偽りの執事

初めてキスをしたときと変わらずカガリの唇は柔らかく温かい。
それでもあのときは涙の味がしたけれど。

そんなことを思い出しながらアスランはゆっくりと唇を放し
青信号になると同時に車を発進させた。

「もう、なんでこんなところで・・」

赤信号の間ずっと唇を奪われていたカガリは頬を蒸気させ、息はあがっていた。

「ごめん」

「お前のごめんは口だけだからな・・」

「ごめん・・」

「もういい!分かった!」

カガリはアスランのごめんと低く囁く声に弱かった。
アスランもそれが分かっているのだろう。
恥ずかしそうにプイと顔をそむけるカガリを愛おしそうに眺めていたが、ふいに何か思い出したように顔を険しくした。

「ところでカガリ、俺はあの赤いドレスはもう着るなって言ったよな?それなのに何で今日それを持ってきたんだ?」

持ち出したのは先ほどのドレス話。

「え・・アスランそんなこと言ってたっけ?」

「全く君は・・。あれは肩も背中もむき出しになるし丈も短すぎるんだ!もちろんストールは持ってきているだろうな?」

「・・いや」

カガリは嫌な予感がした。
アスランのいつものお小言の時間が始まる。

「全く君は・・。仕方がないからストールも一緒に買っていこう。いや、新しいドレスを買ってしまったほうが早いな。あとカガリ、パーティー中、俺が一緒にいられないときは絶対に他の人とむやみに喋ったらだめだ」

「何でだよ?!」

「いつも言ってるだろう!カガリは隙が多すぎる。喋るにしても女性だけだ。男とは絶対に気安く喋るなよ。あと・・」


「お前・・」

ついにカガリが低い声を発してアスランを睨んだ。


そして、叫んだ言葉は想いを通じ合わせてから何度口から出たか分からない叫び。

「お前はもう私の執事じゃないんだぞ!!」



カガリの叫びは正しい。
アスランはもう執事ではなく、カガリの婚約者なのだから。
けれども、皮肉なことに、以前はわずらわしかったアスランの世話焼きなところが、今では嬉しくてたまらないのだった。

アスランがカガリにしつこいくらいに干渉するのは、彼の元来の気質からきているところもあるのだが、それだけじゃない。

優しく頭を撫でられたり、髪を梳いてもらうときと同じくらい、アスランから注がれる愛情を感じることができるのだ。

互いの気持ちを確かめ合った今では、おせっかいなまでの干渉が執事と主君という主従関係ではなくて、愛ゆえからくるものだと実感できるから。

悔しいから、アスランには絶対に言わないと決めているけれど。

(もう少し、お前の手をわずらわせても、いいかな・・・)

カガリは仏頂面してハンドルを握るアスランを横目で見つめた。





あともう少ししたら、執事と令嬢としてアスハ邸で暮らしていたときのように、毎朝アスランに起こしてもらう日々が始まる。

ただ、カガリを起こすアスランも、同じベッドにいる。
それが、以前とは違うところだ。






FIN
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