けむりの向こうの君へ
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たばこの煙のようにふわふわ、ぷかぷかしていたのは俺だった。君はそんな俺を掻き乱し、蹴散らしていく一迅の潮風。
俺は結局、何もできないまま君が去っていくのを見ているしかない。あのMの飾り文字も、マルボロのパッケージも、唇を離した瞬間のビー玉のような瞳も。全部ぜんぶ、きっと永遠に俺で上書きすることはできないのだろう。
そのくせ、永遠に俺を捕らえて離してはくれないのだ。
「結局、1番のバカは俺か」
ぷかり、タバコの煙が夕暮れの墓場に浮かび上がる。君の墓の前にあぐらをかいて、俺は人生で2本目のタバコを吸っている。
やっぱり、これっぽっちもおいしくない。
「ごめんなぁ、俺、弱虫で」
あいつの面影ばかり追いかけて俺のことなんてちっとも向いてくれないことを、君のせいにしていた。
「なんで好きの一言も言えなかったんだろうな」
けむりが、肺を満たしていく。
君の命でできたけむりがゆっくりと身体をめぐって、くらくらと目眩を起こす。たまらず息を吐き出して俯いた。
「でもさぁ、俺、今も言える気しないや」
じゅう、と音がした。
雫がタバコの先に落ちたのだ。
涙の雨が降り注ぐ。火が消える。
「だって今、死ぬほどつらいからさぁ」
1度壊れた水瓶は元には戻らない。ぼろぼろと涙を零しながら、俺は火の消えたたばこを地面にくしゃりと押し付けた。
慟哭が、背中を震わせる。
「何で死んじゃうんだよ、るな」
右耳の裏がじんじんと痛む。
もうこの痛みでしか、君を思い出すことができないなんて。
これに縋ることしか、できないなんて。
「なんで俺にこんなにしんどい思いさせるんだよ」
目の前の石は、沈黙を守ったまま。地面に額がつくほどに身体を折り曲げて、俺は涙を流し続ける。
「なんで何も言ってくれないんだよ」
たった1文字、そこに込められた重みとか、大切な人を喪うことの絶望とか、それでもどうにかして生きていかなければならない人生というものの残酷さとか、タバコのこととか、タトゥーのこととか、将来のこととか。
聞きたいことはたくさんあったのに。
言いたいこともたくさんあったのに。
もう遅いことは分かっている。
それでも、俺の胸に押し寄せるのは後悔の大波だ。
「俺…ッ、バカだからさァ!色んな大事なことに気づくの遅いんだわ……そんなの、分かってただろお前…」
死人にワガママもエゴも通用しないことなんて分かっている。
それでも俺は、叫ぶ。
「ちょっとくらい待っててくれよ… るながタバコ吸ってる間に追いつくからさ」
けむりの向こうで、バカだな健太はって、笑っていてほしかった。
恥ずかしがらずにちゃんと想いを伝えて、穴の空いた君の心を俺が少しずつ埋めていきたかった。
けむりのように掴みどころがなくて、潮風のように激しい君を俺の隣に留めておきたかった。
いつかこの肌に、君が文字を刻んで欲しかった。
でもそれはもう、叶わない。
涙が止まらなかった。
「…健太」
日も暮れかけた頃、耳馴染みのある声が俺を呼ぶ。
「後悔、ちゃんとできたの」
「…やなやつ」
紫色の髪をふわふわと風に揺らめかせ、幼なじみは穏やかに笑う。その目の縁が少し赤いことについては何も言わないでおいた。
「行こ。飛行機、遅れるよ」
「ん」
立ち上がる。泣きすぎて頭がぼーっとする。墓前に供えたマルボロのパッケージは涙でくしゃくしゃになってしまっていたが、そのまま置いておいた。天国への差し入れだ。
俺はきっと、一生後悔しながら生きていくのだろう。
でも、それでも。
右耳の裏にそっと触れる。昨日の今日なのでまだ熱を持ったようにじんじんと痛む。
この痛みを絶対に忘れてはならない。
俺も、君も、どれだけ大きな傷を抱えていようとも進まなければならないことを分かっている。
生かされたのだ。俺は。
君の命を受け取って。
「さようならは?」
「しない。絶対しない」
「そっか」
海が夕陽を受けて真っ赤に燃える。
その水平線の向こうで立ち上る一筋の煙を、俺は見た気がした。
俺は結局、何もできないまま君が去っていくのを見ているしかない。あのMの飾り文字も、マルボロのパッケージも、唇を離した瞬間のビー玉のような瞳も。全部ぜんぶ、きっと永遠に俺で上書きすることはできないのだろう。
そのくせ、永遠に俺を捕らえて離してはくれないのだ。
「結局、1番のバカは俺か」
ぷかり、タバコの煙が夕暮れの墓場に浮かび上がる。君の墓の前にあぐらをかいて、俺は人生で2本目のタバコを吸っている。
やっぱり、これっぽっちもおいしくない。
「ごめんなぁ、俺、弱虫で」
あいつの面影ばかり追いかけて俺のことなんてちっとも向いてくれないことを、君のせいにしていた。
「なんで好きの一言も言えなかったんだろうな」
けむりが、肺を満たしていく。
君の命でできたけむりがゆっくりと身体をめぐって、くらくらと目眩を起こす。たまらず息を吐き出して俯いた。
「でもさぁ、俺、今も言える気しないや」
じゅう、と音がした。
雫がタバコの先に落ちたのだ。
涙の雨が降り注ぐ。火が消える。
「だって今、死ぬほどつらいからさぁ」
1度壊れた水瓶は元には戻らない。ぼろぼろと涙を零しながら、俺は火の消えたたばこを地面にくしゃりと押し付けた。
慟哭が、背中を震わせる。
「何で死んじゃうんだよ、るな」
右耳の裏がじんじんと痛む。
もうこの痛みでしか、君を思い出すことができないなんて。
これに縋ることしか、できないなんて。
「なんで俺にこんなにしんどい思いさせるんだよ」
目の前の石は、沈黙を守ったまま。地面に額がつくほどに身体を折り曲げて、俺は涙を流し続ける。
「なんで何も言ってくれないんだよ」
たった1文字、そこに込められた重みとか、大切な人を喪うことの絶望とか、それでもどうにかして生きていかなければならない人生というものの残酷さとか、タバコのこととか、タトゥーのこととか、将来のこととか。
聞きたいことはたくさんあったのに。
言いたいこともたくさんあったのに。
もう遅いことは分かっている。
それでも、俺の胸に押し寄せるのは後悔の大波だ。
「俺…ッ、バカだからさァ!色んな大事なことに気づくの遅いんだわ……そんなの、分かってただろお前…」
死人にワガママもエゴも通用しないことなんて分かっている。
それでも俺は、叫ぶ。
「ちょっとくらい待っててくれよ… るながタバコ吸ってる間に追いつくからさ」
けむりの向こうで、バカだな健太はって、笑っていてほしかった。
恥ずかしがらずにちゃんと想いを伝えて、穴の空いた君の心を俺が少しずつ埋めていきたかった。
けむりのように掴みどころがなくて、潮風のように激しい君を俺の隣に留めておきたかった。
いつかこの肌に、君が文字を刻んで欲しかった。
でもそれはもう、叶わない。
涙が止まらなかった。
「…健太」
日も暮れかけた頃、耳馴染みのある声が俺を呼ぶ。
「後悔、ちゃんとできたの」
「…やなやつ」
紫色の髪をふわふわと風に揺らめかせ、幼なじみは穏やかに笑う。その目の縁が少し赤いことについては何も言わないでおいた。
「行こ。飛行機、遅れるよ」
「ん」
立ち上がる。泣きすぎて頭がぼーっとする。墓前に供えたマルボロのパッケージは涙でくしゃくしゃになってしまっていたが、そのまま置いておいた。天国への差し入れだ。
俺はきっと、一生後悔しながら生きていくのだろう。
でも、それでも。
右耳の裏にそっと触れる。昨日の今日なのでまだ熱を持ったようにじんじんと痛む。
この痛みを絶対に忘れてはならない。
俺も、君も、どれだけ大きな傷を抱えていようとも進まなければならないことを分かっている。
生かされたのだ。俺は。
君の命を受け取って。
「さようならは?」
「しない。絶対しない」
「そっか」
海が夕陽を受けて真っ赤に燃える。
その水平線の向こうで立ち上る一筋の煙を、俺は見た気がした。
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