第二章
夢小説設定
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雑誌の取材とそのスチール撮影がだいぶ押してしまい、全て終わった頃にはもう外は暗くなり始めていた。
「お疲れ様でした」
「お疲れっした」
楽屋に戻って、さくらに連絡しようとスマホを見る。
「…え?」
ロック画面にずらりと並ぶさくらからの不在着信とLINE。
『助けて』の文字。
「何、どしたの樹」
驚いて思わず声をあげた俺に、北人さんが尋ねた。
俺はそれに答えず、荷物をひっつかんで楽屋を飛び出す。途中で昂秀にぶつかりそうになったが謝る暇はなかった。
外でタクシーに乗り込んで、さくらに電話をかける。
「もしもし、さくら!?」
『樹…』
声が震えている。
こんなに弱々しい声を聞くのは初めてだった。
「今どこ!?大丈夫!?」
『今家の近くの交番』
交番。やっぱり何かあったんだ。
前に言ってたストーカー?まさか家にまで押しかけたのか?さくらは無事?怪我はない?
『樹に会いたいよ…』
思考回路がぐちゃぐちゃになる俺の耳に、さくらの声が飛び込んできた。
『お願い』
ずくんと心が重たくなる。
行かなきゃ。あいつのそばに。
「すぐ行くから。そこは安全なんだね?」
『うん』
「わかった。ちょっとだけ待ってて」
俺はタクシーの運転手さんに住所を告げ、できる限り急いでもらう。
そして到着すると、五千円札を放り出してお釣りも受け取らずに交番に飛び込んだ。
「さくら!!」
「樹…」
交番の奥の椅子に座っていたさくらが振り返る。立ち上がると、俺の腕の中に飛び込んできた。
華奢な身体が震えている。
「樹…っ」
俺はわけも分からずその髪を撫でながら、制服巡査に尋ねた。
「何があったんですか?」
「ストーカー行為にあったみたいなんです。路上で襲われて、自力でここに逃げてきて。男は現行犯で逮捕、署に連行されました」
やっぱり。最近さくらが電話で言っていたのはその男のことだったんだ。
さくらを守れなかった自分とその男に激しい怒りが湧いてきたが、まずは怯えきっているさくらを安心させることが最優先だ。強く抱きしめる。
「もう大丈夫だから。もう怖くない」
「う…っ、ひっく、」
さくらが落ち着くまで待って、涙で濡れた顔を覗き込む。
「怖かったな。守ってやれなくてごめん」
「、ううん、私も、迷惑かけて…ごめん」
「迷惑なんかじゃない」
さくらは俺の大切なひとだから。
その時、それまで黙っていた警官が遠慮がちに声をかけた。
「あの…調査のために色々と聞きたいことがあるんですが…お二人ご一緒で構わないので、ご協力願います」
「はい」
俺は警官の質問に答えるさくらの隣に座って震えるその手を握っていた。
さくらの話はとても痛々しくて、改めて自分の不甲斐なさ、歪んだ思いを一方的に押し付ける男への怒りに苛まれる。
「犯人の男の今後などは、また追って連絡しますので。今日はパトカーで家まで送りますよ」
「あ、あの」
「はい?」
「家に帰るのは怖いので…どこか別のホテルかどこかに泊まろうと思うんですけど」
「あぁ、そうですよね」
こんなにも怯えたさくらを、初めて見た。
それほどまでに心の傷は深いのだ。
立ち直れないかもしれない。
ふと俺の心にそんな不安がぽっかりと浮かび上がる。
…いや、とにかく。今はできる限りそばにいて、安心させてやらないと。
罪滅ぼしとかではなく、たださくらのためにできることを。
「じゃあ…お世話になりました」
俺とさくらはパトカーに乗り込み、俺の寮の近くにあるビジネスホテルへ。
「俺、一緒にいた方がいい?ひとりになりたい?」
「…一緒にいてほしい」
「ん。分かった」
ダブルルームに入ると、さくらはベッドのふちにぽすんと座り込んだ。
「日本号ひとりで寂しがってるかな」
「明日俺が行って餌やっとく。さくらがしばらくあの家に戻りたくないならペットホテルに預けるし」
「うん」
こんな時でも猫の心配。人のことを言えないけど、こいつは根っからの猫好きだ。
その時、俺のスマホがポケットで震えた。画面を見ると、北人さんからの着信。
「俺、ちょっと電話出てくる。扉出たところにいるから」
「ん」
ホテルの廊下に出て通話ボタンを押す。
『あ、繋がった!力矢さん、繋がりました!』
『樹!!お前いまどこで何やってんだ!!』
力矢さんの怒鳴り声が鼓膜を直撃して、俺は思わずスマホを耳から離した。ま、いくら撮影が終わっていたとはいえ、挨拶も説明もなしに現場飛び出したら怒られるか。
「…すみません」
『何も言わずにいきなり楽屋飛び出して、みんなめちゃくちゃ心配したんだぞ!』
「すみません。ちょっと事情があって」
俺の深刻そうな声に、自然と陣さんの声のトーンも低くなった。
『事情?なんやねん、何かトラブルにでも巻き込まれたか?』
向こうはスピーカーにしたのか、みんなの声が聞こえてくる。15人分の声が聞こえてくることからすると、相当心配をかけたようだ。
俺は少し迷って、事の顛末をちゃんと説明することにした。
「実は…」
俺の話が終わる頃には、向こう側は重苦しい雰囲気で静まり返っていた。
『ストーカー…許せへんな』
壱馬さんの声に怒りが滲んでいる。
あいつは、あいつだけは許せない。もう二度とさくらには近づかせない。
『最悪の事態にならなかったのがせめてもの救いだったね。じゃあ今日はずっとさくらについててあげるの?帰ってこない?』
北人さんに尋ねられ、俺は首肯した。
「はい。明日の朝のトレーニングとその後のリハはちゃんと行きます」
『分かった。俺たちにできることあったらやるから、いつでも言ってな。とにかくさくらちゃんが元気になって、また一緒にお酒飲んでくれることを願ってる』
「ありがとうございます力矢さん。それじゃ、失礼します」
さくらにあんなことがあって俺も気が動転していたが、メンバーの声を聞いたら少し心が落ち着いた気がする。
部屋に戻ると、さくらはベッドの上で丸くなっていた。
寝てしまったのだろうか。俺はベッドのふちに座ってその髪を撫でる。
「……ごめん」
ほろりと、言葉が零れ落ちた。
ごめん。
「守ってあげられなかった。幼なじみなのに…俺の大切なひとなのに」
もしあのままどこかへ連れ去られてしまったら、と想像するとぞっとする。
さくらがいない日常なんて考えられない。それはすなわち、俺の心の死だ。
恋愛感情とか、もはやそんな次元じゃない。
唯一無二のかけがえのない存在。誰よりも大切なひと。
「お前を失うのが、一番怖い」
その時、さくらが「ん…」とかすかに寝言をこぼした。
「や、だ……」
苦しげに眉根を寄せて、浮かされたように途切れ途切れに呟く。今日の出来事を夢に見ているのだろうか。
閉じた瞼の間から、涙が一筋流れた。
「たすけて、いつき……」
「っ、」
あまりにも切実なその声が、表情が。
俺のなかをいっぱいにして、心を濡らしていく。
さくらの額に自分の額をそっと合わせた。
「俺が、そばにいるから。ここにいるから」
だから、もう泣かないで。
「お疲れ様でした」
「お疲れっした」
楽屋に戻って、さくらに連絡しようとスマホを見る。
「…え?」
ロック画面にずらりと並ぶさくらからの不在着信とLINE。
『助けて』の文字。
「何、どしたの樹」
驚いて思わず声をあげた俺に、北人さんが尋ねた。
俺はそれに答えず、荷物をひっつかんで楽屋を飛び出す。途中で昂秀にぶつかりそうになったが謝る暇はなかった。
外でタクシーに乗り込んで、さくらに電話をかける。
「もしもし、さくら!?」
『樹…』
声が震えている。
こんなに弱々しい声を聞くのは初めてだった。
「今どこ!?大丈夫!?」
『今家の近くの交番』
交番。やっぱり何かあったんだ。
前に言ってたストーカー?まさか家にまで押しかけたのか?さくらは無事?怪我はない?
『樹に会いたいよ…』
思考回路がぐちゃぐちゃになる俺の耳に、さくらの声が飛び込んできた。
『お願い』
ずくんと心が重たくなる。
行かなきゃ。あいつのそばに。
「すぐ行くから。そこは安全なんだね?」
『うん』
「わかった。ちょっとだけ待ってて」
俺はタクシーの運転手さんに住所を告げ、できる限り急いでもらう。
そして到着すると、五千円札を放り出してお釣りも受け取らずに交番に飛び込んだ。
「さくら!!」
「樹…」
交番の奥の椅子に座っていたさくらが振り返る。立ち上がると、俺の腕の中に飛び込んできた。
華奢な身体が震えている。
「樹…っ」
俺はわけも分からずその髪を撫でながら、制服巡査に尋ねた。
「何があったんですか?」
「ストーカー行為にあったみたいなんです。路上で襲われて、自力でここに逃げてきて。男は現行犯で逮捕、署に連行されました」
やっぱり。最近さくらが電話で言っていたのはその男のことだったんだ。
さくらを守れなかった自分とその男に激しい怒りが湧いてきたが、まずは怯えきっているさくらを安心させることが最優先だ。強く抱きしめる。
「もう大丈夫だから。もう怖くない」
「う…っ、ひっく、」
さくらが落ち着くまで待って、涙で濡れた顔を覗き込む。
「怖かったな。守ってやれなくてごめん」
「、ううん、私も、迷惑かけて…ごめん」
「迷惑なんかじゃない」
さくらは俺の大切なひとだから。
その時、それまで黙っていた警官が遠慮がちに声をかけた。
「あの…調査のために色々と聞きたいことがあるんですが…お二人ご一緒で構わないので、ご協力願います」
「はい」
俺は警官の質問に答えるさくらの隣に座って震えるその手を握っていた。
さくらの話はとても痛々しくて、改めて自分の不甲斐なさ、歪んだ思いを一方的に押し付ける男への怒りに苛まれる。
「犯人の男の今後などは、また追って連絡しますので。今日はパトカーで家まで送りますよ」
「あ、あの」
「はい?」
「家に帰るのは怖いので…どこか別のホテルかどこかに泊まろうと思うんですけど」
「あぁ、そうですよね」
こんなにも怯えたさくらを、初めて見た。
それほどまでに心の傷は深いのだ。
立ち直れないかもしれない。
ふと俺の心にそんな不安がぽっかりと浮かび上がる。
…いや、とにかく。今はできる限りそばにいて、安心させてやらないと。
罪滅ぼしとかではなく、たださくらのためにできることを。
「じゃあ…お世話になりました」
俺とさくらはパトカーに乗り込み、俺の寮の近くにあるビジネスホテルへ。
「俺、一緒にいた方がいい?ひとりになりたい?」
「…一緒にいてほしい」
「ん。分かった」
ダブルルームに入ると、さくらはベッドのふちにぽすんと座り込んだ。
「日本号ひとりで寂しがってるかな」
「明日俺が行って餌やっとく。さくらがしばらくあの家に戻りたくないならペットホテルに預けるし」
「うん」
こんな時でも猫の心配。人のことを言えないけど、こいつは根っからの猫好きだ。
その時、俺のスマホがポケットで震えた。画面を見ると、北人さんからの着信。
「俺、ちょっと電話出てくる。扉出たところにいるから」
「ん」
ホテルの廊下に出て通話ボタンを押す。
『あ、繋がった!力矢さん、繋がりました!』
『樹!!お前いまどこで何やってんだ!!』
力矢さんの怒鳴り声が鼓膜を直撃して、俺は思わずスマホを耳から離した。ま、いくら撮影が終わっていたとはいえ、挨拶も説明もなしに現場飛び出したら怒られるか。
「…すみません」
『何も言わずにいきなり楽屋飛び出して、みんなめちゃくちゃ心配したんだぞ!』
「すみません。ちょっと事情があって」
俺の深刻そうな声に、自然と陣さんの声のトーンも低くなった。
『事情?なんやねん、何かトラブルにでも巻き込まれたか?』
向こうはスピーカーにしたのか、みんなの声が聞こえてくる。15人分の声が聞こえてくることからすると、相当心配をかけたようだ。
俺は少し迷って、事の顛末をちゃんと説明することにした。
「実は…」
俺の話が終わる頃には、向こう側は重苦しい雰囲気で静まり返っていた。
『ストーカー…許せへんな』
壱馬さんの声に怒りが滲んでいる。
あいつは、あいつだけは許せない。もう二度とさくらには近づかせない。
『最悪の事態にならなかったのがせめてもの救いだったね。じゃあ今日はずっとさくらについててあげるの?帰ってこない?』
北人さんに尋ねられ、俺は首肯した。
「はい。明日の朝のトレーニングとその後のリハはちゃんと行きます」
『分かった。俺たちにできることあったらやるから、いつでも言ってな。とにかくさくらちゃんが元気になって、また一緒にお酒飲んでくれることを願ってる』
「ありがとうございます力矢さん。それじゃ、失礼します」
さくらにあんなことがあって俺も気が動転していたが、メンバーの声を聞いたら少し心が落ち着いた気がする。
部屋に戻ると、さくらはベッドの上で丸くなっていた。
寝てしまったのだろうか。俺はベッドのふちに座ってその髪を撫でる。
「……ごめん」
ほろりと、言葉が零れ落ちた。
ごめん。
「守ってあげられなかった。幼なじみなのに…俺の大切なひとなのに」
もしあのままどこかへ連れ去られてしまったら、と想像するとぞっとする。
さくらがいない日常なんて考えられない。それはすなわち、俺の心の死だ。
恋愛感情とか、もはやそんな次元じゃない。
唯一無二のかけがえのない存在。誰よりも大切なひと。
「お前を失うのが、一番怖い」
その時、さくらが「ん…」とかすかに寝言をこぼした。
「や、だ……」
苦しげに眉根を寄せて、浮かされたように途切れ途切れに呟く。今日の出来事を夢に見ているのだろうか。
閉じた瞼の間から、涙が一筋流れた。
「たすけて、いつき……」
「っ、」
あまりにも切実なその声が、表情が。
俺のなかをいっぱいにして、心を濡らしていく。
さくらの額に自分の額をそっと合わせた。
「俺が、そばにいるから。ここにいるから」
だから、もう泣かないで。