星空にさよなら
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「俺、オーディション受かった」
メンバー候補生となって上京することが決まった時、彼女はおめでとうの後にごく自然に、まるでプレゼントは何がいい?なんて訊ねるようなテンションでこう付け加えさた。
「別れよう、北ちゃん」
今なら分かる。
彼女はたくさんたくさん悩んだのだろうということが。
きっと俺がオーディションを勝ち抜いていくたびに、『おめでとう、北ちゃんなら次もきっと大丈夫だよ』と電話越しに言いながら、でも心のどこかでそれを悲しんでいたのだろう。そんな素振りは一切見せなかったが。
世間の目に晒されて暮らしていかねばならないアーティストという職種に徐々に近づいていくたび、逆に自分からどんどん離れていく俺の背中を、彼女はどんな思いで応援してくれていたのだろう。
「東京でも頑張ってね。応援してる」
さよなら、彼女はセーラー服の裾をくしゃりと握ってそう言った。
俺は、うん、ありがとう、とだけ返した。さよならは言わなかった。
宮崎と東京の遠距離、17歳という年齢、立場の違い、事務所の意向、彼女の夢、親の反対。
この初恋を終わらせる言い訳なら掃いて捨てるほどあって、俺は自分を守るためにそれら全てを心のなかにうずたかく積もらせて。
でもそれは、別れて1年と数ヶ月が経った真夏の波に簡単に攫われていった。
正式メンバーに選ばれて、すこしだけ大人になった俺は、俺よりもすこし大人だった当時の彼女にようやく追いついたのだ。
離さなければよかった。
今更思ってももう遅い。あのころの俺には彼女をこの手のなかに留めておく覚悟なんてなかったし、きっとできなかった。
俺たちは若すぎた。あまりにも無力だった。
だからあの別れはきっと必然で、俺たちのこれからの人生のためには出会いも別れもひっくるめて2人で過ごした時間は必要で、でも俺の心には強烈な後悔が渦巻いている。
叶わない願いと分かっていても、どうしても2年前の夏に戻りたかった。
今でもよく覚えている。地元の海岸で、砂の上に座って夕陽が沈んでいくのを眺めていた。やがて夜が来て、彼女が空を指さして「あの星は青く見えるけど、こっちの星は金平糖みたいに黄色い」なんてふくふくと笑っていた。
男よりも女の方がたくさんの色を見分けることができると言っていた学者は誰だったか。
きっと彼女の目には、俺には見えない色やものごとがたくさん映っていたんだろう。俺には黄色い金平糖の星は分かっても、青い星はついぞ分からずじまいだった。
きっと、あの頃から俺たちの空は違っていたんだ。
どこにいても空は繋がっているだなんて嘘じゃないか。
幸せだったあの時の星空はどこにもない。
俺はコンクリートで固められた東京の海辺で青い星を探しながら、鮮明に瞼に焼き付いている彼女の笑顔を思い返していた。この腕にはっきりと残る温もりをひとり抱いて、生ぬるい真夏の潮風に吹かれていた。
「離さなければよかったなんて、今更思っても遅いのかな」
メンバー候補生となって上京することが決まった時、彼女はおめでとうの後にごく自然に、まるでプレゼントは何がいい?なんて訊ねるようなテンションでこう付け加えさた。
「別れよう、北ちゃん」
今なら分かる。
彼女はたくさんたくさん悩んだのだろうということが。
きっと俺がオーディションを勝ち抜いていくたびに、『おめでとう、北ちゃんなら次もきっと大丈夫だよ』と電話越しに言いながら、でも心のどこかでそれを悲しんでいたのだろう。そんな素振りは一切見せなかったが。
世間の目に晒されて暮らしていかねばならないアーティストという職種に徐々に近づいていくたび、逆に自分からどんどん離れていく俺の背中を、彼女はどんな思いで応援してくれていたのだろう。
「東京でも頑張ってね。応援してる」
さよなら、彼女はセーラー服の裾をくしゃりと握ってそう言った。
俺は、うん、ありがとう、とだけ返した。さよならは言わなかった。
宮崎と東京の遠距離、17歳という年齢、立場の違い、事務所の意向、彼女の夢、親の反対。
この初恋を終わらせる言い訳なら掃いて捨てるほどあって、俺は自分を守るためにそれら全てを心のなかにうずたかく積もらせて。
でもそれは、別れて1年と数ヶ月が経った真夏の波に簡単に攫われていった。
正式メンバーに選ばれて、すこしだけ大人になった俺は、俺よりもすこし大人だった当時の彼女にようやく追いついたのだ。
離さなければよかった。
今更思ってももう遅い。あのころの俺には彼女をこの手のなかに留めておく覚悟なんてなかったし、きっとできなかった。
俺たちは若すぎた。あまりにも無力だった。
だからあの別れはきっと必然で、俺たちのこれからの人生のためには出会いも別れもひっくるめて2人で過ごした時間は必要で、でも俺の心には強烈な後悔が渦巻いている。
叶わない願いと分かっていても、どうしても2年前の夏に戻りたかった。
今でもよく覚えている。地元の海岸で、砂の上に座って夕陽が沈んでいくのを眺めていた。やがて夜が来て、彼女が空を指さして「あの星は青く見えるけど、こっちの星は金平糖みたいに黄色い」なんてふくふくと笑っていた。
男よりも女の方がたくさんの色を見分けることができると言っていた学者は誰だったか。
きっと彼女の目には、俺には見えない色やものごとがたくさん映っていたんだろう。俺には黄色い金平糖の星は分かっても、青い星はついぞ分からずじまいだった。
きっと、あの頃から俺たちの空は違っていたんだ。
どこにいても空は繋がっているだなんて嘘じゃないか。
幸せだったあの時の星空はどこにもない。
俺はコンクリートで固められた東京の海辺で青い星を探しながら、鮮明に瞼に焼き付いている彼女の笑顔を思い返していた。この腕にはっきりと残る温もりをひとり抱いて、生ぬるい真夏の潮風に吹かれていた。
「離さなければよかったなんて、今更思っても遅いのかな」