第1章
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ざわめき、歓声、絶望のため息。そこにダイスがテーブルを転がる音やルーレットの回る音、スロットの騒々しい音が重なって今日もTHE RAMPAGEカジノホールは混沌とした様相を呈している。
ラスベガスでも五本の指に入るリゾート型カジノホテル、THE RAMPAGE。テーブルゲームやスロットからビリヤードやダーツ、クラブやバーなど様々な娯楽を楽しむことが出来る夜の楽園。ホテルも併設され、VIPゲスト専用のVIPルームも備えている。
そんな中、カジノホストマネージャーである俺はなぜかディーラーとしてチャック・ア・ラックの台の前に立っていた。
今日は非番なのだが、気がむくとよくこうしてディーラーに紛れ店に立つ。根っからのギャンブラー気質がこうさせるのか、俺は客の様子を1番近くで観察できるディーラーの仕事が好きだった。
「俺はビッグに賭ける!」
客が気前よく4、5、6の数字が書かれた目にカジノチップを置いて、そう宣言する。もう2人の客も「おお!」とはやし立てた。
ビッグとはチャック・ア・ラックにおける賭け方のことだ。3つのダイスの目が11以上であることに賭ける。的中した場合の配当は1倍だ。
俺は黙って微笑み、胴の部分がくびれた鳥かごのような、チャック・ア・ラック特有のケージを回した。中に入っている3つのダイスがからからと子気味良い音を立てて止まる。
シャンデリアのひかりをうけて、ダイスが飴玉のようにきらりと妖しく煌めいた。
「2、2、3です」
静かにそう告げる。先程ビッグを宣言した男のチップがあっけなく消えていく。
俺は他の客にも配当を配ったり回収したりしながら、ひやりと冷たいチップを指の間で弄んだ。がっくりと項垂れた客が忌々しげに口の端を歪めている。
ああ、これだからディーラーはやめられない。ここでは一攫千金の夢物語も没落の悲劇も、同時に楽しむことができるのだ。俺は観客。演者はプレイヤーたち。
さぁ次のゲームに行こう、そう思って口を開いたその時。
『慎、俺や。壱馬』
耳につけたインカムに通信が入った。若くしてカジノ部テーブルゲーム課マネージャーを務める川村壱馬だ。
「はい」
『えらい上客が来たで。今お前店に出とるよな?ちょっと他のディーラーじゃ不安やから相手してやってくれへん?俺もこっちの仕事片したらすぐ行くつもりなんやけど』
「上客?」
電子変換されていても壱馬さんの声がいつになく明るいのが分かる。俺はチップの山を整えながら首を傾げた。
上客…誰のことなのだろう。カジノホストという職業柄うちのカジノに来るハイローラーたちの顔と名前、職業、さらにはいつこの店に来るかまでも詳細に把握しているが、今日来る予定の上客はいないはずだ。
ということは新規?どこぞの石油王でも来たのだろうか。
俺は客に聞こえないよう、マイクに向かって小声で尋ねた。
「誰なんですか、それ」
ふふ、マイクの向こうの壱馬さんがご機嫌に笑う。
そして、『彼女』の名前を口にした。
「『梟』や。慎も聞いた事あるやろ」
梟。知っている。
たとえどんなに不利な状況でも必ず勝つと噂の女だ。その無敗記録は今も尚更新中なのだとか。年齢も国籍も、フルネームですら誰も知らない謎多きギャンブルの女神。
幸運の象徴である鳥、梟になぞらえてそう呼ばれている。
その梟が、とうとううちにも。
「兄ちゃん、もう1戦だ。俺は次の勝負に全てを賭ける」
客の声で、俺ははっと我に返った。この1戦を終えたら梟とやらを探しに行こう。新人教育は徹底しているが、まだ日の浅いディーラーに当たるよりかは俺や他の経験豊富な人が対応する方がいいに決まっている。
「どの目に賭けますか?」
「1よ。エニートリプル」
森の奥から吹く風のような、艶やかで心地よい女の声。
その美しい響きに誘われるように、俺は顔を上げた。
少し離れたところに立つ、ひとりの女。
夜空から色を取ってきたような、純黒のスパンコールのドレス。大胆に開いたスリットから覗く脚はすらりと長い。ウエストのまろやかな曲線はほれぼれするような黄金律だ。
流線を描く鎖骨と三角のくぼみ、長い首の上に乗った小さな顔。等身のバランスは羨ましいほど完璧だった。
桃色の薄い唇は泉をたたえて艶めき、高い鼻梁は彼女の顔立ちをよりエキゾチックに見せる影を作る。アーモンド型の大きな目は煙るようなまつ毛に囲まれ、栗色の巻き毛が背中のあたりで揺れている。
そして何よりも印象的なのがこちらを見つめる一対の瞳だ。
この世のありとあらゆる叡智を結集したかのように美しく煌めく宝石の瞳は金色。
猛禽類の瞳だ、俺はふとそう思った。そして直感する。
この女こそが運命の女神。『梟』その人なのだと。
「1の、エニートリプル」
女が微笑をたたえて繰り返す。俺ははっと我に返り、慌ててテーブルの端、開いていた椅子を示した。
「どうぞお座りください。ようこそTHE RAMPAGEへ」
「ありがとう」
椅子に座って脚を組むまでの動作ですら流れるように美しく、洗練されて無駄がない。今までこのテーブルでゲームに興じていた男たちも梟の美しさに当てられたかのようにぼんやりと見とれていた。
俺だってこの神様の悪戯のような造形を心ゆくまで堪能したい。しかし今の俺にはディーラーとしての仕事がある。
「そちらのお客様は?どちらに賭けますか?」
「あ、え…?」
「次のゲームですよ。何に賭けますか」
俺の言葉でようやく今が賭け事の最中だということに気づいたのか、3人の客が各々1~6までの数字が書かれた目にチップを置いた。
チャック・ア・ラックは、古くからある3つのサイコロの数字を当てるゲームだ。テーブルに書かれた1~6までのサイコロの目を表す数字に、何箇所でも賭けることができる。賭けた目が1つ以上出現すれば勝ちとなる、非常にシンプルなルール。
賭け方のバリエーションも様々で、先程この客が賭けたようなビッグ(3個の目の合計が11以上)、スモール(3個の目の合計が10以下)などがある。
それから、この猛禽の目を持つ女が言ったエニートリプル。
エニートリプルとは3個のサイコロの目が全て同じであることに賭けることだ。そして彼女は1にしかチップを置いていない。ルール上は1から6まで全ての数字に賭けることも可能なのだから、彼女は保険を全くかけずに3個のサイコロ全てが1の目を出すことに賭けているのだ。
リスキーな分、リターンは相当なものになる。エニートリプルはうちの場合は30倍の配当を得られるので、彼女が今1の箇所に置いているチップは黒のチップを20枚、つまり2000ドル。
もしこれが的中すれば60000ドルを勝ち取ることになる。日本円で言えば600万もの大金を1度に得るのだ。
これが梟の賭け方か。よほど自分の勝負運に自信があるのだろうか。
心理戦と戦略に重きを置くポーカーやブラックジャックとは違い、ダイスゲームは運がものを言う世界だ。プレイヤーの努力でどうにかなるものではない。
この女は、何を根拠にこんなリスキーな賭けができるのだろう。
俺は他の客がチップを置き終わったのを確認して、やや緊張しながらケージを回した。
ガラガラガラ
ダイスが動きを止める。
ひゅ、と俺の喉を冷たい空気が通っていく。
「1、1、1…」
黒い丸が描かれた面がみっつ、静かにこちらを見上げていた。
まさか、こんなことが。
「冗談だろ…」
誰かが呟く。俺だって冗談だと思いたい。1/216の確率を、彼女はいとも簡単に飛び越えてしまったのだ。
驚愕で言葉も出ない俺たちを他所に、梟は栗色の巻き毛を揺らして柔らかく微笑んだ。
「あら。ラッキーだったわね」
ラスベガスでも五本の指に入るリゾート型カジノホテル、THE RAMPAGE。テーブルゲームやスロットからビリヤードやダーツ、クラブやバーなど様々な娯楽を楽しむことが出来る夜の楽園。ホテルも併設され、VIPゲスト専用のVIPルームも備えている。
そんな中、カジノホストマネージャーである俺はなぜかディーラーとしてチャック・ア・ラックの台の前に立っていた。
今日は非番なのだが、気がむくとよくこうしてディーラーに紛れ店に立つ。根っからのギャンブラー気質がこうさせるのか、俺は客の様子を1番近くで観察できるディーラーの仕事が好きだった。
「俺はビッグに賭ける!」
客が気前よく4、5、6の数字が書かれた目にカジノチップを置いて、そう宣言する。もう2人の客も「おお!」とはやし立てた。
ビッグとはチャック・ア・ラックにおける賭け方のことだ。3つのダイスの目が11以上であることに賭ける。的中した場合の配当は1倍だ。
俺は黙って微笑み、胴の部分がくびれた鳥かごのような、チャック・ア・ラック特有のケージを回した。中に入っている3つのダイスがからからと子気味良い音を立てて止まる。
シャンデリアのひかりをうけて、ダイスが飴玉のようにきらりと妖しく煌めいた。
「2、2、3です」
静かにそう告げる。先程ビッグを宣言した男のチップがあっけなく消えていく。
俺は他の客にも配当を配ったり回収したりしながら、ひやりと冷たいチップを指の間で弄んだ。がっくりと項垂れた客が忌々しげに口の端を歪めている。
ああ、これだからディーラーはやめられない。ここでは一攫千金の夢物語も没落の悲劇も、同時に楽しむことができるのだ。俺は観客。演者はプレイヤーたち。
さぁ次のゲームに行こう、そう思って口を開いたその時。
『慎、俺や。壱馬』
耳につけたインカムに通信が入った。若くしてカジノ部テーブルゲーム課マネージャーを務める川村壱馬だ。
「はい」
『えらい上客が来たで。今お前店に出とるよな?ちょっと他のディーラーじゃ不安やから相手してやってくれへん?俺もこっちの仕事片したらすぐ行くつもりなんやけど』
「上客?」
電子変換されていても壱馬さんの声がいつになく明るいのが分かる。俺はチップの山を整えながら首を傾げた。
上客…誰のことなのだろう。カジノホストという職業柄うちのカジノに来るハイローラーたちの顔と名前、職業、さらにはいつこの店に来るかまでも詳細に把握しているが、今日来る予定の上客はいないはずだ。
ということは新規?どこぞの石油王でも来たのだろうか。
俺は客に聞こえないよう、マイクに向かって小声で尋ねた。
「誰なんですか、それ」
ふふ、マイクの向こうの壱馬さんがご機嫌に笑う。
そして、『彼女』の名前を口にした。
「『梟』や。慎も聞いた事あるやろ」
梟。知っている。
たとえどんなに不利な状況でも必ず勝つと噂の女だ。その無敗記録は今も尚更新中なのだとか。年齢も国籍も、フルネームですら誰も知らない謎多きギャンブルの女神。
幸運の象徴である鳥、梟になぞらえてそう呼ばれている。
その梟が、とうとううちにも。
「兄ちゃん、もう1戦だ。俺は次の勝負に全てを賭ける」
客の声で、俺ははっと我に返った。この1戦を終えたら梟とやらを探しに行こう。新人教育は徹底しているが、まだ日の浅いディーラーに当たるよりかは俺や他の経験豊富な人が対応する方がいいに決まっている。
「どの目に賭けますか?」
「1よ。エニートリプル」
森の奥から吹く風のような、艶やかで心地よい女の声。
その美しい響きに誘われるように、俺は顔を上げた。
少し離れたところに立つ、ひとりの女。
夜空から色を取ってきたような、純黒のスパンコールのドレス。大胆に開いたスリットから覗く脚はすらりと長い。ウエストのまろやかな曲線はほれぼれするような黄金律だ。
流線を描く鎖骨と三角のくぼみ、長い首の上に乗った小さな顔。等身のバランスは羨ましいほど完璧だった。
桃色の薄い唇は泉をたたえて艶めき、高い鼻梁は彼女の顔立ちをよりエキゾチックに見せる影を作る。アーモンド型の大きな目は煙るようなまつ毛に囲まれ、栗色の巻き毛が背中のあたりで揺れている。
そして何よりも印象的なのがこちらを見つめる一対の瞳だ。
この世のありとあらゆる叡智を結集したかのように美しく煌めく宝石の瞳は金色。
猛禽類の瞳だ、俺はふとそう思った。そして直感する。
この女こそが運命の女神。『梟』その人なのだと。
「1の、エニートリプル」
女が微笑をたたえて繰り返す。俺ははっと我に返り、慌ててテーブルの端、開いていた椅子を示した。
「どうぞお座りください。ようこそTHE RAMPAGEへ」
「ありがとう」
椅子に座って脚を組むまでの動作ですら流れるように美しく、洗練されて無駄がない。今までこのテーブルでゲームに興じていた男たちも梟の美しさに当てられたかのようにぼんやりと見とれていた。
俺だってこの神様の悪戯のような造形を心ゆくまで堪能したい。しかし今の俺にはディーラーとしての仕事がある。
「そちらのお客様は?どちらに賭けますか?」
「あ、え…?」
「次のゲームですよ。何に賭けますか」
俺の言葉でようやく今が賭け事の最中だということに気づいたのか、3人の客が各々1~6までの数字が書かれた目にチップを置いた。
チャック・ア・ラックは、古くからある3つのサイコロの数字を当てるゲームだ。テーブルに書かれた1~6までのサイコロの目を表す数字に、何箇所でも賭けることができる。賭けた目が1つ以上出現すれば勝ちとなる、非常にシンプルなルール。
賭け方のバリエーションも様々で、先程この客が賭けたようなビッグ(3個の目の合計が11以上)、スモール(3個の目の合計が10以下)などがある。
それから、この猛禽の目を持つ女が言ったエニートリプル。
エニートリプルとは3個のサイコロの目が全て同じであることに賭けることだ。そして彼女は1にしかチップを置いていない。ルール上は1から6まで全ての数字に賭けることも可能なのだから、彼女は保険を全くかけずに3個のサイコロ全てが1の目を出すことに賭けているのだ。
リスキーな分、リターンは相当なものになる。エニートリプルはうちの場合は30倍の配当を得られるので、彼女が今1の箇所に置いているチップは黒のチップを20枚、つまり2000ドル。
もしこれが的中すれば60000ドルを勝ち取ることになる。日本円で言えば600万もの大金を1度に得るのだ。
これが梟の賭け方か。よほど自分の勝負運に自信があるのだろうか。
心理戦と戦略に重きを置くポーカーやブラックジャックとは違い、ダイスゲームは運がものを言う世界だ。プレイヤーの努力でどうにかなるものではない。
この女は、何を根拠にこんなリスキーな賭けができるのだろう。
俺は他の客がチップを置き終わったのを確認して、やや緊張しながらケージを回した。
ガラガラガラ
ダイスが動きを止める。
ひゅ、と俺の喉を冷たい空気が通っていく。
「1、1、1…」
黒い丸が描かれた面がみっつ、静かにこちらを見上げていた。
まさか、こんなことが。
「冗談だろ…」
誰かが呟く。俺だって冗談だと思いたい。1/216の確率を、彼女はいとも簡単に飛び越えてしまったのだ。
驚愕で言葉も出ない俺たちを他所に、梟は栗色の巻き毛を揺らして柔らかく微笑んだ。
「あら。ラッキーだったわね」