第三章
夢小説設定
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「私の質問に30秒以内に答えない場合は、右の小指から順番に骨を折ってくからね。つまり質問は10個」
テロ未遂事件の翌日。
私は椅子に縛り付けられた40代後半のカルト信者の女性に向かい合っていた。昨日壱馬が捕らえてくれた捕虜だ。
「私はたとえこの命尽きようとも、決して何も話しません」
「尽きてもらっちゃ困るよ。あなたの口が動くうちに聞きたいことがいっぱいあるんだから」
厚ぼったい一重の奥、黒い瞳は静かに凪いでいた。これから起こりうる絶望的なまでの苦しみと死を覚悟して悟りでも開いたのだろうか。
「1つ目。あなたの名前は?」
「答えません」
「1、2、3、……30」
ペンチで右手の小指を挟み、本来の可動域とは逆方向に無理やり持ち上げた。手応えと同時に彼女が血が滲むほど強く唇を噛み締める。
尋問は私がやると言って正解だった。きっとみんなからしたら抵抗出来ない女を傷つけることなんて、仕事とはいえ進んでやりたいものじゃないだろうから。
THE RAMPAGEのみならずLDHのメンバーは必ず任務を遂行するという鋼の意思のようなものを全員が持っていると思う。
HIROの期待に応えるためなら自分の命すら投げうち、どんな非道な手段でもこなしてみせる、いや、やらねばならないという一種の強迫観念。みんなそれを誰に教えられる訳でもなく、無意識のうちに自分の心に作り上げている。
しかしそれでもなお人間らしい心は忘れていない。
それは確かに『正義の味方』には必要なのかもしれないが、もともと裏社会で生きてきた私からすれば中途半端。生ぬるい心の隙間だ。そこのスキを見せたりつけ込まれたりしたら上手くいかないのだ、拷問というものは。
拷問の技術ならマフィア時代に学んだ。
どこが1番痛いか、どうやってギリギリで生命を保っておくか、どんな言葉で相手を追い詰めるか。
「2つ。家族はいる?」
「答えません」
「…29、30」
「4つ。信仰する神様はいる?」
「こたえ、ません」
「30」
「8つ。あなたが今属している組織は何?」
「ぅあ…っ、こたえないっ、」
「さんじゅう」
順番に折っていって、残るは左手の小指だけになってしまった。
「10個目の質問ね」
血濡れのペンチを彼女の顎にかけ、くいと顔を持ち上げる。
「あなたたちのボスは誰?」
彼女は涙と脂汗でぐしゃぐしゃになった顔で、私を睨みつけた。
「こたえない」
「1、2、3、4、5」
30。
べきっと、小枝が折れるみたいな音が響いた。
叫び声ひとつ上げないとは、たいした根性だ。16人のメンバーは私の後ろから無表情で様子を伺っている。
「じゃあ次は足の指行ってみようか。まこっちゃん、新しいペンチ持ってきて」
「…みさ」
「なに」
慎の黒真珠のような瞳が一瞬迷いを帯びるように揺れ、伏せられた。
「…いや、分かった」
新しいペンチを手に戻ってきた慎は彼女の前にしゃがみこむ。
「俺がやる」
「あ、そう?じゃあ私質問係ね」
私はさっきと同じ10個の質問を同じ順番で繰り返した。彼女の答えもさっきと同じ。慎は何かを押し殺したような表情でペンチを動かしている。
「これで人体約200本の骨のうち20本の骨が折れちゃったわけだけど、何か感想はある?」
「これ以上何をやっても無駄よ。私は絶対に、あなたたちには屈しないわ」
「ま、10%の骨折られて口割らない奴は50%でも90%でも言わないだろうね」
「分かっているなら一思いに殺しなさい。私が死んでも、この魂は仲間の元へ再び還り生まれ変わる。死など怖くないわ」
還る。命が。
輪廻転生というやつか。
「それがあんたらの宗教が信じているもの?」
彼女が一瞬口ごもった。
ビンゴだ。
私はニヤリと笑ってまこっちゃんの後ろから身を乗り出す。
「ちょっと喋りすぎちゃったねぇ、お姉さん?」
これだから尋問拷問の類は面白いのだ。蜘蛛の巣のように張り巡らせたトラップに、どうやって誘導していくか。どうやって敵の精神を追い詰めていくか。
一種の心理ゲームだ。
彼女が燃えるような瞳で私を睨みつけた。私にとってはそれすらも面白く感じられて、喉の奥でくつくつと低く笑う。
「やっぱ掘り下げ甲斐があるね。でもあなたに痛みは効かないみたいだし、方法を変えようか」
私は立ち上がって私の横に来た慎の背中をぽん、と叩いた。
「ここに16人の男がいます。この中から誰かひとり選んで。ナニされるかぐらい言わなくても分かるよね」
女の瞳が大きく見開かれた。その瞳に初めて怒りの炎が灯る。
「…自分を犯す相手を自分で選べと?」
「楽しいでしょ」
彼女の瞳に宿る怒りの炎がさらに激しく燃え上がった。
女として最大級の屈辱だ、骨を折ったり肉を削いだりするよりも絶大な場合がある。
まぁ選ばれた人にはちょっと頑張ってもらわないといけないけど。
「いい?」
後ろを振り返って力矢に確認する。
「ああ」
力矢は低い声でそれだけ答えた。
ま、そりゃ嫌だよね。ごめんね。でもやめる気はないんだ、残念ながら。
完全にスイッチが入った私はさらに追い討ちをかけていく。
「あぁそうだ、選択肢は17人だね。私もいるから。女同士ってのもなかなかオツなもんだよ」
慎が目だけを動かして私を見たのが分かった。やめろと言いたいのだろうが、別に私は構わない。選ぶのは彼女だ。
「さぁ、誰を選ぶ?」
彼女は押し黙って私を睨みつけている。
「あと1分で答えないと私がくじ引きで適当に選んじゃうよ」
さぁ誰を選ぶ。壁にかかった時計の秒針が無慈悲に残酷に時間を刻んでいく。
彼女は目を閉じてゆっくりと呼吸していたが、残り3秒となったところで私を見上げた。
「…!」
その瞳に宿っていたのは、今まで見たことも無い色の感情。
絶望や恐怖ではない。諦めでもない。かといって死の淵に立った者特有の何もかも悟ったような感じとも、感情が死んでしまったからっぽな目とも少し違う。
言うなればその瞳は、ブラックホールだった。
全てを吸い込もうとするブラックホール。無限の広がりの奥から誰か別の人間がこちらを見ているような錯覚に陥って、私は思わず喉をごくりと上下させる。
何だ、この目は。
「それならば、『アフロディーテ』であるあなたと…Dr.藤原のもうひとりの『ひかりの子』に」
空恐ろしいほどに落ち着いた声色で、そう告げる。
カチリ
どこからか何かのスイッチが入るような音がした。
彼女が何と言ったのか理解するまでに数秒の時間を有した。
『アフロディーテ』?ドクター藤原、と言った?
まさか。
まさか、どうして。
彼女が言った『アフロディーテ』というのは私のことだ。
かつての主人が、そう名付けた。
で、その後の『ひかりの子』。
これは…
彼女の視線が私の後ろに立つ16人を順番に通っていく。
そして一番最後、右端に立っていた彼で止まった。
「…あなたですか。こんなところで会いたかった人間に2人も出会えるとは」
残りのメンバー15人がそちらを見る。
私は振り返らなかった。
振り返らなくとも、彼女が誰に話しかけたか分かっていたから。
不気味な静寂が舞い降りた部屋に、慎の声がぽかりと浮かび上がった。
「樹さん…?」
テロ未遂事件の翌日。
私は椅子に縛り付けられた40代後半のカルト信者の女性に向かい合っていた。昨日壱馬が捕らえてくれた捕虜だ。
「私はたとえこの命尽きようとも、決して何も話しません」
「尽きてもらっちゃ困るよ。あなたの口が動くうちに聞きたいことがいっぱいあるんだから」
厚ぼったい一重の奥、黒い瞳は静かに凪いでいた。これから起こりうる絶望的なまでの苦しみと死を覚悟して悟りでも開いたのだろうか。
「1つ目。あなたの名前は?」
「答えません」
「1、2、3、……30」
ペンチで右手の小指を挟み、本来の可動域とは逆方向に無理やり持ち上げた。手応えと同時に彼女が血が滲むほど強く唇を噛み締める。
尋問は私がやると言って正解だった。きっとみんなからしたら抵抗出来ない女を傷つけることなんて、仕事とはいえ進んでやりたいものじゃないだろうから。
THE RAMPAGEのみならずLDHのメンバーは必ず任務を遂行するという鋼の意思のようなものを全員が持っていると思う。
HIROの期待に応えるためなら自分の命すら投げうち、どんな非道な手段でもこなしてみせる、いや、やらねばならないという一種の強迫観念。みんなそれを誰に教えられる訳でもなく、無意識のうちに自分の心に作り上げている。
しかしそれでもなお人間らしい心は忘れていない。
それは確かに『正義の味方』には必要なのかもしれないが、もともと裏社会で生きてきた私からすれば中途半端。生ぬるい心の隙間だ。そこのスキを見せたりつけ込まれたりしたら上手くいかないのだ、拷問というものは。
拷問の技術ならマフィア時代に学んだ。
どこが1番痛いか、どうやってギリギリで生命を保っておくか、どんな言葉で相手を追い詰めるか。
「2つ。家族はいる?」
「答えません」
「…29、30」
「4つ。信仰する神様はいる?」
「こたえ、ません」
「30」
「8つ。あなたが今属している組織は何?」
「ぅあ…っ、こたえないっ、」
「さんじゅう」
順番に折っていって、残るは左手の小指だけになってしまった。
「10個目の質問ね」
血濡れのペンチを彼女の顎にかけ、くいと顔を持ち上げる。
「あなたたちのボスは誰?」
彼女は涙と脂汗でぐしゃぐしゃになった顔で、私を睨みつけた。
「こたえない」
「1、2、3、4、5」
30。
べきっと、小枝が折れるみたいな音が響いた。
叫び声ひとつ上げないとは、たいした根性だ。16人のメンバーは私の後ろから無表情で様子を伺っている。
「じゃあ次は足の指行ってみようか。まこっちゃん、新しいペンチ持ってきて」
「…みさ」
「なに」
慎の黒真珠のような瞳が一瞬迷いを帯びるように揺れ、伏せられた。
「…いや、分かった」
新しいペンチを手に戻ってきた慎は彼女の前にしゃがみこむ。
「俺がやる」
「あ、そう?じゃあ私質問係ね」
私はさっきと同じ10個の質問を同じ順番で繰り返した。彼女の答えもさっきと同じ。慎は何かを押し殺したような表情でペンチを動かしている。
「これで人体約200本の骨のうち20本の骨が折れちゃったわけだけど、何か感想はある?」
「これ以上何をやっても無駄よ。私は絶対に、あなたたちには屈しないわ」
「ま、10%の骨折られて口割らない奴は50%でも90%でも言わないだろうね」
「分かっているなら一思いに殺しなさい。私が死んでも、この魂は仲間の元へ再び還り生まれ変わる。死など怖くないわ」
還る。命が。
輪廻転生というやつか。
「それがあんたらの宗教が信じているもの?」
彼女が一瞬口ごもった。
ビンゴだ。
私はニヤリと笑ってまこっちゃんの後ろから身を乗り出す。
「ちょっと喋りすぎちゃったねぇ、お姉さん?」
これだから尋問拷問の類は面白いのだ。蜘蛛の巣のように張り巡らせたトラップに、どうやって誘導していくか。どうやって敵の精神を追い詰めていくか。
一種の心理ゲームだ。
彼女が燃えるような瞳で私を睨みつけた。私にとってはそれすらも面白く感じられて、喉の奥でくつくつと低く笑う。
「やっぱ掘り下げ甲斐があるね。でもあなたに痛みは効かないみたいだし、方法を変えようか」
私は立ち上がって私の横に来た慎の背中をぽん、と叩いた。
「ここに16人の男がいます。この中から誰かひとり選んで。ナニされるかぐらい言わなくても分かるよね」
女の瞳が大きく見開かれた。その瞳に初めて怒りの炎が灯る。
「…自分を犯す相手を自分で選べと?」
「楽しいでしょ」
彼女の瞳に宿る怒りの炎がさらに激しく燃え上がった。
女として最大級の屈辱だ、骨を折ったり肉を削いだりするよりも絶大な場合がある。
まぁ選ばれた人にはちょっと頑張ってもらわないといけないけど。
「いい?」
後ろを振り返って力矢に確認する。
「ああ」
力矢は低い声でそれだけ答えた。
ま、そりゃ嫌だよね。ごめんね。でもやめる気はないんだ、残念ながら。
完全にスイッチが入った私はさらに追い討ちをかけていく。
「あぁそうだ、選択肢は17人だね。私もいるから。女同士ってのもなかなかオツなもんだよ」
慎が目だけを動かして私を見たのが分かった。やめろと言いたいのだろうが、別に私は構わない。選ぶのは彼女だ。
「さぁ、誰を選ぶ?」
彼女は押し黙って私を睨みつけている。
「あと1分で答えないと私がくじ引きで適当に選んじゃうよ」
さぁ誰を選ぶ。壁にかかった時計の秒針が無慈悲に残酷に時間を刻んでいく。
彼女は目を閉じてゆっくりと呼吸していたが、残り3秒となったところで私を見上げた。
「…!」
その瞳に宿っていたのは、今まで見たことも無い色の感情。
絶望や恐怖ではない。諦めでもない。かといって死の淵に立った者特有の何もかも悟ったような感じとも、感情が死んでしまったからっぽな目とも少し違う。
言うなればその瞳は、ブラックホールだった。
全てを吸い込もうとするブラックホール。無限の広がりの奥から誰か別の人間がこちらを見ているような錯覚に陥って、私は思わず喉をごくりと上下させる。
何だ、この目は。
「それならば、『アフロディーテ』であるあなたと…Dr.藤原のもうひとりの『ひかりの子』に」
空恐ろしいほどに落ち着いた声色で、そう告げる。
カチリ
どこからか何かのスイッチが入るような音がした。
彼女が何と言ったのか理解するまでに数秒の時間を有した。
『アフロディーテ』?ドクター藤原、と言った?
まさか。
まさか、どうして。
彼女が言った『アフロディーテ』というのは私のことだ。
かつての主人が、そう名付けた。
で、その後の『ひかりの子』。
これは…
彼女の視線が私の後ろに立つ16人を順番に通っていく。
そして一番最後、右端に立っていた彼で止まった。
「…あなたですか。こんなところで会いたかった人間に2人も出会えるとは」
残りのメンバー15人がそちらを見る。
私は振り返らなかった。
振り返らなくとも、彼女が誰に話しかけたか分かっていたから。
不気味な静寂が舞い降りた部屋に、慎の声がぽかりと浮かび上がった。
「樹さん…?」