第1章
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結局その夜、彼女は一夜にして2000万ドルもの大金をかっさらっていった。
そして財務部のトップ山彰さんのGOサインと総支配人ふたりの判断により彼女のVIP待遇が決定。一見でいきなりコンプが着くのは異例の事態だ。
「…あら。あなたディーラーじゃなかったの?」
「はい。本来はここのカジノホストです」
俺からの名刺を受け取った梟は、意外そうに目を丸くした。
「本日から専属のコンシェルジュをさせていただきます、長谷川慎です。何なりとお申し付けください」
カジノホストとはVIP客に専属でつくコンシェルジュだ。ホテル客室や食事の手配、各種サービスを提供する。VIPルームではゲストが楽しんでゲームに興じることができるように常に側に付き、送り迎えも担当する。ホテル滞在中は電話ひとつ受ければどんな要求にも答えなければならない。
俺はTHE RAMPAGE内のカジノホストをまとめる最上位の立場にいる。梟のようなかなり名の知れたゲストには俺が付くべきだろうという総支配人ふたりの判断により彼女の専属が決定した。
「よろしく。私のことはお好きに呼んでいただいて構わないから」
謎多き女、梟。運命を操る女神。
サイバー方面に詳しい昂秀に言って急いで調べてもらったが、彼女の来歴は何も分からなかった。
「そう言われても…」
困る俺を見て彼女は口元を手で押さえてくすりと笑う。綺麗な形の爪ですら磨きこまれたダイヤモンドのように美しく輝いていた。
「それじゃあ、あおい、と。そう呼んで?」
「かしこまりました、あおい様」
「ふふ、よろしく慎くん。ホテルの部屋は取ってくれたのよね」
「はい。ロイヤルスイートをご用意してます」
「あら、ここのロイヤルスイート、とっても素敵だって噂を聞いたわ。嬉しい」
「ご案内致します」
俺は彼女の先に立ってカジノホールを抜け、隣接のホテルに入る。
黒とシルバーを貴重としたシックながらも豪華なエントランスには、俺からの連絡を受けてひとりのダークスーツの男が待っていた。
「ようこそTHE RAMPAGEへ。当ホテルのフロントオペレーションマネージャーの神谷健太です」
「初めまして、あおいです」
「お噂はかねがね聞いておりました。当ホテルについてご不明なことがございましたらいつでもご連絡ください。スタッフがすぐに対応致します」
THE RAMPAGEホテル部フロントオペレーション課マネージャー、神谷健太。うちのホテルの一切を取り仕切る人物だ。その手腕は確かなのだが勤務中でもカジノのディーラーに紛れていたりバーで飲んでいたり、ちょっと変わり者でもある。
艶福家の気があるらしい健太さんは、いつになく顔をきりっとさせて名刺を差し出した。陣さんのお説教を受けている時でもこんなに真剣な顔はしないのに。
「ありがとう。しばらくここに滞在するつもりなので何かとお世話になるかもしれません。どうぞよろしく」
あおいさんは優雅に腰を折ってお辞儀をする。目の前に晒される色香むせかえる項に、健太さんの喉がごくりと上下した。
しかし俺の咳払いではっと我に返り、何とか平静を保ってバックヤードに戻っていく。
「あなたもそうだけどあの健太さんも…随分お若いのね」
「THE RAMPAGEには総支配人も含めて16人の幹部がいますが、全員が20代です」
「全員が?若くしてこんなに立派なリゾートカジノを作ってしまうなんて、本当に優秀なのね」
俺はただ黙って微笑み、広いエレベーターに乗ると最上階、30階のボタンを押した。
確かに俺たちは皆若くしてキャリアを積んだエリートだ。そこは否定はしない。
でも、それだけではない。
あおいさんはそれ以上なにも追求することなくガラス張りの箱の外、下に流れていくラスベガスの夜景を眺めていた。
「宝石みたいね」
「ロイヤルスイートは30階にございますが、そこからの眺めはラスベガスで1番ですよ」
「楽しみだわ」
箱が滑らかに上昇を止める。静かに扉が開いた先にあるのは、ふかふかの赤絨毯の廊下とロイヤルスイートルームの入口だった。
近代的なデザインの扉を開けば、そこにはこのホテルで1番の豪華な部屋が広がっていた。
ワンフロア丸々使った400㎡の広大な部屋はリビング、2つの寝室、バスルーム、さらに空中に突き出したバルコニーにはジャグジーまでついている。
部屋のインテリアはモダンなトーンで統一され、ホテルのフロントと同じく黒と銀がテーマカラーとなっているが、過度なゴージャスさはない。洗練されたシックな雰囲気を味わうことのできる空間だ。
そしてなによりも目を引くのが、壁一面ガラス張りにした南の窓から見える絶景だ。ビルが林立するラスベガスの夜景を贅沢に独り占めできる。色とりどりのネオンがちかちかと煌めく姿はまるで鏡に映した星空。天界から地球を見下ろす神になった気分を味わうことが出来る。
「わぁ、素敵…こんなに綺麗な夜景ははじめて見たわ」
「お気に召していただけたでしょうか」
「もちろん」
あおいさんはこちらを振り返って嬉しそうに笑った。口元から覗いた歯が白く輝く。
「荷物は明日届くと思うから、部屋に運び込んでおいてくれる?リビングに置いておいてくれればあとは自分でやるから」
「かしこまりました。他にご要望は?」
「今はないわね。またカジノに行きたくなったら連絡するわ」
「はい。それでは、俺はこれで失礼します」
「ええ、ありがとう。おやすみなさい」
マニュアル通りに一礼をして部屋を出る。廊下を通り抜けてエレベーターに乗り込みフロントに戻ると、そこには今度は壱馬さんが立っていた。
「梟はもう部屋?」
「はい。すげぇ美人でした」
「ええなぁ、俺も明日挨拶しに行こ」
壱馬さんは首を傾けて笑うと、手の中にあるものをくるりと回した。
妖しく黒光りする拳銃。
「…警察ですか」
「いや?最近シマ荒らししてた雑魚の片付け」
なんでもないことのように笑う壱馬さんの横顔は羨ましいほどに整っている。
俺たちが若くしてこんなにも大規模なカジノを運営できる訳。
その理由は、このハンドガンが物語っている。
「壱馬さんが出ていくなんて相当ですね」
「別にほんまに雑魚やってんけどさ、まぁ俺もたまには現場行かへんとな。ギャンブルもそうやけど、勘が鈍るのが1番怖い」
香水の向こうに微かに硝煙の匂いを漂わせながら、壱馬さんはハンドガンをスーツの内側にある隠しホルダーにしまう。
バックヤードの廊下をふたり並んで歩きながら、俺はぼんやりと先程のエレベーターでのやりとりを思い返していた。
優秀なのね、というあの言葉は皮肉だろうか。それ以上突っ込んでこなかったところを鑑みてもこのカジノのバックについている組織のことは知っているのだろう。
THE RAMPAGEはラスベガス一帯をナワバリとするマフィア、LDHが経営するカジノである。つまりそこで働くのは全員裏社会の息がかかった者たちであり、俺を含めた幹部16人はEXILE TRIBEに所属する生粋のマフィアだ。
THE RAMPAGEのバックにはLDHがついている。そのことは暗黙の了解であり、だからこそ裏社会の人間たちも集ってくる。当然国際警察に目をつけられているが、如何せんLDHというファミリーの持つ力の強大さに奴らも下手に手を出せない。そんな均衡状態が今までじりじりと続いていた。
カタギに混じって闇の世界の住人もやって来るのだから無法地帯だと思われがちだが、実際は異なる。テリトリーの治安は俺たちがありとあらゆる手段を使ってでも保つ。ここにアメリカ政府の法律は適用されないため、ありとあらゆる種類の人間たちが集って娯楽に興じているのである。
「…それで、例の梟のことやけど。来歴もよく分からん女をよく力矢さんや陣さんが受け入れたな。長期滞在なんやろ?」
自分の執務室の応接セットに向かい合って座り、壱馬さんは愛用のキセルの煙をくゆらせながらそう呟いた。男にしては細い手首も相まって、キセルに唇をつける壱馬さんはどこかアンバランスで妖艶だ。
「はい。やっぱり『梟』と言えばラスベガスじゃ知らない者はいないくらいのビッグネームですし、その彼女がうちに通いつめてるとなればネームバリューも上がって客足も少なからず伸びる…それに無敗伝説の持ち主ですから。破格の金を落としてくれることは間違いないですよ。うちにとっては利益しかないはずです」
力矢さんからそういった文言の連絡が入ったのは梟がポーカーで5000ドルをもぎ取って行った頃だった。
しかし壱馬さんは腑に落ちないような表情を浮かべ、煙を吐き出す。
「そうやなぁ…力矢さんや陣さん、山彰さんがそれだけを理由に彼女のVIP入りを許したとは思えへんのやけど」
「…と、言うと?」
「あの昂秀が調べても彼女の詳しい情報が分からへんかったんやで?そこまで徹底的に過去を抹消しとる時点でグレーゾーンや」
「それは確かに…でもこれまでのVIP客だって闇貿易のオーナーだったり犯罪者だったりするじゃないですか。与信の債務返済が安定してできるだけの財力さえあればなんの問題もない。今までそういうスタンスでやってきたはずです」
「じゃあもしサツの間諜やったら?敵対しとるマフィアの狗やったらどうするん?」
壱馬さんの鋭い指摘に、俺は喉元まで出かかっていた反論の言葉を飲み込んだ。
執務室に舞い降りる沈黙。壱馬さんが顔を上に向けて煙の輪っかを吐き出す。
「何にせよあの女には絶対何かある。直感やけどな」
「壱馬さんのそういう勘めちゃくちゃ当たるから怖いんですよ」
「そう思うなら気ぃつけとけよ、慎。たぶんこれからはお前が1番近くにおることになるんやろうから」
「はい」
俺はしっかりと頷くと、腕時計にちらりと目をやった。深夜2時。退社時間だ。
「俺はもう部屋に戻りますけど、壱馬さんはどうします?」
「俺はもうちょい仕事片付けたら寝るわ。お疲れ」
「それじゃ、お疲れ様でした」
執務室を後にして、ふかふかの絨毯がひかれたバックヤードの廊下を抜ける。そのまま階段を上り空中廻廊を抜けた先にあるのが、幹部の16人専用のマンションだ。各フロア2部屋の広大な間取りで、最上階が力矢さんと陣さん。そこから下は年齢順に部屋が割り振られている。俺は201号室。カジノホールと同じデザイナーにより設計されたシックながらも豪奢な扉を開け、部屋に入る。
ネクタイを解き、スーツを几帳面にハンガーにかける。広いバスルームでシャワーを浴び、軽く香水をふりかけてからキングサイズのベッドに倒れ込んだ。
マシュマロの海に沈み込むようにとぷん、と身体を横たえて、ぼんやりと天井を見上げる。
仕事柄、就寝時間は非常に不規則だ。そのせいかベッドに入ればすぐに眠ることのできる能力が身についてしまった。
しかし今日は、いつもならすぐに訪れるはずの睡魔がなかなかやって来なかった。
彼女の姿が脳裏をちらつく。
あおい、という名前すら本名かも分からない。過去を消し去り、全ての賭けに勝ち続ける美しい女性。
俺よりも歳上なのだろうか。見た目ですら年齢不詳なところがある彼女は、朝の森に立ち込める霧のように掴みどころがなくミステリアスだった。
梟のような金色の瞳が俺を見据える。
あなたは何者なんですか。どこから来て、これから俺たちのカジノで何をするつもりなんですか。
あなたの、正体は──────────…?
そして財務部のトップ山彰さんのGOサインと総支配人ふたりの判断により彼女のVIP待遇が決定。一見でいきなりコンプが着くのは異例の事態だ。
「…あら。あなたディーラーじゃなかったの?」
「はい。本来はここのカジノホストです」
俺からの名刺を受け取った梟は、意外そうに目を丸くした。
「本日から専属のコンシェルジュをさせていただきます、長谷川慎です。何なりとお申し付けください」
カジノホストとはVIP客に専属でつくコンシェルジュだ。ホテル客室や食事の手配、各種サービスを提供する。VIPルームではゲストが楽しんでゲームに興じることができるように常に側に付き、送り迎えも担当する。ホテル滞在中は電話ひとつ受ければどんな要求にも答えなければならない。
俺はTHE RAMPAGE内のカジノホストをまとめる最上位の立場にいる。梟のようなかなり名の知れたゲストには俺が付くべきだろうという総支配人ふたりの判断により彼女の専属が決定した。
「よろしく。私のことはお好きに呼んでいただいて構わないから」
謎多き女、梟。運命を操る女神。
サイバー方面に詳しい昂秀に言って急いで調べてもらったが、彼女の来歴は何も分からなかった。
「そう言われても…」
困る俺を見て彼女は口元を手で押さえてくすりと笑う。綺麗な形の爪ですら磨きこまれたダイヤモンドのように美しく輝いていた。
「それじゃあ、あおい、と。そう呼んで?」
「かしこまりました、あおい様」
「ふふ、よろしく慎くん。ホテルの部屋は取ってくれたのよね」
「はい。ロイヤルスイートをご用意してます」
「あら、ここのロイヤルスイート、とっても素敵だって噂を聞いたわ。嬉しい」
「ご案内致します」
俺は彼女の先に立ってカジノホールを抜け、隣接のホテルに入る。
黒とシルバーを貴重としたシックながらも豪華なエントランスには、俺からの連絡を受けてひとりのダークスーツの男が待っていた。
「ようこそTHE RAMPAGEへ。当ホテルのフロントオペレーションマネージャーの神谷健太です」
「初めまして、あおいです」
「お噂はかねがね聞いておりました。当ホテルについてご不明なことがございましたらいつでもご連絡ください。スタッフがすぐに対応致します」
THE RAMPAGEホテル部フロントオペレーション課マネージャー、神谷健太。うちのホテルの一切を取り仕切る人物だ。その手腕は確かなのだが勤務中でもカジノのディーラーに紛れていたりバーで飲んでいたり、ちょっと変わり者でもある。
艶福家の気があるらしい健太さんは、いつになく顔をきりっとさせて名刺を差し出した。陣さんのお説教を受けている時でもこんなに真剣な顔はしないのに。
「ありがとう。しばらくここに滞在するつもりなので何かとお世話になるかもしれません。どうぞよろしく」
あおいさんは優雅に腰を折ってお辞儀をする。目の前に晒される色香むせかえる項に、健太さんの喉がごくりと上下した。
しかし俺の咳払いではっと我に返り、何とか平静を保ってバックヤードに戻っていく。
「あなたもそうだけどあの健太さんも…随分お若いのね」
「THE RAMPAGEには総支配人も含めて16人の幹部がいますが、全員が20代です」
「全員が?若くしてこんなに立派なリゾートカジノを作ってしまうなんて、本当に優秀なのね」
俺はただ黙って微笑み、広いエレベーターに乗ると最上階、30階のボタンを押した。
確かに俺たちは皆若くしてキャリアを積んだエリートだ。そこは否定はしない。
でも、それだけではない。
あおいさんはそれ以上なにも追求することなくガラス張りの箱の外、下に流れていくラスベガスの夜景を眺めていた。
「宝石みたいね」
「ロイヤルスイートは30階にございますが、そこからの眺めはラスベガスで1番ですよ」
「楽しみだわ」
箱が滑らかに上昇を止める。静かに扉が開いた先にあるのは、ふかふかの赤絨毯の廊下とロイヤルスイートルームの入口だった。
近代的なデザインの扉を開けば、そこにはこのホテルで1番の豪華な部屋が広がっていた。
ワンフロア丸々使った400㎡の広大な部屋はリビング、2つの寝室、バスルーム、さらに空中に突き出したバルコニーにはジャグジーまでついている。
部屋のインテリアはモダンなトーンで統一され、ホテルのフロントと同じく黒と銀がテーマカラーとなっているが、過度なゴージャスさはない。洗練されたシックな雰囲気を味わうことのできる空間だ。
そしてなによりも目を引くのが、壁一面ガラス張りにした南の窓から見える絶景だ。ビルが林立するラスベガスの夜景を贅沢に独り占めできる。色とりどりのネオンがちかちかと煌めく姿はまるで鏡に映した星空。天界から地球を見下ろす神になった気分を味わうことが出来る。
「わぁ、素敵…こんなに綺麗な夜景ははじめて見たわ」
「お気に召していただけたでしょうか」
「もちろん」
あおいさんはこちらを振り返って嬉しそうに笑った。口元から覗いた歯が白く輝く。
「荷物は明日届くと思うから、部屋に運び込んでおいてくれる?リビングに置いておいてくれればあとは自分でやるから」
「かしこまりました。他にご要望は?」
「今はないわね。またカジノに行きたくなったら連絡するわ」
「はい。それでは、俺はこれで失礼します」
「ええ、ありがとう。おやすみなさい」
マニュアル通りに一礼をして部屋を出る。廊下を通り抜けてエレベーターに乗り込みフロントに戻ると、そこには今度は壱馬さんが立っていた。
「梟はもう部屋?」
「はい。すげぇ美人でした」
「ええなぁ、俺も明日挨拶しに行こ」
壱馬さんは首を傾けて笑うと、手の中にあるものをくるりと回した。
妖しく黒光りする拳銃。
「…警察ですか」
「いや?最近シマ荒らししてた雑魚の片付け」
なんでもないことのように笑う壱馬さんの横顔は羨ましいほどに整っている。
俺たちが若くしてこんなにも大規模なカジノを運営できる訳。
その理由は、このハンドガンが物語っている。
「壱馬さんが出ていくなんて相当ですね」
「別にほんまに雑魚やってんけどさ、まぁ俺もたまには現場行かへんとな。ギャンブルもそうやけど、勘が鈍るのが1番怖い」
香水の向こうに微かに硝煙の匂いを漂わせながら、壱馬さんはハンドガンをスーツの内側にある隠しホルダーにしまう。
バックヤードの廊下をふたり並んで歩きながら、俺はぼんやりと先程のエレベーターでのやりとりを思い返していた。
優秀なのね、というあの言葉は皮肉だろうか。それ以上突っ込んでこなかったところを鑑みてもこのカジノのバックについている組織のことは知っているのだろう。
THE RAMPAGEはラスベガス一帯をナワバリとするマフィア、LDHが経営するカジノである。つまりそこで働くのは全員裏社会の息がかかった者たちであり、俺を含めた幹部16人はEXILE TRIBEに所属する生粋のマフィアだ。
THE RAMPAGEのバックにはLDHがついている。そのことは暗黙の了解であり、だからこそ裏社会の人間たちも集ってくる。当然国際警察に目をつけられているが、如何せんLDHというファミリーの持つ力の強大さに奴らも下手に手を出せない。そんな均衡状態が今までじりじりと続いていた。
カタギに混じって闇の世界の住人もやって来るのだから無法地帯だと思われがちだが、実際は異なる。テリトリーの治安は俺たちがありとあらゆる手段を使ってでも保つ。ここにアメリカ政府の法律は適用されないため、ありとあらゆる種類の人間たちが集って娯楽に興じているのである。
「…それで、例の梟のことやけど。来歴もよく分からん女をよく力矢さんや陣さんが受け入れたな。長期滞在なんやろ?」
自分の執務室の応接セットに向かい合って座り、壱馬さんは愛用のキセルの煙をくゆらせながらそう呟いた。男にしては細い手首も相まって、キセルに唇をつける壱馬さんはどこかアンバランスで妖艶だ。
「はい。やっぱり『梟』と言えばラスベガスじゃ知らない者はいないくらいのビッグネームですし、その彼女がうちに通いつめてるとなればネームバリューも上がって客足も少なからず伸びる…それに無敗伝説の持ち主ですから。破格の金を落としてくれることは間違いないですよ。うちにとっては利益しかないはずです」
力矢さんからそういった文言の連絡が入ったのは梟がポーカーで5000ドルをもぎ取って行った頃だった。
しかし壱馬さんは腑に落ちないような表情を浮かべ、煙を吐き出す。
「そうやなぁ…力矢さんや陣さん、山彰さんがそれだけを理由に彼女のVIP入りを許したとは思えへんのやけど」
「…と、言うと?」
「あの昂秀が調べても彼女の詳しい情報が分からへんかったんやで?そこまで徹底的に過去を抹消しとる時点でグレーゾーンや」
「それは確かに…でもこれまでのVIP客だって闇貿易のオーナーだったり犯罪者だったりするじゃないですか。与信の債務返済が安定してできるだけの財力さえあればなんの問題もない。今までそういうスタンスでやってきたはずです」
「じゃあもしサツの間諜やったら?敵対しとるマフィアの狗やったらどうするん?」
壱馬さんの鋭い指摘に、俺は喉元まで出かかっていた反論の言葉を飲み込んだ。
執務室に舞い降りる沈黙。壱馬さんが顔を上に向けて煙の輪っかを吐き出す。
「何にせよあの女には絶対何かある。直感やけどな」
「壱馬さんのそういう勘めちゃくちゃ当たるから怖いんですよ」
「そう思うなら気ぃつけとけよ、慎。たぶんこれからはお前が1番近くにおることになるんやろうから」
「はい」
俺はしっかりと頷くと、腕時計にちらりと目をやった。深夜2時。退社時間だ。
「俺はもう部屋に戻りますけど、壱馬さんはどうします?」
「俺はもうちょい仕事片付けたら寝るわ。お疲れ」
「それじゃ、お疲れ様でした」
執務室を後にして、ふかふかの絨毯がひかれたバックヤードの廊下を抜ける。そのまま階段を上り空中廻廊を抜けた先にあるのが、幹部の16人専用のマンションだ。各フロア2部屋の広大な間取りで、最上階が力矢さんと陣さん。そこから下は年齢順に部屋が割り振られている。俺は201号室。カジノホールと同じデザイナーにより設計されたシックながらも豪奢な扉を開け、部屋に入る。
ネクタイを解き、スーツを几帳面にハンガーにかける。広いバスルームでシャワーを浴び、軽く香水をふりかけてからキングサイズのベッドに倒れ込んだ。
マシュマロの海に沈み込むようにとぷん、と身体を横たえて、ぼんやりと天井を見上げる。
仕事柄、就寝時間は非常に不規則だ。そのせいかベッドに入ればすぐに眠ることのできる能力が身についてしまった。
しかし今日は、いつもならすぐに訪れるはずの睡魔がなかなかやって来なかった。
彼女の姿が脳裏をちらつく。
あおい、という名前すら本名かも分からない。過去を消し去り、全ての賭けに勝ち続ける美しい女性。
俺よりも歳上なのだろうか。見た目ですら年齢不詳なところがある彼女は、朝の森に立ち込める霧のように掴みどころがなくミステリアスだった。
梟のような金色の瞳が俺を見据える。
あなたは何者なんですか。どこから来て、これから俺たちのカジノで何をするつもりなんですか。
あなたの、正体は──────────…?