第3章
夢小説設定
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負けた。
あのあおいさんが、初めて負けた。
来栖の屋敷に引っ越すためにホテルを出る日の朝。俺は挨拶をするために見慣れた扉をノックする。
「おはようございます、慎です」
「入って」
ドアを開ける。ニットにミニスカートという出で立ちのあおいさんはソファセットに座っていた。向かいには健太さんと瑠唯さんがいる。
そうか、ふたりはホテル部のツートップだから真っ先にあおいさんに挨拶しにきたのだろう。
「健太さんに瑠唯さん」
「おっまこっちゃんやっほ〜ごめんね、俺たちもう行くから」
「えっもう行くの?もうちょっとあおいさんとお喋り…」
「そういえば力矢さんが『最近また健太が仕事抜け出してるから見張りでも付けとこうかな』って言ってたな」
「それじゃああおいさん!また!必ずまた俺たちのホテルに泊まりにきてくださいね!では!」
爆速で部屋を出ていく健太さんの背中を見送って、瑠唯さんも立ち上がる。
「では、あおいさん。いつものバーでお待ちしておりますので」
「ええ。住むところは変えてもここにはきっとお世話になると思うわ。瑠唯のおいしいカクテルは大好きだから」
すれ違いざまに俺の肩をぽん、と叩いて瑠唯さんも部屋を出ていく。
豪奢で広いリビングには、俺とあおいさんの2人だけ。
「ここに住んでたのは半年だけだったけど名残惜しいわね」
「…もう二度とここに泊まりにこないわけじゃないでしょう。何なら健太さんに頼んでここをあおいさん専用の部屋にしときますよ」
「あら、素敵な申し込みだけれどこんなに素敵な部屋を独り占めしてしまうのはもったいないからやめておくわ」
ベッドの上に置いてあったカバンとコートを拾い上げて、あおいさんは部屋の真ん中に立つ。
なぜだかこの人ともう永遠に会えない気がして、俺は不思議な焦燥に捕らわれる。
別に来栖のものになったからと言ってもうここに遊びにこないわけではないし、俺はこれからもあおいさんの専属カジノホストなのだ。どうしてこんな気持ちになるのだろう。
どうしてこの人が来栖のものになるという事実を、こんなにも苦々しく感じるのだろう。
「…あの」
「何?」
あの日からずっと引っかかっていたことを、どうしても聞きたかったことを。
気がついたら、俺は尋ねていた。
「わざと負けたんじゃないですか」
この半年、ずっと一番近くで見てきた。
あおいさんが負けるはずない。この人は幸運を引き寄せる梟なのだ。
その金色の瞳をまっすぐに見つめる。
あおいさんは俺から一切目をそらさず、ゆっくりと歩み寄ってくる。その唇にはいつもと変わらない微笑みが浮かんでいる。
この人はいつだって完璧で、俺には見えないものを見つめていた。常に1歩先を歩いていた。
手の届かない高嶺の花だった。
「…慎」
あおいさんが俺の前に立つ。いつもよりほんの少しだけ近くに。
嗅ぎなれた香水の匂いがふわりと届く。
透き通った金色が、俺の視界いっぱいに広がった。
「あなたは優しすぎるわ」
ピンヒールの踵が浮く。くちびるが触れ合う。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
一瞬で、永遠だった。
「…さよなら、慎」
あのあおいさんが、初めて負けた。
来栖の屋敷に引っ越すためにホテルを出る日の朝。俺は挨拶をするために見慣れた扉をノックする。
「おはようございます、慎です」
「入って」
ドアを開ける。ニットにミニスカートという出で立ちのあおいさんはソファセットに座っていた。向かいには健太さんと瑠唯さんがいる。
そうか、ふたりはホテル部のツートップだから真っ先にあおいさんに挨拶しにきたのだろう。
「健太さんに瑠唯さん」
「おっまこっちゃんやっほ〜ごめんね、俺たちもう行くから」
「えっもう行くの?もうちょっとあおいさんとお喋り…」
「そういえば力矢さんが『最近また健太が仕事抜け出してるから見張りでも付けとこうかな』って言ってたな」
「それじゃああおいさん!また!必ずまた俺たちのホテルに泊まりにきてくださいね!では!」
爆速で部屋を出ていく健太さんの背中を見送って、瑠唯さんも立ち上がる。
「では、あおいさん。いつものバーでお待ちしておりますので」
「ええ。住むところは変えてもここにはきっとお世話になると思うわ。瑠唯のおいしいカクテルは大好きだから」
すれ違いざまに俺の肩をぽん、と叩いて瑠唯さんも部屋を出ていく。
豪奢で広いリビングには、俺とあおいさんの2人だけ。
「ここに住んでたのは半年だけだったけど名残惜しいわね」
「…もう二度とここに泊まりにこないわけじゃないでしょう。何なら健太さんに頼んでここをあおいさん専用の部屋にしときますよ」
「あら、素敵な申し込みだけれどこんなに素敵な部屋を独り占めしてしまうのはもったいないからやめておくわ」
ベッドの上に置いてあったカバンとコートを拾い上げて、あおいさんは部屋の真ん中に立つ。
なぜだかこの人ともう永遠に会えない気がして、俺は不思議な焦燥に捕らわれる。
別に来栖のものになったからと言ってもうここに遊びにこないわけではないし、俺はこれからもあおいさんの専属カジノホストなのだ。どうしてこんな気持ちになるのだろう。
どうしてこの人が来栖のものになるという事実を、こんなにも苦々しく感じるのだろう。
「…あの」
「何?」
あの日からずっと引っかかっていたことを、どうしても聞きたかったことを。
気がついたら、俺は尋ねていた。
「わざと負けたんじゃないですか」
この半年、ずっと一番近くで見てきた。
あおいさんが負けるはずない。この人は幸運を引き寄せる梟なのだ。
その金色の瞳をまっすぐに見つめる。
あおいさんは俺から一切目をそらさず、ゆっくりと歩み寄ってくる。その唇にはいつもと変わらない微笑みが浮かんでいる。
この人はいつだって完璧で、俺には見えないものを見つめていた。常に1歩先を歩いていた。
手の届かない高嶺の花だった。
「…慎」
あおいさんが俺の前に立つ。いつもよりほんの少しだけ近くに。
嗅ぎなれた香水の匂いがふわりと届く。
透き通った金色が、俺の視界いっぱいに広がった。
「あなたは優しすぎるわ」
ピンヒールの踵が浮く。くちびるが触れ合う。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
一瞬で、永遠だった。
「…さよなら、慎」