｢違うよみさ。そこはもっと柔らかく。Andanteだ｣
｢は、はい｣
｢ここはもっとタメて。流さないで｣
｢はい｣
｢ストップストップ！ここは…｣

｢何か、弾き方変わった？｣

徳島公演を終えて寮に戻っていた壱馬が何気なく言った。慎も頷く。

｢俺も思いました｣

手遊びに弾いているフリをしつつ、聴覚はしっかりふたりの方に集中していた。

｢…そう、かな？｣

レッスンの成果だろうか。上手くなったのだろうか。自分じゃやっぱり分からないから、客観的に見てそう思ってくれるなら…

｢今はちょっとかっちりしてる？感じ？…俺は前の弾き方の方が好きやなぁ、常識なんて知らん！って感じで｣
｢あー俺もです。何か、みさの弾き方ってそれこそRAMPAGEっぽくて俺らの雰囲気にもぴったりだったんだよな｣

え？
思わず運指が狂ってあられもない音を鳴らす。
前の方がよかった？
じゃあこの4ヶ月でやってきたことは何だったの？

｢みさ？どうした、大丈夫？｣
｢私のピアノ、下手かな｣
｢え？いや、そんなことはないやろ…つーかむしろ上手すぎてビビるレベルやで｣
｢…そっか｣

手をぎゅっと握る。
もう3月も終わる。HIROさんとの約束の日まであと約2ヶ月だ。
不安の雲が、ゆっくりと垂れ篭めはじめていた。