第一章
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「スピード落ちてるぞ!ほらラスト!」
合宿6日目、筋トレ。
俺の隣では雪平が玉のような汗を浮かべて必死に脚を動かしていた。
「はい終了!少し休憩してからダンスの基礎トレな」
「ぐあーっ、きっつ…」
あちこちでメンバーが大の字に倒れている。
俺もしばらく息を整えてから立ち上がった。
ふと隣を見ると雪平が仰向けに寝転んで、大きく胸を上下させていた。顔が苦しそうに歪んでいる。
こいつ背はそんな高くない割にけっこう胸大きいんだよな…
なんて健全な男子のような思考を巡らせながら、俺は雪平に左手を差し出す。
「ほら」
「…」
オッドアイが俺を見上げる。
そして、雪平は俺の手を無視して自分で立ち上がるとスタジオを出ていった。
「あの人マジ性格キツいよな…これから同じグループとか大丈夫かな」
拓磨がぼそりと言う。
それを咎める人は誰もいなかった。
みんなが、そう思っていたのだ。
握られることのなかった左手を見つめる。
でも俺は、この17人がいい。
漠然と、本当に漠然とそう思っていた。
「さぁ、再開するぞ~」
雪平が戻ってきた頃に休憩も終わって、本格的なダンスの練習が始まる。
「今日はひとりひとり即興で踊ってもらいます。この5日間でやってきたことがどれだけ身についてるかを確認するからな」
年下から踊っていって、次は俺の番。
流れてきた洋楽に合わせて、自由に踊る。
やっぱりダンスは楽しい。音に合わせてくるくると回り、ステップを踏み、飛んで跳ねる。そうしていると段々次にくる音とリズムが掴めてきて、そこに自分のダンスをぴたりとはめられた瞬間の興奮は一入だ。
そんなことを思いながら踊り終えて、ふと鏡越しに雪平と目が合った。
(…え、)
左右で色の違う瞳がキラキラして、すこし笑っているように見えた。
でも、なんで?
俺がそれを確かめる前につ、と目線が逸らされてしまう。
何だったんだろう、今のは。
訝しむ俺を他所に、次は雪平の番。
「じゃあ、スタート」
雪平の小さな身体がとてつもないパワーと色気をもって動き始めた。
いつ見ても思う。
本当に上手い。
その力強さは男以上、そのセクシーさは女以上。今までに見たことの無い型破りなダンス。
NEW JACK SWINGかと思えばR&Bの要素もあり、GIRLS HIPHOPを取り入れた独特の振り。
あまりにも強烈なダンススタイルのせいで「これがガールズグループの中に入ったら全体のバランスを崩してしまう」と6年前のLDHガールズオーディションに落ちたと聞いた。
雪平は、グループよりも個人のダンサーとして踊っていた方が幸せなんじゃないだろうか。
でも。
「楽しそ」
俺の隣で山彰がぼそりと言う。
そう。
雪平の満面の笑みが見られるのなんて、ダンスしている時だけ。
本当に楽しそうに踊る。
俺はそんな雪平のダンスが好きだから、これからも見ていたいから。17人でTHE RAMPAGEとして活動していきたいと思うのだ。
「はいOK」
音楽が終わって、講師の先生が雪平にいくつかアドバイスする。
その日は全員の即興ダンスのあとに2グループに別れて振り付けを行ったところで終了となった。
「るい~」
「うん?」
自分の部屋で、お風呂に行こうとしていた瑠唯に声をかける。
「雪平ってたぶん自分が敬遠されてるって分かってるのに、なんであんなに頑張れるんだろ」
あんなに苦しそうな表情で筋トレに励んで、それでもなお楽しそうに踊る、オッドアイの君。
瑠唯は俺を振り返ると、ふっと笑った。
そういやこいつは割と雪平と普通に喋りかけられる数少ない人種だ。
「本人に聞いてみたら?」
扉がそっと閉じられて、3人部屋に残ったのは俺だけになった。陣さんも瑠唯も風呂だからしばらく帰ってこないだろう。
「本人に聞くっつってもなぁ…」
俺が呟いたのと、ちょうど同時くらい。
隣の部屋からドタン、ガタン、という大きな物音がした。
雪平の部屋からだ。
どうしたんだろう。
しばらく迷ってから、俺は部屋を出て隣の扉を恐る恐るノックした。
「雪平~…?なんかすごい音したけど大丈夫…?」
返事はない。
でも部屋の中でガタ、バタ、とものが倒れるような物音は続いている。
どうしよう、どうしよう。
勝手に開けたら怒られるかな…でも尋常じゃない音したし…
俺は散々迷った挙句、意を決してドアノブに手をかけた。
「入るよ…雪平?」
さっと、血の気が引くのが分かった。
雪平が床に倒れている。
「雪平!?」
異常に呼吸が速い。手足が震え、ぐっしょりと汗をかいている。
俺は慌てて雪平の身体を抱き上げた。
「きゅ、救急車…!しっかりしろ雪平」
病気?何かの発作?
とにかく人を呼ぼうとする俺の腕を、雪平の手が掴む。
「ぜ、ひゅ、だ、だいじょうぶ、だから、はっ、ぁ」
「大丈夫じゃねぇだろ!」
「おねがい」
色違いの瞳から、ほろほろと涙が零れ落ちた。
「ひとりに、しないで」
時間が止まったようだった。
俺と雪平の周りの空気だけが真空パックみたいにすぽんと抜き取られてしまったような。
気がついたら、雪平の華奢な身体を抱きしめていた。
震える背中を一定のテンポでぽん、ぽん、と叩きながら空いている手で頭を撫でる。
「落ち着いて、大丈夫、大丈夫だから」
「は、は、」
雪平の震える手が、俺の背中をぎゅっと掴む。
まるで縋るように。
しばらくそうしていると、呼吸が落ち着いてきた。
「…もう大丈夫。ごめん」
「本当に?平気?」
「うん……ありがと」
今更になって抱き合っていたのが恥ずかしくて、身体を離す。
腕の中に温もりが残っていた。
「…何だったの、今の」
誰かに弱みを見せることなんて絶対になかった雪平が、俺にすがりつくように泣いていた。
あんな顔、初めて見た。
雪平はしばらく迷うように視線を泳がせていたが、やがてぼそりと言った。
「………パニック障害って、知ってる?」
「パニック障害?」
何だそれは。
首を傾げる俺に、雪平はベッドにもたれかかったまま説明し始める。
「不安神経症のひとつで、強いストレスを感じた時に今みたいなパニック発作が起こるの」
「神経症…」
つまり、心の病気だ。
雪平が?あんなに自信に溢れてて強気な雪平が?
にわかには信じ難いけど、でもさっきの取り乱した様子を見た今となってはその言葉を飲み込むしかなかった。
「何でいま発作が起きたの?」
「……今までの合宿の反省点とかを色々考えてたら、頭の中こんがらがってきて。もっとこうしなきゃああしなきゃとか、強迫観念みたいなのが出てきちゃったんだよね」
雪平は額に手を押し当て、細く息を吐く。
その手はまだ微かに震えていた。
あぁそうか。
怖いんだ。こいつは。
「ごめん、神谷来てくれて助かった。ありがと」
「健太」
「え?」
俺は震えるその手を掴んで、両手で包み込むようにした。
小さい。小さい手。
「健太でいいよ」
「あ、あぁうん。分かった…健太」
「俺も白奈って呼んでいい?ていうか呼ぶから」
「まぁいいけど……あの、手」
白奈は戸惑ったように俺の顔と手を交互に見やる。
でも俺は、握った手を離さなかった。
「こうしてれば安心するだろ。まだ震えてるし」
オッドアイが困ったようにふらふら揺れて、結局下を向く。どうやら諦めたらしい。
俺たちは床に直接座ったまま、しばらく黙って手を握っていた。
「…病気のこと、誰にも言わないでほしいんだけど」
「分かった」
「何も聞かないの?」
「何を?」
「何をって…色々」
「白奈が言いたくないことなら聞かないし、話して欲しくないなら俺は誰にも話さないよ」
白奈はぽかんと俺の顔を眺めた。
「健太ってもっとふざけた奴だと思ってた」
「失礼だな!俺だってちゃんとする時はちゃんとするよ!」
「ちゃんとしてるの見たことないけど」
「はぁ!?」
心外だと怒る俺を見て。
雪平がふっと吹き出した。
「あはは、面白いね健太。ふふ」
「え、」
笑った。
満面の笑み、ダンス以外で初めて見たかも。
可愛い。
白奈はひとしきり笑った後に、おもむろに語りだした。
「私ね、この目のせいで小学校中学校といじめられてたの」
初めて自分から、自分のことを話してくれた。
いじめられていたこと。そのトラウマでパニック障害を患ったこと。それでもいじめっ子を見返したくてダンスに励み、最近は症状も落ち着いていたこと。
独特なダンススタイルのせいで女性グループにも入れてもらえず、憧れだったEXILEには女であるせいで入れなかったこと。しかしHIROさんが白奈の為だけに特別にオーディションを行ってくれ、THE RAMPAGE候補生となったこと。
「ここが、私に与えられた唯一の場所だから。誰にも盗られたくないの。身体能力で上回ってるからって男に負けたくない」
「… 白奈のダンス、俺はすごいと思う。俺たちの誰とも違うかっこよさがある。俺は好きだよ」
でも。
「俺たちはTHE RAMPAGEっていう同じグループなんだし、勝ち負けじゃないと思うんだよね」
「え?」
「一緒にひとつの方向を目指すのがチームだろ。お互いを認めあって、高めあっていくべきであってさ。そこに男も女もないんじゃないの?」
白奈は黙っている。俺は自分が何を言っているのかもよく分からないまま、喋り続けた。
「俺は白奈のダンスを尊敬してる。トレーニングに真剣に取り組んでるのもすげーと思う。それはたぶん他のみんなもそうだよ。ただ、コミュニケーションが足りてなくてお互い勘違いしてる。白奈の居場所を盗るひとなんてひとりもいない」
俺たちは17人でひとつだから。
「だから白奈も男とか女とかそんな細かいこと忘れてさ、歩み寄っておいでよ。せっかく可愛い笑顔してんのに、ずっとむっつりしてるの勿体ない」
可愛い、という単語を聞いた途端白奈の顔がかあっと赤くなる。
「か、可愛くない」
「確かに真顔は怖いけど」
それを聞くと、途端に「はぁ?」と眉間にしわを寄せる。表情が忙しい。
「ほらぁ、その顔が怖いんだって!」
「怖くないから」
「怖いよ!」
そんな風にぎゃーぎゃー騒いでいると、ふいに廊下を誰かが歩いてくる気配がした。
「あ、やばい陣さんと瑠唯帰ってきたかな。風呂行かなきゃ」
俺は慌てて立ち上がり、最後にもう一度「発作はもう大丈夫?」と確認する。
「もう大丈夫、ありがとう。ほらさっさと行かないと風呂入りそびれるよ」
「やばいやばい」
バタバタと部屋を出ていこうとした時。
ふいに白奈が俺の名前を呼んだ。
「健太」
「うん?」
「私も、健太のダンス好きだよ」
鏡越しに見たあの昼下がりと同じ輝きをもってして、オッドアイが俺に向けられていた。
『好きだよ』
その言葉が俺の頭の中で何度も跳ね返る。
好き。
俺のダンスが。
あの時笑っているように見えたのは気の所為じゃなかったんだ。
たとえライバル心を抱いていても、きっとこいつの根っこは老若男女問わないダンサーへのリスペクトで溢れているんだろう。
つまるところ、雪平白奈という女はただのダンス馬鹿なのだ。
「おっ、俺も!」
俺も。
「白奈の、以外とおっぱい大きいところ好き」
数秒後、顔面に枕を叩きつけられて廊下に転がる俺を見て、陣さんが眉をひそめていた。
「そんなところで何やってんねん健太」
合宿6日目、筋トレ。
俺の隣では雪平が玉のような汗を浮かべて必死に脚を動かしていた。
「はい終了!少し休憩してからダンスの基礎トレな」
「ぐあーっ、きっつ…」
あちこちでメンバーが大の字に倒れている。
俺もしばらく息を整えてから立ち上がった。
ふと隣を見ると雪平が仰向けに寝転んで、大きく胸を上下させていた。顔が苦しそうに歪んでいる。
こいつ背はそんな高くない割にけっこう胸大きいんだよな…
なんて健全な男子のような思考を巡らせながら、俺は雪平に左手を差し出す。
「ほら」
「…」
オッドアイが俺を見上げる。
そして、雪平は俺の手を無視して自分で立ち上がるとスタジオを出ていった。
「あの人マジ性格キツいよな…これから同じグループとか大丈夫かな」
拓磨がぼそりと言う。
それを咎める人は誰もいなかった。
みんなが、そう思っていたのだ。
握られることのなかった左手を見つめる。
でも俺は、この17人がいい。
漠然と、本当に漠然とそう思っていた。
「さぁ、再開するぞ~」
雪平が戻ってきた頃に休憩も終わって、本格的なダンスの練習が始まる。
「今日はひとりひとり即興で踊ってもらいます。この5日間でやってきたことがどれだけ身についてるかを確認するからな」
年下から踊っていって、次は俺の番。
流れてきた洋楽に合わせて、自由に踊る。
やっぱりダンスは楽しい。音に合わせてくるくると回り、ステップを踏み、飛んで跳ねる。そうしていると段々次にくる音とリズムが掴めてきて、そこに自分のダンスをぴたりとはめられた瞬間の興奮は一入だ。
そんなことを思いながら踊り終えて、ふと鏡越しに雪平と目が合った。
(…え、)
左右で色の違う瞳がキラキラして、すこし笑っているように見えた。
でも、なんで?
俺がそれを確かめる前につ、と目線が逸らされてしまう。
何だったんだろう、今のは。
訝しむ俺を他所に、次は雪平の番。
「じゃあ、スタート」
雪平の小さな身体がとてつもないパワーと色気をもって動き始めた。
いつ見ても思う。
本当に上手い。
その力強さは男以上、そのセクシーさは女以上。今までに見たことの無い型破りなダンス。
NEW JACK SWINGかと思えばR&Bの要素もあり、GIRLS HIPHOPを取り入れた独特の振り。
あまりにも強烈なダンススタイルのせいで「これがガールズグループの中に入ったら全体のバランスを崩してしまう」と6年前のLDHガールズオーディションに落ちたと聞いた。
雪平は、グループよりも個人のダンサーとして踊っていた方が幸せなんじゃないだろうか。
でも。
「楽しそ」
俺の隣で山彰がぼそりと言う。
そう。
雪平の満面の笑みが見られるのなんて、ダンスしている時だけ。
本当に楽しそうに踊る。
俺はそんな雪平のダンスが好きだから、これからも見ていたいから。17人でTHE RAMPAGEとして活動していきたいと思うのだ。
「はいOK」
音楽が終わって、講師の先生が雪平にいくつかアドバイスする。
その日は全員の即興ダンスのあとに2グループに別れて振り付けを行ったところで終了となった。
「るい~」
「うん?」
自分の部屋で、お風呂に行こうとしていた瑠唯に声をかける。
「雪平ってたぶん自分が敬遠されてるって分かってるのに、なんであんなに頑張れるんだろ」
あんなに苦しそうな表情で筋トレに励んで、それでもなお楽しそうに踊る、オッドアイの君。
瑠唯は俺を振り返ると、ふっと笑った。
そういやこいつは割と雪平と普通に喋りかけられる数少ない人種だ。
「本人に聞いてみたら?」
扉がそっと閉じられて、3人部屋に残ったのは俺だけになった。陣さんも瑠唯も風呂だからしばらく帰ってこないだろう。
「本人に聞くっつってもなぁ…」
俺が呟いたのと、ちょうど同時くらい。
隣の部屋からドタン、ガタン、という大きな物音がした。
雪平の部屋からだ。
どうしたんだろう。
しばらく迷ってから、俺は部屋を出て隣の扉を恐る恐るノックした。
「雪平~…?なんかすごい音したけど大丈夫…?」
返事はない。
でも部屋の中でガタ、バタ、とものが倒れるような物音は続いている。
どうしよう、どうしよう。
勝手に開けたら怒られるかな…でも尋常じゃない音したし…
俺は散々迷った挙句、意を決してドアノブに手をかけた。
「入るよ…雪平?」
さっと、血の気が引くのが分かった。
雪平が床に倒れている。
「雪平!?」
異常に呼吸が速い。手足が震え、ぐっしょりと汗をかいている。
俺は慌てて雪平の身体を抱き上げた。
「きゅ、救急車…!しっかりしろ雪平」
病気?何かの発作?
とにかく人を呼ぼうとする俺の腕を、雪平の手が掴む。
「ぜ、ひゅ、だ、だいじょうぶ、だから、はっ、ぁ」
「大丈夫じゃねぇだろ!」
「おねがい」
色違いの瞳から、ほろほろと涙が零れ落ちた。
「ひとりに、しないで」
時間が止まったようだった。
俺と雪平の周りの空気だけが真空パックみたいにすぽんと抜き取られてしまったような。
気がついたら、雪平の華奢な身体を抱きしめていた。
震える背中を一定のテンポでぽん、ぽん、と叩きながら空いている手で頭を撫でる。
「落ち着いて、大丈夫、大丈夫だから」
「は、は、」
雪平の震える手が、俺の背中をぎゅっと掴む。
まるで縋るように。
しばらくそうしていると、呼吸が落ち着いてきた。
「…もう大丈夫。ごめん」
「本当に?平気?」
「うん……ありがと」
今更になって抱き合っていたのが恥ずかしくて、身体を離す。
腕の中に温もりが残っていた。
「…何だったの、今の」
誰かに弱みを見せることなんて絶対になかった雪平が、俺にすがりつくように泣いていた。
あんな顔、初めて見た。
雪平はしばらく迷うように視線を泳がせていたが、やがてぼそりと言った。
「………パニック障害って、知ってる?」
「パニック障害?」
何だそれは。
首を傾げる俺に、雪平はベッドにもたれかかったまま説明し始める。
「不安神経症のひとつで、強いストレスを感じた時に今みたいなパニック発作が起こるの」
「神経症…」
つまり、心の病気だ。
雪平が?あんなに自信に溢れてて強気な雪平が?
にわかには信じ難いけど、でもさっきの取り乱した様子を見た今となってはその言葉を飲み込むしかなかった。
「何でいま発作が起きたの?」
「……今までの合宿の反省点とかを色々考えてたら、頭の中こんがらがってきて。もっとこうしなきゃああしなきゃとか、強迫観念みたいなのが出てきちゃったんだよね」
雪平は額に手を押し当て、細く息を吐く。
その手はまだ微かに震えていた。
あぁそうか。
怖いんだ。こいつは。
「ごめん、神谷来てくれて助かった。ありがと」
「健太」
「え?」
俺は震えるその手を掴んで、両手で包み込むようにした。
小さい。小さい手。
「健太でいいよ」
「あ、あぁうん。分かった…健太」
「俺も白奈って呼んでいい?ていうか呼ぶから」
「まぁいいけど……あの、手」
白奈は戸惑ったように俺の顔と手を交互に見やる。
でも俺は、握った手を離さなかった。
「こうしてれば安心するだろ。まだ震えてるし」
オッドアイが困ったようにふらふら揺れて、結局下を向く。どうやら諦めたらしい。
俺たちは床に直接座ったまま、しばらく黙って手を握っていた。
「…病気のこと、誰にも言わないでほしいんだけど」
「分かった」
「何も聞かないの?」
「何を?」
「何をって…色々」
「白奈が言いたくないことなら聞かないし、話して欲しくないなら俺は誰にも話さないよ」
白奈はぽかんと俺の顔を眺めた。
「健太ってもっとふざけた奴だと思ってた」
「失礼だな!俺だってちゃんとする時はちゃんとするよ!」
「ちゃんとしてるの見たことないけど」
「はぁ!?」
心外だと怒る俺を見て。
雪平がふっと吹き出した。
「あはは、面白いね健太。ふふ」
「え、」
笑った。
満面の笑み、ダンス以外で初めて見たかも。
可愛い。
白奈はひとしきり笑った後に、おもむろに語りだした。
「私ね、この目のせいで小学校中学校といじめられてたの」
初めて自分から、自分のことを話してくれた。
いじめられていたこと。そのトラウマでパニック障害を患ったこと。それでもいじめっ子を見返したくてダンスに励み、最近は症状も落ち着いていたこと。
独特なダンススタイルのせいで女性グループにも入れてもらえず、憧れだったEXILEには女であるせいで入れなかったこと。しかしHIROさんが白奈の為だけに特別にオーディションを行ってくれ、THE RAMPAGE候補生となったこと。
「ここが、私に与えられた唯一の場所だから。誰にも盗られたくないの。身体能力で上回ってるからって男に負けたくない」
「… 白奈のダンス、俺はすごいと思う。俺たちの誰とも違うかっこよさがある。俺は好きだよ」
でも。
「俺たちはTHE RAMPAGEっていう同じグループなんだし、勝ち負けじゃないと思うんだよね」
「え?」
「一緒にひとつの方向を目指すのがチームだろ。お互いを認めあって、高めあっていくべきであってさ。そこに男も女もないんじゃないの?」
白奈は黙っている。俺は自分が何を言っているのかもよく分からないまま、喋り続けた。
「俺は白奈のダンスを尊敬してる。トレーニングに真剣に取り組んでるのもすげーと思う。それはたぶん他のみんなもそうだよ。ただ、コミュニケーションが足りてなくてお互い勘違いしてる。白奈の居場所を盗るひとなんてひとりもいない」
俺たちは17人でひとつだから。
「だから白奈も男とか女とかそんな細かいこと忘れてさ、歩み寄っておいでよ。せっかく可愛い笑顔してんのに、ずっとむっつりしてるの勿体ない」
可愛い、という単語を聞いた途端白奈の顔がかあっと赤くなる。
「か、可愛くない」
「確かに真顔は怖いけど」
それを聞くと、途端に「はぁ?」と眉間にしわを寄せる。表情が忙しい。
「ほらぁ、その顔が怖いんだって!」
「怖くないから」
「怖いよ!」
そんな風にぎゃーぎゃー騒いでいると、ふいに廊下を誰かが歩いてくる気配がした。
「あ、やばい陣さんと瑠唯帰ってきたかな。風呂行かなきゃ」
俺は慌てて立ち上がり、最後にもう一度「発作はもう大丈夫?」と確認する。
「もう大丈夫、ありがとう。ほらさっさと行かないと風呂入りそびれるよ」
「やばいやばい」
バタバタと部屋を出ていこうとした時。
ふいに白奈が俺の名前を呼んだ。
「健太」
「うん?」
「私も、健太のダンス好きだよ」
鏡越しに見たあの昼下がりと同じ輝きをもってして、オッドアイが俺に向けられていた。
『好きだよ』
その言葉が俺の頭の中で何度も跳ね返る。
好き。
俺のダンスが。
あの時笑っているように見えたのは気の所為じゃなかったんだ。
たとえライバル心を抱いていても、きっとこいつの根っこは老若男女問わないダンサーへのリスペクトで溢れているんだろう。
つまるところ、雪平白奈という女はただのダンス馬鹿なのだ。
「おっ、俺も!」
俺も。
「白奈の、以外とおっぱい大きいところ好き」
数秒後、顔面に枕を叩きつけられて廊下に転がる俺を見て、陣さんが眉をひそめていた。
「そんなところで何やってんねん健太」