偽りの執事



(メンデル学術賞、か・・・)



アスランは身体をすくめながらキャンパスの中を歩いていた。
秋の深さが増し夕暮れの空気の冷たさと鋭さが冬の到来がそう遠くないことを告げている。
ギリギリで保っていた執事と主人の関係を壊してしまったあの冬の日から、アスランはカガリの傍を離れることを選んだ。

「見くびるなよ。ワシはまだまだ現役だぞ」

執事という役目を放棄しオーブを離れるといったアスランをパトリックは応援することはしなかったが咎めもしなかった。
アスハの一の執事として仕えるザラの伝統を大切にしてきたパトリックには今回の決断は猛反対され勘当も覚悟していたアスランは拍子抜けした。
しかし逆にこれからは自分の歩く道は全て己が責任を負うのだということを実感した。
それが父からの新天地で生きていく自分への餞の言葉なのだろう。

慌ただしくオーブを出るまでカガリと顔を合わせることはなかった。
プラントに行くと決めてから一週間で出発という急な日程で、向こうでの生活の為の準備が忙しかったというのもあるけれど、カガリに会ってしまえば決心が鈍ってしまう。
だから敢えて「忙しい」を理由に会わないようにしたのだ。

プラントに到着してからは親戚の家に身を寄せて現地の高校に通い、そのまま世界最高峰のプラント大学に進学した。
そこで経済学を学びそのまま院に進んで数々の学術賞を受賞し経済界の若き天才として名を轟かせ、卒業を控えた今は数々の企業からオファーがきている。
研究員として大学に残り学問で生きていくという道もあるが、アスランは就職をするつもりだった。

(企業という場所で実際に経済を回してみたいんです)

教授に言った言葉は嘘ではない。
経済が回るさまを体感するにはやはり企業にいるのが一番だ。


けれども。




アスハ財閥。




アスランの脳裏にいつもある世界有数の大財閥。
そこを見据えるならば、大学という狭い空間にいては駄目なのだ。



カガリの傍にいられない。
そう思ってプラントにきたはずなのに、想うのはカガリのことばかりで。
いつしかアスランの目指す道はカガリの傍になっていた。

その為にプラント大学に進み研究を重ねた。
カガリの隣にいることのできる力が欲しかった。

カガリがセイラン家はもちろん今まで見合いを断り続けているというのは風の噂で聞いている。

努力の甲斐あってもう少しすれば自分は一流企業に入り、そこですぐに立派な地位を与えられるだろう。

そうやって努力し続ければいつかは・・

それでも、アスランがある程度の力と名声を手に入れたからこそ分かるアスハ財閥への遠い遠い距離に、結局いくら足掻いたところで届かないのだと愕然とすることも日常茶飯事だった。

そんなときはカガリがお見合いにいった冬の日のことを思い出す。

私は、お前が誰かと結婚するのは・・嫌だ・・

お前は・・私が誰かと結婚するの嫌じゃないのかよ・・


自分がカガリに向ける想いと同じ想いを俺に・・
そう思うと身体が震えるほど嬉しかった。
傲慢だと分かっていても。

そんな淡く儚い希望と諦めに似た絶望を胸に抱えアスランは今まで生きてきたのだった。


「アスラン君」

ぼんやりと物思いにふけっていたが自分を呼び止める声にアスランは肩を揺らした。

ぼんやりしているところを急に呼ばれたからというのもあるが、その声に聞き覚えがったからだ。

威厳があって重く低いが、でも温かみのあるその声はアスランが二度と会うことのないと思っていた人のものだった。

「ウズミ様・・・」

大学の門のところで斜陽を浴びながらこちらを見ている人物。
逆光で顔は影になってはっきりと見えないがそれは確かにアスハ財閥の頭取で、カガリの父親であるウズミ・ナラ・アスハだった。
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