星空にさよなら
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寒い。
俺は白い息をはぁ、と吐き出して四角く切り取られた夜空を見上げてみた。
星は見えない。
俺のまわりはこんなにも色とりどりのひかりで溢れてきらきらと輝いているのに、いや、街が輝きすぎているからこそ。
儚い夜空のきらめきは簡単にかき消されてしまうのだ。
宮崎の夜はもっともっと、それこそひとつくらい盗んでも気づかれないんじゃないかと思えるほどにはたくさんの星たちがさんざめいて、俺は部活の帰り道にソーダ味のガリガリ君をかじりながら覚えたての星座を探すのが好きだった。
都会の夜は明るすぎて、俺には合わない。
自分で選んでここにいるのに、ふとした時にどうしても宮崎に帰りたくなるのだ。
それでも、もしかしたら、と時々考える。
あのネオンの先で、彼女が待っていてくれたなら、と。
メンバーに時々笑われる、俺と同じ宮崎の訛りで『おかえり北ちゃん』と笑っていてくれたなら。
派手派手しく俺の目を刺激するネオンも、すこしは違ったものに見えたのだろうか。
「おかえり」
女のひとの声。
そんなはずないと分かっていても、つい振り返ってしまう。
くちびるが、彼女の名前をなぞる。
「…そら?」
そして、『そんなはずなかった』ことを改めてまざまざと目の前に突きつけられるのだ。
サラリーマンらしき若い男に駆け寄って、栗色の髪の女が笑っていた。幸せをたっぷりと含んでふっくりと膨らむ涙袋は、どこか彼女に似ていて、でも彼女はもうすこし背が低くてもう少し髪が長い。
たぶん、そうだったと思う。
俺は雑踏のなかに立ちつくして、男女のシルエットがネオンの影に消えていくのを眺めていた。
俺はもう、大好きだった彼女の笑顔さえはっきりとは思い出せない。
「北人さん?」
数歩先進んだところで俺が突っ立っていることに気づいた樹がこっちを振り返る。
「…どうかしました?」
寒い。
冬はひととひととの距離が縮まるはずなのに、俺はからっぽの右側があまりにも冷たくて、ひとり震えている。
コートの襟をかき合わせて、俺は「なんでもないよ」とまた歩き出した。
「来年は宮崎の星空を見に行こうな」
「それ前も聞きました」
樹が呆れたようにちょっと笑った。
普段だったら絶対笑わないようなタイミングで白い歯を覗かせた樹は、もしかしたら俺を気遣っていたのかもしれない。
普段無口な樹は、自分の思いを伝えるのは苦手なぶん他の誰かの心の機微を感じ取るのは上手だった。
情けないなぁ、俺。
なぜだかすこし泣きそうになって、俺はもう一度星のない夜空を見上げる。
隣を歩く樹に聞こえないように小さな声で、再び名前を呼ぶ。
「会いたいよ、そら」
あぁ、壁のポスターを剥がすみたいにあの味気ない空をめくったら、彼女と見ていた星の溢れる夜空が出てこないだろうか。そこで、彼女が俺を振り返って、ふっくりと涙袋を膨らませて笑っていてくれないだろうか。
そんなことを考えながら、それでも結局彼女が教えてくれた星たちはどこにも見つからなかった。
俺は白い息をはぁ、と吐き出して四角く切り取られた夜空を見上げてみた。
星は見えない。
俺のまわりはこんなにも色とりどりのひかりで溢れてきらきらと輝いているのに、いや、街が輝きすぎているからこそ。
儚い夜空のきらめきは簡単にかき消されてしまうのだ。
宮崎の夜はもっともっと、それこそひとつくらい盗んでも気づかれないんじゃないかと思えるほどにはたくさんの星たちがさんざめいて、俺は部活の帰り道にソーダ味のガリガリ君をかじりながら覚えたての星座を探すのが好きだった。
都会の夜は明るすぎて、俺には合わない。
自分で選んでここにいるのに、ふとした時にどうしても宮崎に帰りたくなるのだ。
それでも、もしかしたら、と時々考える。
あのネオンの先で、彼女が待っていてくれたなら、と。
メンバーに時々笑われる、俺と同じ宮崎の訛りで『おかえり北ちゃん』と笑っていてくれたなら。
派手派手しく俺の目を刺激するネオンも、すこしは違ったものに見えたのだろうか。
「おかえり」
女のひとの声。
そんなはずないと分かっていても、つい振り返ってしまう。
くちびるが、彼女の名前をなぞる。
「…そら?」
そして、『そんなはずなかった』ことを改めてまざまざと目の前に突きつけられるのだ。
サラリーマンらしき若い男に駆け寄って、栗色の髪の女が笑っていた。幸せをたっぷりと含んでふっくりと膨らむ涙袋は、どこか彼女に似ていて、でも彼女はもうすこし背が低くてもう少し髪が長い。
たぶん、そうだったと思う。
俺は雑踏のなかに立ちつくして、男女のシルエットがネオンの影に消えていくのを眺めていた。
俺はもう、大好きだった彼女の笑顔さえはっきりとは思い出せない。
「北人さん?」
数歩先進んだところで俺が突っ立っていることに気づいた樹がこっちを振り返る。
「…どうかしました?」
寒い。
冬はひととひととの距離が縮まるはずなのに、俺はからっぽの右側があまりにも冷たくて、ひとり震えている。
コートの襟をかき合わせて、俺は「なんでもないよ」とまた歩き出した。
「来年は宮崎の星空を見に行こうな」
「それ前も聞きました」
樹が呆れたようにちょっと笑った。
普段だったら絶対笑わないようなタイミングで白い歯を覗かせた樹は、もしかしたら俺を気遣っていたのかもしれない。
普段無口な樹は、自分の思いを伝えるのは苦手なぶん他の誰かの心の機微を感じ取るのは上手だった。
情けないなぁ、俺。
なぜだかすこし泣きそうになって、俺はもう一度星のない夜空を見上げる。
隣を歩く樹に聞こえないように小さな声で、再び名前を呼ぶ。
「会いたいよ、そら」
あぁ、壁のポスターを剥がすみたいにあの味気ない空をめくったら、彼女と見ていた星の溢れる夜空が出てこないだろうか。そこで、彼女が俺を振り返って、ふっくりと涙袋を膨らませて笑っていてくれないだろうか。
そんなことを考えながら、それでも結局彼女が教えてくれた星たちはどこにも見つからなかった。
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