けむりの向こうの君へ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
るなの右耳の裏にある小さなタトゥーが嫌いだった。
高3の夏、アメリカ人兵士の飲酒運転の車に轢かれて死んだクラスメイト。あと1m車が逸れていたら一緒にいたるなが死んでいたという。
三日後、るなの肌に初めて刻まれたのはMの1文字。死んだクラスメイトがいつもこっそり校舎の裏で吸っていたマルボロがその綺麗な唇に咥えられていた。未成年喫煙がバレてどれだけ生活指導の先生に怒られても、頑なにタバコをやめようとはしなかった。
死んだあいつが羨ましい、と思う。瑠唯や部活の仲間と共にダンスに打ち込みながら、高校時代の俺は時々そんなことを考えていた。
るなの心にタトゥーと共に刻み込まれ、一生消えないでいることを約束されたあいつが羨ましい。
俺も死んだらるなはKのタトゥーを入れてくれるかな、と思ったがすぐにそんな考えは打ち消した。死ぬのは怖い。叶えたい夢も、掴みたい目標もあるのにたかだか片想いくらいで自ら命を落とすなんて馬鹿らしいじゃないか。
身を滅ぼすほどにはこの想いは激しくない。
だが、だからこそ、俺にはけして上書きできないその1文字が憎くて仕方なかった。
右耳の裏を絶えずちりちりと焦がすその痛みを消す術を、俺は知らない。
【今日ひま?】
リハの合間にLINEを送る。返事は1時間後にあった。るなはあまりスマホを見ない。
【17時から仕事の予約入ってるから、20時くらいからなら行ける】
【久しぶりにるなのつくるにんじんしりしりたべたいなぁ】
【作れってか】
【うん】
【なんであんたに作んなきゃなんないの】
冷たいなぁ、と呟いたら隣に座っていた樹に変な目で見られた。いつものことだけど。
【実家からおいしい泡盛送られてきたよ】
【人参買ってきてよ】
【やったぁ】
沖縄の血は争えない。こいつも根っからの酒好きだ。
【こっちの仕事終わったら店行くね】
そう送ったがそれきり既読はつかなかった。おそらく仕事に戻ったのだろう。
その日の撮影はサクサク終わった。俺が異様に上機嫌なことを他のメンバーは訝しんだが、瑠唯だけは何かを察したのかただニコニコしているだけだった。嫌な奴。
るなの店には何度か足を運んだことがある。その上にるなは住んでいる。
スーパーで人参やら酒のつまみやらを買って、タクシーを捕まえるなの元へと急ぐ。泡盛はちゃんと今朝家を出る時点でカバンに入れてあった。
俺も策士だなぁ。でも酒に釣られてほいほい俺を家に上げてしまうるなもるなだ。
要するに、お互い様。
別に手を出すつもりはない。どうせ何をしたってるなはあいつを忘れられなくて、からっぽの心を埋めることも、あのタトゥーを俺の名前で上書きすることも、マルボロをキャメルに変えることもできないのだ。
それならば、せめて2人だけの時間を共有することくらいは許して欲しい。
からん、アンティークの木製扉を開くと小さなカウベルが心地よい音を立てる。奥の部屋から「はいはーい」と声がして髪を後頭部でひとつにまとめたるなが顔を出した。
「…あ、なんだ健太か。早かったね。そこ座って待ってて」
「はーい…、あ」
「?なに」
「…いや。何でもない」
さっきまですごくテンションが高かったのに、一気に落ちた。
耳の裏のタトゥーが見えてしまったから。
暗い照明にアンティークものの家具で揃えた待合室で、俺はどかりとソファに座り込んだ。
るなが消えた作業場の扉を恨みがましく見つめる。
そりゃそうだ。仕事中は邪魔になるから髪は結っていて、そうすれば耳の裏にひっそりと、しかしくっきりと刻み込まれたその文字は顕になる。
なーんか、嫌になっちゃったな。
「るなのバカ」
誰もいない待合室で、俺の小さな呟きはぽとりと落ちて沈んでいった。
高3の夏、アメリカ人兵士の飲酒運転の車に轢かれて死んだクラスメイト。あと1m車が逸れていたら一緒にいたるなが死んでいたという。
三日後、るなの肌に初めて刻まれたのはMの1文字。死んだクラスメイトがいつもこっそり校舎の裏で吸っていたマルボロがその綺麗な唇に咥えられていた。未成年喫煙がバレてどれだけ生活指導の先生に怒られても、頑なにタバコをやめようとはしなかった。
死んだあいつが羨ましい、と思う。瑠唯や部活の仲間と共にダンスに打ち込みながら、高校時代の俺は時々そんなことを考えていた。
るなの心にタトゥーと共に刻み込まれ、一生消えないでいることを約束されたあいつが羨ましい。
俺も死んだらるなはKのタトゥーを入れてくれるかな、と思ったがすぐにそんな考えは打ち消した。死ぬのは怖い。叶えたい夢も、掴みたい目標もあるのにたかだか片想いくらいで自ら命を落とすなんて馬鹿らしいじゃないか。
身を滅ぼすほどにはこの想いは激しくない。
だが、だからこそ、俺にはけして上書きできないその1文字が憎くて仕方なかった。
右耳の裏を絶えずちりちりと焦がすその痛みを消す術を、俺は知らない。
【今日ひま?】
リハの合間にLINEを送る。返事は1時間後にあった。るなはあまりスマホを見ない。
【17時から仕事の予約入ってるから、20時くらいからなら行ける】
【久しぶりにるなのつくるにんじんしりしりたべたいなぁ】
【作れってか】
【うん】
【なんであんたに作んなきゃなんないの】
冷たいなぁ、と呟いたら隣に座っていた樹に変な目で見られた。いつものことだけど。
【実家からおいしい泡盛送られてきたよ】
【人参買ってきてよ】
【やったぁ】
沖縄の血は争えない。こいつも根っからの酒好きだ。
【こっちの仕事終わったら店行くね】
そう送ったがそれきり既読はつかなかった。おそらく仕事に戻ったのだろう。
その日の撮影はサクサク終わった。俺が異様に上機嫌なことを他のメンバーは訝しんだが、瑠唯だけは何かを察したのかただニコニコしているだけだった。嫌な奴。
るなの店には何度か足を運んだことがある。その上にるなは住んでいる。
スーパーで人参やら酒のつまみやらを買って、タクシーを捕まえるなの元へと急ぐ。泡盛はちゃんと今朝家を出る時点でカバンに入れてあった。
俺も策士だなぁ。でも酒に釣られてほいほい俺を家に上げてしまうるなもるなだ。
要するに、お互い様。
別に手を出すつもりはない。どうせ何をしたってるなはあいつを忘れられなくて、からっぽの心を埋めることも、あのタトゥーを俺の名前で上書きすることも、マルボロをキャメルに変えることもできないのだ。
それならば、せめて2人だけの時間を共有することくらいは許して欲しい。
からん、アンティークの木製扉を開くと小さなカウベルが心地よい音を立てる。奥の部屋から「はいはーい」と声がして髪を後頭部でひとつにまとめたるなが顔を出した。
「…あ、なんだ健太か。早かったね。そこ座って待ってて」
「はーい…、あ」
「?なに」
「…いや。何でもない」
さっきまですごくテンションが高かったのに、一気に落ちた。
耳の裏のタトゥーが見えてしまったから。
暗い照明にアンティークものの家具で揃えた待合室で、俺はどかりとソファに座り込んだ。
るなが消えた作業場の扉を恨みがましく見つめる。
そりゃそうだ。仕事中は邪魔になるから髪は結っていて、そうすれば耳の裏にひっそりと、しかしくっきりと刻み込まれたその文字は顕になる。
なーんか、嫌になっちゃったな。
「るなのバカ」
誰もいない待合室で、俺の小さな呟きはぽとりと落ちて沈んでいった。