリハーサルに取材、撮影、イベント。東京に帰るのもままならないのに、ゆっくりとふたりで会う時間はなかなか取れないだろう。
それに、と俺は店を見回した。
たくさんの客で混みあっている。ももはももで忙しそうだ。
そういえば、すこし痩せただろうか。店をひとりで切り盛りするのは大変だろうに。
「すみません、少しまっててくださいね」
「いいですよ。ゆっくり見てますから」
しばらくショーウィンドウを眺めていると客足を引いていって、店には俺だけになった。
「…ふぅ。お待たせしちゃってすみません」
「いえ、大丈夫ですよ。つーか、しばらく来てない間にすげぇ流行っててびっくりしました」
「ありがたいことに、たくさんの方が来てくださるようになって…てんてこ舞いです」
ふふ、と困ったように笑ってももはアイスコーヒーの準備を始めた。
「ケーキはどうしますか?」
「オペラで」
「それ好きですよね。確かにコーヒーにいちばん合うのはオペラかも」
「というか、ももさんのケーキのなかでいちばん好きなのがオペラなんです」
ケーキを取り出すためにショーウィンドウの向こうにしゃがみこんでしまったため、ももの表情は見えなかったけど。
「ありがとうございます。すごく、嬉しい」
風鈴のようなその声は、すこし湿っていた気がした。
「席、座っときますね」
黙って窓際の席に座る。
もう季節は夏で、太陽がぎらぎらと目黒川を照らしている。
「お待たせしました」
涼やかなアイスコーヒーと、コーヒーを染み込ませたアーモンド風味の薄い生地が何層にも重なり、ビターチョコレートでコーティングした細長いケーキ。
ひとくち食べてみれば、あぁやっぱりこれだ、と痛感した。
「あの、北人さんからも話があったかもしれませんけど。北人さんとお付き合いさせていただくことになりました。壱馬さんのおかげです、本当にありがとうございました」
ぺこりと頭をさげるもも。
その綺麗なつむじをぼんやり眺めながら、俺は呟いた。
「その割には、あんまり幸せそうじゃないですけど」
少し意地悪な言い方をしてしまったかもしれないと思った。
ももの飴玉のような瞳がふっと揺れる。
「…まぁ、北人さんは今が1番忙しいですし、恋愛にかまけている場合じゃないことはお互い分かってますから。私も店がありますし…仕方ないです」
仕方ない?
大人の恋愛に口出しするのはよくないと思うけど。
でも、両思いなら仕方ないと自分の気持ちを殺してきた俺が、俺の恋心が。
報われないじゃないか。
俺なら、北人よりも、君の求めるものぜんぶをあげられる。
俺なら。
…いや。
でも、俺じゃだめなんだ。
君が求めるのは俺じゃない。
「もっと、ワガママ言ってもいいんじゃないですか」
「え?」
「あいつ、たぶんももさんのことかなり好きやから」
「で、でも…」
「男は、」
自分の心にコーティングするように、傷を塗り固めていくように。
言葉を重ねていく。
「男は、素直になれない不器用で臆病な生き物ですから。きっと北人はももさんから会いたいって言ってもらうのを待ってるんやと思います。だから、ももさんはもっと自分に素直になればいいと、俺は思いますよ」
なんて、偉そうに。
いちばん臆病なのは俺じゃないか。
心地よい関係を壊すのが怖くて手をこまねいていたら君は他の男のものになってしまって、でもそれを知ってもなお俺はこの恋を諦められなくて。
どんな立ち位置でも、君のそばにいたくて。
「俺たち、明日午後からオフなんです。連絡してみたらええんやないですか?」
俺は、自分で自分の心を抉ることしかできないのだ。
「…そうしてみます。いつもいつも、相談に乗ってもらっちゃってすみません」
君はそんな俺の気持ちに気づかずに、あまいあまい笑顔を浮かべた。
俺はツアーの最中という忙しさにかこつけてしばらくFreyjaから遠ざかっていたが、今日久しぶりに顔を出す。
「あっ、壱馬さん!お久しぶりです!」
笑顔が弾けた。
だめだ。どれだけ離れていても、やっぱりこの想いは変わらない。
その笑顔が眩しくて、俺はすこし目を細める。
「久しぶりです。最近ちょっと忙しくて来れなくて」
「そうですよね、全国回ってらっしゃるんですもんね」
ももの笑顔に一瞬陰が差す。
あぁ、うまくいっていないんだ。そう察した。
メンバーとはほぼ毎日一緒にいるのだから聞かなくとも分かる。
ツアーとリハーサルに取材、撮影、イベント。東京に帰るのもままならないのに、ゆっくりとふたりで会う時間はなかなか取れないだろう。
それに、と俺は店を見回した。
たくさんの客で混みあっている。ももはももで忙しそうだ。
そういえば、すこし痩せただろうか。店をひとりで切り盛りするのは大変だろうに。
「すみません、少しまっててくださいね」
「いいですよ。ゆっくり見てますから」
しばらくショーウィンドウを眺めていると客足を引いていって、店には俺だけになった。
「…ふぅ。お待たせしちゃってすみません」
「いえ、大丈夫ですよ。つーか、しばらく来てない間にすげぇ流行っててびっくりしました」
「ありがたいことに、たくさんの方が来てくださるようになって…てんてこ舞いです」
ふふ、と困ったように笑ってももはアイスコーヒーの準備を始めた。
「ケーキはどうしますか?」
「オペラで」
「それ好きですよね。確かにコーヒーにいちばん合うのはオペラかも」
「というか、ももさんのケーキのなかでいちばん好きなのがオペラなんです」
ケーキを取り出すためにショーウィンドウの向こうにしゃがみこんでしまったため、ももの表情は見えなかったけど。
「ありがとうございます。すごく、嬉しい」
風鈴のようなその声は、すこし湿っていた気がした。
「席、座っときますね」
黙って窓際の席に座る。
もう季節は夏で、太陽がぎらぎらと目黒川を照らしている。
「お待たせしました」
涼やかなアイスコーヒーと、コーヒーを染み込ませたアーモンド風味の薄い生地が何層にも重なり、ビターチョコレートでコーティングした細長いケーキ。
ひとくち食べてみれば、あぁやっぱりこれだ、と痛感した。
「あの、北人さんからも話があったかもしれませんけど。北人さんとお付き合いさせていただくことになりました。壱馬さんのおかげです、本当にありがとうございました」
ぺこりと頭をさげるもも。
その綺麗なつむじをぼんやり眺めながら、俺は呟いた。
「その割には、あんまり幸せそうじゃないですけど」
少し意地悪な言い方をしてしまったかもしれないと思った。
ももの飴玉のような瞳がふっと揺れる。
「…まぁ、北人さんは今が1番忙しいですし、恋愛にかまけている場合じゃないことはお互い分かってますから。私も店がありますし…仕方ないです」
仕方ない?
大人の恋愛に口出しするのはよくないと思うけど。
でも、両思いなら仕方ないと自分の気持ちを殺してきた俺が、俺の恋心が。
報われないじゃないか。
俺なら、北人よりも、君の求めるものぜんぶをあげられる。
俺なら。
…いや。
でも、俺じゃだめなんだ。
君が求めるのは俺じゃない。
「もっと、ワガママ言ってもいいんじゃないですか」
「え?」
「あいつ、たぶんももさんのことかなり好きやから」
「で、でも…」
「男は、」
自分の心にコーティングするように、傷を塗り固めていくように。
言葉を重ねていく。
「男は、素直になれない不器用で臆病な生き物ですから。きっと北人はももさんから会いたいって言ってもらうのを待ってるんやと思います。だから、ももさんはもっと自分に素直になればいいと、俺は思いますよ」
なんて、偉そうに。
いちばん臆病なのは俺じゃないか。
心地よい関係を壊すのが怖くて手をこまねいていたら君は他の男のものになってしまって、でもそれを知ってもなお俺はこの恋を諦められなくて。
どんな立ち位置でも、君のそばにいたくて。
「俺たち、明日午後からオフなんです。連絡してみたらええんやないですか?」
俺は、自分で自分の心を抉ることしかできないのだ。
「…そうしてみます。いつもいつも、相談に乗ってもらっちゃってすみません」
君はそんな俺の気持ちに気づかずに、あまいあまい笑顔を浮かべた。