第五章
夢小説設定
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母親は娼館で働く娼婦だった。
父親は裕福な武器商人で、母と心の底から愛し合い結婚まで約束した仲。しかし、母が俺を身ごもったのと父の乗った貿易船が嵐に巻き込まれて太平洋に沈んだのはほぼ同時だった。
母は父の忘れ形見である俺を育てるため、娼婦を続けることにした。
母が仕事の時は、館に住み込みで働く他の娼婦が面倒を見てくれる。みんな優しくて、俺は貧しいながらも幸せな幼少期を過ごしていた。
「慎、こっちへいらっしゃい。髪が長いから少し切ってあげる」
「うん」
館の俺と母親が暮らす部屋で、母はたまに俺の髪を切ってくれる。
「慎の髪はお父さん譲りで綺麗な黒ね。クセもないのが羨ましいわ」
「母さんの巻き毛も綺麗だと思うけどなぁ」
母さんは薄茶色の巻き毛を揺らして笑った。
「ふふ、ありがとう。慎は将来女のコにモテそうね」
子供である俺から見ても若々しく美人だった母にそう言って貰えたのが嬉しかったのを今でも覚えている。
「俺もいつか母さんと父さんみたいな、運命の人に出会えるかな」
「ええ…必ず出会えるわ。慎のその目なら、見逃す心配もないだろうし」
父さんから譲り受けた『広目天』。父は未来や過去を見るところまでは使いこなせなかったみたいだけど。
「いつかそういう相手に出会えたら大切にしなくちゃだめよ?失ってから気づくのでは遅すぎる」
鏡越しに見る母さんの顔に蔭が射す。
母さんは今でもたまに父さんのことを思い出してこっそり泣いている。
「…分かった」
俺はいつか出会うはずの運命の人も、母さんも幸せにしてあげようなんて子供心に決意した。
大切な人の悲しい涙は、もう見たくない。
…それから俺には、もうひとり大切にしたい人がいた。
「あ、慎くん!おはよう」
「おはよう」
娼館の足元に広がる街の、小さな花屋。そこを営む夫婦の、俺と同い年の娘だ。日本人離れしたグレーの瞳が印象的だった。
俺は毎朝お使いを頼まれて娼館に飾るための花を買いに来る。
彼女の人懐っこい笑顔は見ているこちらも幸せになるようで、俺はいつしか幼心にも淡い恋心を抱くようになっていった。
「あら慎くんおはよう」
「よぉ慎くん、今日もイケメンだなぁ」
「おはようおばさんおじさん」
「今日はどんな花が欲しいの?」
「青い花」
娼婦の息子で能力者というだけで大抵の人は蔑みの目を向けてくるが、この家族はそんなふうに俺に接したことは1度もない。
「デルフィニウムは青い花の代名詞。鮮やかで綺麗でしょう?」
「これは慎くんもよく見るんじゃないか?アジサイはひと房が大きいから生け花にも映えるけど、花言葉が『移り気』ってちょっとネガティブだから要注意だな」
手際よく様々な青い花の入ったバケツを俺の前に並べながら説明してくれる。その中で俺が気に入ったのは、グレーの瞳の彼女が見せてくれた一輪の花だった。
「これは青いカーネーション、ムーンダスト。花言葉は『永遠の幸福』。幸せを願う青い花って言って花嫁さんが身につけたりするんだよ」
「幸せを願う青い花…」
「素敵だよね」
「うん」
俺はこれを買うことにした。きっと娼館のみんなも喜んでくれる。
「はいお釣り。いつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
悪戯っぽく笑う頬のえくぼが可愛いらしい。
好きだなぁと、改めて思った。
「ありがと。じゃあ、また明日」
「また明日ね慎くん」
俺は彼女に手を振ると、買ったばかりの青いカーネーションを抱えて駆け出した。
角を曲がる前に花屋を振り返ると、彼女はまだ店の前に立ってこちらに手を振っている。
せつな、俺は彼女の背後で何かが爆発したような気がして目を見開いた。
目をゴシゴシ擦ってもう一度見たが、そんな痕跡はない。ただの見間違いか、幻覚のようだ。
(なんだろう、今の)
俺は首を傾げると彼女にひらりと手を振って、また館への道を走り始めた。
今覚えば、あれはまだ能力の扱いが未熟だった俺が見た彼女の未来だったのだ。
そしてその日の昼過ぎ、彼女の店は爆発テロに巻き込まれ両親もろとも死んでしまった。
父親は裕福な武器商人で、母と心の底から愛し合い結婚まで約束した仲。しかし、母が俺を身ごもったのと父の乗った貿易船が嵐に巻き込まれて太平洋に沈んだのはほぼ同時だった。
母は父の忘れ形見である俺を育てるため、娼婦を続けることにした。
母が仕事の時は、館に住み込みで働く他の娼婦が面倒を見てくれる。みんな優しくて、俺は貧しいながらも幸せな幼少期を過ごしていた。
「慎、こっちへいらっしゃい。髪が長いから少し切ってあげる」
「うん」
館の俺と母親が暮らす部屋で、母はたまに俺の髪を切ってくれる。
「慎の髪はお父さん譲りで綺麗な黒ね。クセもないのが羨ましいわ」
「母さんの巻き毛も綺麗だと思うけどなぁ」
母さんは薄茶色の巻き毛を揺らして笑った。
「ふふ、ありがとう。慎は将来女のコにモテそうね」
子供である俺から見ても若々しく美人だった母にそう言って貰えたのが嬉しかったのを今でも覚えている。
「俺もいつか母さんと父さんみたいな、運命の人に出会えるかな」
「ええ…必ず出会えるわ。慎のその目なら、見逃す心配もないだろうし」
父さんから譲り受けた『広目天』。父は未来や過去を見るところまでは使いこなせなかったみたいだけど。
「いつかそういう相手に出会えたら大切にしなくちゃだめよ?失ってから気づくのでは遅すぎる」
鏡越しに見る母さんの顔に蔭が射す。
母さんは今でもたまに父さんのことを思い出してこっそり泣いている。
「…分かった」
俺はいつか出会うはずの運命の人も、母さんも幸せにしてあげようなんて子供心に決意した。
大切な人の悲しい涙は、もう見たくない。
…それから俺には、もうひとり大切にしたい人がいた。
「あ、慎くん!おはよう」
「おはよう」
娼館の足元に広がる街の、小さな花屋。そこを営む夫婦の、俺と同い年の娘だ。日本人離れしたグレーの瞳が印象的だった。
俺は毎朝お使いを頼まれて娼館に飾るための花を買いに来る。
彼女の人懐っこい笑顔は見ているこちらも幸せになるようで、俺はいつしか幼心にも淡い恋心を抱くようになっていった。
「あら慎くんおはよう」
「よぉ慎くん、今日もイケメンだなぁ」
「おはようおばさんおじさん」
「今日はどんな花が欲しいの?」
「青い花」
娼婦の息子で能力者というだけで大抵の人は蔑みの目を向けてくるが、この家族はそんなふうに俺に接したことは1度もない。
「デルフィニウムは青い花の代名詞。鮮やかで綺麗でしょう?」
「これは慎くんもよく見るんじゃないか?アジサイはひと房が大きいから生け花にも映えるけど、花言葉が『移り気』ってちょっとネガティブだから要注意だな」
手際よく様々な青い花の入ったバケツを俺の前に並べながら説明してくれる。その中で俺が気に入ったのは、グレーの瞳の彼女が見せてくれた一輪の花だった。
「これは青いカーネーション、ムーンダスト。花言葉は『永遠の幸福』。幸せを願う青い花って言って花嫁さんが身につけたりするんだよ」
「幸せを願う青い花…」
「素敵だよね」
「うん」
俺はこれを買うことにした。きっと娼館のみんなも喜んでくれる。
「はいお釣り。いつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
悪戯っぽく笑う頬のえくぼが可愛いらしい。
好きだなぁと、改めて思った。
「ありがと。じゃあ、また明日」
「また明日ね慎くん」
俺は彼女に手を振ると、買ったばかりの青いカーネーションを抱えて駆け出した。
角を曲がる前に花屋を振り返ると、彼女はまだ店の前に立ってこちらに手を振っている。
せつな、俺は彼女の背後で何かが爆発したような気がして目を見開いた。
目をゴシゴシ擦ってもう一度見たが、そんな痕跡はない。ただの見間違いか、幻覚のようだ。
(なんだろう、今の)
俺は首を傾げると彼女にひらりと手を振って、また館への道を走り始めた。
今覚えば、あれはまだ能力の扱いが未熟だった俺が見た彼女の未来だったのだ。
そしてその日の昼過ぎ、彼女の店は爆発テロに巻き込まれ両親もろとも死んでしまった。