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ももは、それからちょうど1ヶ月後、今年初めての雪が東京に積もったその日に死んだ。
北人とのデートに行こうとして目黒川沿いの道で突然倒れ、そのまま意識が戻ることなくあっという間に亡くなったそうだ。
末期の癌だった。
葬式にはいかなかった。
後から聞いた話では、今年の秋に余命宣告をされていたそうだ。
それを聞いて俺が思い浮かべたのは、ハーブティーの入っていたマグカップが割れる音。
病院で何も言われなかったなんて嘘じゃないか。
あの時点で君は自分の人生が残り1ヶ月ほどしかないことを知っていたのに。
『私、今すごく幸せ。壱馬くんのおかげ、本当にありがとう』
あの時君は、どんな気持ちであの言葉を言ったんだろう。
どうしてあんなにあまく、あまく笑うことができたのだろう。
北人はこの1ヶ月、一歩も寮から出ていない。毎日泣いて過ごしている。メンバーが黙ってそのそばに寄り添っていた。
俺は泣かなかった。泣けなかった。
自分が哀しんでいるのかどうかも分からない。
何かを感じる部分が麻痺してしまったようだった。
何を歌っても納得できるものが創れない。何を見ても思い浮かぶのはももとの思い出。好きだったはずのコーヒーも、君以外の誰かが作ったオペラも、全くおいしくなかった。
「…あれ、」
気がついたら、Freyjaの前に来ていた。
もうすぐ取り壊しが始まるのだというももの店は、今はまだ彼女が生きていた時のままで。
真冬の川が、さらさらと音をたてる。
まるで俺の背中をおすみたいに。
ちりん
「え、」
何となく手をかけてみただけなのに。
扉は、俺を拒むでもなく、呆気ないほどあっさりと手前に開いた。
入れる。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
誘われるように、夢遊病者のように、俺はふらりと店内に入る。
いつかの夕暮れのように、蜜色のひかりが斜めに差し込んできらきらと輝いていた。
「…もも、」
何となく呟いてみる。
空っぽのショーケースにはいつもなら色とりどりの美味しそうなケーキが並んでいて、いつも右から3番目には俺の好きなオペラが、その隣には北人のためのケーキが並んでいた。
そしてその向こうにももがいて、「いらっしゃいませ」って笑って出迎えてくれた。
「オペラで」って言ったら「ブラックコーヒーですね」って楽しそうに返して、あのカウンターで丁寧にコーヒーを入れてくれて。
そうだ、俺はいつもこの席に座っていた。
たまに店が空くと、ももが向かい側に座って、色々な話をして。
思い出が一気に溢れてきて、俺はくらくらとめまいさえ覚える。
バカだな。ももはもういないのに。
俺は自嘲気味に笑って、いつも座っていた席に近づく。
そして、気づいた。
一通の手紙が置いてある。
どくん
「嘘やろ」
心臓がうるさい。
俺ははやる鼓動を抑えて、いつもの席に座った。
シンプルなさくら色の封筒。裏返してみると、綺麗な文字で『壱馬くんへ』の文字。
こんなこと。
こんなことって。
手が震えてうまくシールを剥がせない。
なんとか封筒と同じさくら色で、二つ折りになった便箋を取り出した。
ももの文字だ。ショーケースをケーキと共に彩っていた、ポップの文字。
俺は誰もいない、ひとりきりの店の中で、ももからの手紙を読み始めた。
北人とのデートに行こうとして目黒川沿いの道で突然倒れ、そのまま意識が戻ることなくあっという間に亡くなったそうだ。
末期の癌だった。
葬式にはいかなかった。
後から聞いた話では、今年の秋に余命宣告をされていたそうだ。
それを聞いて俺が思い浮かべたのは、ハーブティーの入っていたマグカップが割れる音。
病院で何も言われなかったなんて嘘じゃないか。
あの時点で君は自分の人生が残り1ヶ月ほどしかないことを知っていたのに。
『私、今すごく幸せ。壱馬くんのおかげ、本当にありがとう』
あの時君は、どんな気持ちであの言葉を言ったんだろう。
どうしてあんなにあまく、あまく笑うことができたのだろう。
北人はこの1ヶ月、一歩も寮から出ていない。毎日泣いて過ごしている。メンバーが黙ってそのそばに寄り添っていた。
俺は泣かなかった。泣けなかった。
自分が哀しんでいるのかどうかも分からない。
何かを感じる部分が麻痺してしまったようだった。
何を歌っても納得できるものが創れない。何を見ても思い浮かぶのはももとの思い出。好きだったはずのコーヒーも、君以外の誰かが作ったオペラも、全くおいしくなかった。
「…あれ、」
気がついたら、Freyjaの前に来ていた。
もうすぐ取り壊しが始まるのだというももの店は、今はまだ彼女が生きていた時のままで。
真冬の川が、さらさらと音をたてる。
まるで俺の背中をおすみたいに。
ちりん
「え、」
何となく手をかけてみただけなのに。
扉は、俺を拒むでもなく、呆気ないほどあっさりと手前に開いた。
入れる。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
誘われるように、夢遊病者のように、俺はふらりと店内に入る。
いつかの夕暮れのように、蜜色のひかりが斜めに差し込んできらきらと輝いていた。
「…もも、」
何となく呟いてみる。
空っぽのショーケースにはいつもなら色とりどりの美味しそうなケーキが並んでいて、いつも右から3番目には俺の好きなオペラが、その隣には北人のためのケーキが並んでいた。
そしてその向こうにももがいて、「いらっしゃいませ」って笑って出迎えてくれた。
「オペラで」って言ったら「ブラックコーヒーですね」って楽しそうに返して、あのカウンターで丁寧にコーヒーを入れてくれて。
そうだ、俺はいつもこの席に座っていた。
たまに店が空くと、ももが向かい側に座って、色々な話をして。
思い出が一気に溢れてきて、俺はくらくらとめまいさえ覚える。
バカだな。ももはもういないのに。
俺は自嘲気味に笑って、いつも座っていた席に近づく。
そして、気づいた。
一通の手紙が置いてある。
どくん
「嘘やろ」
心臓がうるさい。
俺ははやる鼓動を抑えて、いつもの席に座った。
シンプルなさくら色の封筒。裏返してみると、綺麗な文字で『壱馬くんへ』の文字。
こんなこと。
こんなことって。
手が震えてうまくシールを剥がせない。
なんとか封筒と同じさくら色で、二つ折りになった便箋を取り出した。
ももの文字だ。ショーケースをケーキと共に彩っていた、ポップの文字。
俺は誰もいない、ひとりきりの店の中で、ももからの手紙を読み始めた。