第3章
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決戦の日。
VIPルームにはすり鉢型の客席が設けられ、満員の観戦客たちが座ってざわざわと歓談に花を咲かせている。360°見渡してみればカメラが所狭しと並び、アメリカ中にこの対決が中継されていた。
すり鉢の底には一組のポーカー台。俺はそこに立ち、チップを指の間で弄びながらゲームの開始を待っている。
部屋の隅には壱馬さんが影のように存在を殺して立っていた。
あおいさんは黒のドレス。まさに百戦錬磨のカジノクイーンといった美しい出で立ちで俺の左側に座っている。来栖も光沢のあるシルク素材のスリーピーススーツを見にまとい、ロマンスグレーの髪を綺麗になでつけて静かに反対側に座っていた。
「今日はよろしく頼むよ」
「ええ。お手柔らかによろしくお願い致しますわ」
時間だ。
耳につけたインカムに力矢さんの「始めろ」という指示が入り、俺は小さく頷いた。
「アンティを」
俺に促され、2人が手持ちのチップのうち5%をポットに置く。アンティとはゲームの参加料だ。これが今回の俺たちの利益となる。
俺は目の前に差し出された2つのチップの山をひとつかみにし、軽く浮かせて交互に重ね、ひとつの山にする。ディーラーをやっていて身につけた小技だ。
素早く丁寧にトランプを切って5枚配る。
手札を見た2人は眉一つ動かさなかった。
空気が氷のように引き締まる。さっきまでおしゃべりをしていた観客たちも息を詰めてゲームの行方を見守っていた。
あおいさんがスモールブラインド、つまり先にコールやレイズ、チェック等のアクションを行う人だ。俺が視線を向けると、あおいさんは感情の読めないポーカーフェイスで言う。
「ベット、10000」
観客がどよめく。
いきなり10000とは強気だ。今回は最終的な勝ち負けで賭けたものを手に入れられるかが分かってくるためゲーム内のベットを得ることはないのだが、それでも相手の手札を読む指標にはなる。
ここまで遠慮なくチップを出してくるということは、余程いい手札が出たのか。それとも来栖に揺さぶりをかけようとしているのか。
来栖を見ると、彼は余裕ありげな笑みをたたえていた。
「レイズ、15000」
ドローポーカーにおいて対戦相手が賭け金を上昇させるレイズを行った場合、既にベットをしていても全員が同じ額の賭け金を出すために足りない分を補わなければならない。手持ちがレイズされた額に足りない場合はそこでフォールド、つまり負けだ。
来栖の真意は読めないが、俺はとりあえずあおいさんを目で促す。
あおいさんは肩を竦めてもう5000分のチップを差し出した。
ベットが終われば次はドロー、つまり不必要な手札の交換だ。
ドローポーカーは最終的な手札の役の強さを競うゲームだ。ロイヤルストレートフラッシュという言葉は、誰もが1度は聞いた事があるだろう。
あおいさんは黙って2枚のカードを場に置いた。俺が山からカードを伏せたまま2枚配ると、あおいさんは相変わらずポーカーフェイスのままそれを手札に加えた。来栖は3枚をチェンジする。
2度目のアクション。あおいさんは感情を押し殺した声で言う。
「ベット、20000」
壱馬さんが部屋を出ていくのが、視界の端で見えた。
インカムに海青さんの声が入る。
『奴らのお出ましです』
…来たか。恐らく前に俺とあおいさんを襲った謎の襲撃者だ。この大きなゲームに気を取られて守りが薄くなったのだと踏んで突撃をかけてきたのだろうか、俺たちをなめてもらっては困る。
俺は表情を変えないまま、無線のやりとりに耳を傾ける。
『えーこちら翔吾。翔平と共に前線に出ます〜』
『戦闘だーっ!!』
幹部の何人かも戦線に出ているようだ。俺は戦いに出られず残念な気がしたが、この世紀の大一番を1番近くで見ていられるのだから充分ではないかと思い直す。
「レイズ、30000」
再び客がどよめく。
先程から互いに牽制し合う白熱のゲームだ。あおいさんは基本的にいつも攻めて攻めて攻めまくるスタイルだが、来栖は基本的には堅実なゲームをするタイプだ。ここまで積極的にゲームを動かす理由が分からない。
さては余程いい手なのだろうか、とあれこれ考えながらチップの山をポットにまとめる。
あおいさんももう10000分を出し、ドローに入る。カードを変えられるのはこれを含めてあと2回だ。
それで全てが決まる。
あおいさんの金色の目がじっと来栖に注がれる。いつもそうだ。この人の蜜色の瞳は、全てを見通している。
ポーカーは心理戦だ。ベットの仕方、仕草、表情。そういったところから互いの手を読んで、カードチェンジを行うか行わないかを決める。
この半年ほどそばでその姿を見てきたからよく分かるが、あおいさんは相手の心理を読む天才だ。些細なサインを見逃さずに攻めていく。
ただ運がいいだけでは『梟』とまでは呼ばれない。
「見とれるような美しい瞳だね」
「あら、こんなところで口説くおつもり?アメリカ中が見てるのよ」
「構わないさ。俺は俺の全てを賭けて、君を手に入れようとしているんだから」
「ふふ」
しかし、今日はいつもと様子が違った。カードを持つ手に、わずかに力が入っている。緊張しているのだろうか。そんなタイプには思えないが。
結局あおいさんはカードを3枚変えた。来栖は2枚。
最後のベット。
ここで、会場の空気が一変する。
「…チェック」
『なんやて…?』
思わず漏れた、といった感じの壱馬さんの言葉が無線越しに聞こえてきた。俺も自分の耳が信じられずにあおいさんを凝視する。
チェックとはベットを行わずに相手の出方を伺うこと。守りの体制だ。
あおいさんは今まで1度もチェックをしたことはなかった。するまでもなく自分が最強だと信じていたから。
しかし、今日に限ってあおいさんが守りに入っている。
これはどうしたことだ。
『海青、これどうなっとんねん!倒しても倒してもキリないで!』
『いや俺に聞かれても…!おわ、あぶね流れ弾っ』
会場が騒然とするなか、外も正念場を迎えているようだった。例の謎の集団はよほどの手数を揃えてやってきたらしい。
『こちら陣や!昂秀はこのまま相手の情報を調べとけ!海青は全体の陣形を保つことに全力を注いで、翔吾と翔平が自由に暴れられるようにしろ!俺もそっち向かう!』
『『はい!』』
『こちら陸!俺も味方の軍勢揃えて現場行くから持ちこたえて!』
だいぶ混戦になってきたようだ。しかし陣さんと陸さんの中距離連携戦最強コンビが行くなら大丈夫だろう。
さて、こちらの戦いは一体どうなってしまうのか。
来栖は眉をぴくりと持ち上げて、あおいさんを見つめる。
「…ベット、50000」
「強気なのね、珍しい」
「珍しいのはそちらもだろう。チェックなんて貴女らしくもない」
「ギャンブルの女神様は攻めるだけではこっちを向いてくれないのよ」
50000分のチップを俺に差し出しながらあおいさんは笑う。
読めない。この2人が今どんな手札で、どんな気持ちでいるのか。全く読めない。
最後のドローだ。
あおいさんはしばらく自分の手札をじっと見つめていたが、1枚だけをチェンジした。俺から配られたカードを見て、初めて表情を変える。
眉根を寄せる、悩ましげな表情。
それはほんの一瞬だったが、俺はそれを見逃さなかった。
どうした?何があった?
しかし俺がその違和感の正体を探る間もなく、来栖がカードを1枚変える。
彼の口元に浮かんだのは、勝利を確信した者の笑みだった。
「Showdownです」
俺に促され、あおいさんが手札を晒す。
4枚の5、それからハートの8。
「フォーカードですね」
俺の宣言に、観客からおお、という声が上がる。
ポーカーの役の中では3番目に強い役だ。
しかし、あおいさんの表情は固かった。
確かにいつものあおいさんの実力からすればさほど調子がいいとは言えないだろう。だがそこまで弱い手ではない。あとは相手次第だが。
来栖を見る。
彼は笑っていた。
『よーし終了!こちら陸、敵は殲滅したよ。まこっちゃん、そっちはどう?終わった?あおいさんが勝ったでしょ?』
俺は答えられない。
台の上に置かれた来栖の手札から目が離せない。
ダイヤの10、J、Q、K、A。
「ろ、ロイヤルストレートフラッシュ…」
会場はもはや手に負えないほどの興奮に包まれていた。壱馬さんも唖然といった表情で『嘘やろ…』とインカム越しに呟く。
ポーカーにおける最強の役。
つまり、この勝負、勝者は。
勝ったのは。
「勝者、来栖雷蔵さま…、です」
VIPルームにはすり鉢型の客席が設けられ、満員の観戦客たちが座ってざわざわと歓談に花を咲かせている。360°見渡してみればカメラが所狭しと並び、アメリカ中にこの対決が中継されていた。
すり鉢の底には一組のポーカー台。俺はそこに立ち、チップを指の間で弄びながらゲームの開始を待っている。
部屋の隅には壱馬さんが影のように存在を殺して立っていた。
あおいさんは黒のドレス。まさに百戦錬磨のカジノクイーンといった美しい出で立ちで俺の左側に座っている。来栖も光沢のあるシルク素材のスリーピーススーツを見にまとい、ロマンスグレーの髪を綺麗になでつけて静かに反対側に座っていた。
「今日はよろしく頼むよ」
「ええ。お手柔らかによろしくお願い致しますわ」
時間だ。
耳につけたインカムに力矢さんの「始めろ」という指示が入り、俺は小さく頷いた。
「アンティを」
俺に促され、2人が手持ちのチップのうち5%をポットに置く。アンティとはゲームの参加料だ。これが今回の俺たちの利益となる。
俺は目の前に差し出された2つのチップの山をひとつかみにし、軽く浮かせて交互に重ね、ひとつの山にする。ディーラーをやっていて身につけた小技だ。
素早く丁寧にトランプを切って5枚配る。
手札を見た2人は眉一つ動かさなかった。
空気が氷のように引き締まる。さっきまでおしゃべりをしていた観客たちも息を詰めてゲームの行方を見守っていた。
あおいさんがスモールブラインド、つまり先にコールやレイズ、チェック等のアクションを行う人だ。俺が視線を向けると、あおいさんは感情の読めないポーカーフェイスで言う。
「ベット、10000」
観客がどよめく。
いきなり10000とは強気だ。今回は最終的な勝ち負けで賭けたものを手に入れられるかが分かってくるためゲーム内のベットを得ることはないのだが、それでも相手の手札を読む指標にはなる。
ここまで遠慮なくチップを出してくるということは、余程いい手札が出たのか。それとも来栖に揺さぶりをかけようとしているのか。
来栖を見ると、彼は余裕ありげな笑みをたたえていた。
「レイズ、15000」
ドローポーカーにおいて対戦相手が賭け金を上昇させるレイズを行った場合、既にベットをしていても全員が同じ額の賭け金を出すために足りない分を補わなければならない。手持ちがレイズされた額に足りない場合はそこでフォールド、つまり負けだ。
来栖の真意は読めないが、俺はとりあえずあおいさんを目で促す。
あおいさんは肩を竦めてもう5000分のチップを差し出した。
ベットが終われば次はドロー、つまり不必要な手札の交換だ。
ドローポーカーは最終的な手札の役の強さを競うゲームだ。ロイヤルストレートフラッシュという言葉は、誰もが1度は聞いた事があるだろう。
あおいさんは黙って2枚のカードを場に置いた。俺が山からカードを伏せたまま2枚配ると、あおいさんは相変わらずポーカーフェイスのままそれを手札に加えた。来栖は3枚をチェンジする。
2度目のアクション。あおいさんは感情を押し殺した声で言う。
「ベット、20000」
壱馬さんが部屋を出ていくのが、視界の端で見えた。
インカムに海青さんの声が入る。
『奴らのお出ましです』
…来たか。恐らく前に俺とあおいさんを襲った謎の襲撃者だ。この大きなゲームに気を取られて守りが薄くなったのだと踏んで突撃をかけてきたのだろうか、俺たちをなめてもらっては困る。
俺は表情を変えないまま、無線のやりとりに耳を傾ける。
『えーこちら翔吾。翔平と共に前線に出ます〜』
『戦闘だーっ!!』
幹部の何人かも戦線に出ているようだ。俺は戦いに出られず残念な気がしたが、この世紀の大一番を1番近くで見ていられるのだから充分ではないかと思い直す。
「レイズ、30000」
再び客がどよめく。
先程から互いに牽制し合う白熱のゲームだ。あおいさんは基本的にいつも攻めて攻めて攻めまくるスタイルだが、来栖は基本的には堅実なゲームをするタイプだ。ここまで積極的にゲームを動かす理由が分からない。
さては余程いい手なのだろうか、とあれこれ考えながらチップの山をポットにまとめる。
あおいさんももう10000分を出し、ドローに入る。カードを変えられるのはこれを含めてあと2回だ。
それで全てが決まる。
あおいさんの金色の目がじっと来栖に注がれる。いつもそうだ。この人の蜜色の瞳は、全てを見通している。
ポーカーは心理戦だ。ベットの仕方、仕草、表情。そういったところから互いの手を読んで、カードチェンジを行うか行わないかを決める。
この半年ほどそばでその姿を見てきたからよく分かるが、あおいさんは相手の心理を読む天才だ。些細なサインを見逃さずに攻めていく。
ただ運がいいだけでは『梟』とまでは呼ばれない。
「見とれるような美しい瞳だね」
「あら、こんなところで口説くおつもり?アメリカ中が見てるのよ」
「構わないさ。俺は俺の全てを賭けて、君を手に入れようとしているんだから」
「ふふ」
しかし、今日はいつもと様子が違った。カードを持つ手に、わずかに力が入っている。緊張しているのだろうか。そんなタイプには思えないが。
結局あおいさんはカードを3枚変えた。来栖は2枚。
最後のベット。
ここで、会場の空気が一変する。
「…チェック」
『なんやて…?』
思わず漏れた、といった感じの壱馬さんの言葉が無線越しに聞こえてきた。俺も自分の耳が信じられずにあおいさんを凝視する。
チェックとはベットを行わずに相手の出方を伺うこと。守りの体制だ。
あおいさんは今まで1度もチェックをしたことはなかった。するまでもなく自分が最強だと信じていたから。
しかし、今日に限ってあおいさんが守りに入っている。
これはどうしたことだ。
『海青、これどうなっとんねん!倒しても倒してもキリないで!』
『いや俺に聞かれても…!おわ、あぶね流れ弾っ』
会場が騒然とするなか、外も正念場を迎えているようだった。例の謎の集団はよほどの手数を揃えてやってきたらしい。
『こちら陣や!昂秀はこのまま相手の情報を調べとけ!海青は全体の陣形を保つことに全力を注いで、翔吾と翔平が自由に暴れられるようにしろ!俺もそっち向かう!』
『『はい!』』
『こちら陸!俺も味方の軍勢揃えて現場行くから持ちこたえて!』
だいぶ混戦になってきたようだ。しかし陣さんと陸さんの中距離連携戦最強コンビが行くなら大丈夫だろう。
さて、こちらの戦いは一体どうなってしまうのか。
来栖は眉をぴくりと持ち上げて、あおいさんを見つめる。
「…ベット、50000」
「強気なのね、珍しい」
「珍しいのはそちらもだろう。チェックなんて貴女らしくもない」
「ギャンブルの女神様は攻めるだけではこっちを向いてくれないのよ」
50000分のチップを俺に差し出しながらあおいさんは笑う。
読めない。この2人が今どんな手札で、どんな気持ちでいるのか。全く読めない。
最後のドローだ。
あおいさんはしばらく自分の手札をじっと見つめていたが、1枚だけをチェンジした。俺から配られたカードを見て、初めて表情を変える。
眉根を寄せる、悩ましげな表情。
それはほんの一瞬だったが、俺はそれを見逃さなかった。
どうした?何があった?
しかし俺がその違和感の正体を探る間もなく、来栖がカードを1枚変える。
彼の口元に浮かんだのは、勝利を確信した者の笑みだった。
「Showdownです」
俺に促され、あおいさんが手札を晒す。
4枚の5、それからハートの8。
「フォーカードですね」
俺の宣言に、観客からおお、という声が上がる。
ポーカーの役の中では3番目に強い役だ。
しかし、あおいさんの表情は固かった。
確かにいつものあおいさんの実力からすればさほど調子がいいとは言えないだろう。だがそこまで弱い手ではない。あとは相手次第だが。
来栖を見る。
彼は笑っていた。
『よーし終了!こちら陸、敵は殲滅したよ。まこっちゃん、そっちはどう?終わった?あおいさんが勝ったでしょ?』
俺は答えられない。
台の上に置かれた来栖の手札から目が離せない。
ダイヤの10、J、Q、K、A。
「ろ、ロイヤルストレートフラッシュ…」
会場はもはや手に負えないほどの興奮に包まれていた。壱馬さんも唖然といった表情で『嘘やろ…』とインカム越しに呟く。
ポーカーにおける最強の役。
つまり、この勝負、勝者は。
勝ったのは。
「勝者、来栖雷蔵さま…、です」