BAD BOY
カガリの手がぱたりと床に降ろされると、捲りあげるよりいいと思ったのか、アスランはカガリのブラウスのボタンを上から一つずつ外し始めた。
外気に触れる肌の面積が広がっていくのと、未知の出来事に対する恐怖が同じ速度でカガリの胸を浸食していく。
アスランの声や表情、触れる手というより、彼の存在そのものが怖かった。
カガリがアスランの言いなりなのはもはや贖罪からではなく、彼への圧倒的な恐怖に逆らうことができないからだった。
しかし、男に押し倒され服を脱がされるという、自分には程遠いと思っていた出来事が今まさに起こっているという事実に、カガリはやはり耐えきれなかった。
怖くて怖くて、自然と涙が溢れ出る。
「やだっ・・ぁ」
限界だった。
「もう、無理だ・・・」
両手で涙を押し出し続ける瞳を覆った。
「もう・・いい。許してくれなくていい。最低な人間のままでいいから、もう、やめてくれ・・・」
こうまでしないと拭えない罪なら、やむを得ないと思った。
贖罪すら出来ない愚かな人間だとアスランに蔑まれても構わない。
今自分に馬乗りになっているアスランの身体から、ブラウスのボタンをはじくアスランの手から逃れられるのであれば。
アスランの反応を、天に祈る気持ちで待ったカガリだったが、同時に今までの経験からアスランがカガリを決して許さないことも分かっていた。
今の言葉が、アスランの激情に油をそそぐことになるかもしれない。
嗚咽を漏らしながら半分暗い諦めの境地にいたカガリだったが、すこしの間のあと、アスランはカガリの床と背中の間に手を差し込むと、カガリの身をゆっくりと起こした。
そしてそのまま、カガリの身体を抱きしめるると、絞り出すように言った。
「好きなのか」
「え・・・」
耳元で発せられた声はどこか切なく、泣くのをこらえる子供のような響きを持っていた。
言っている意味が分からずに、カガリは緩く瞳を瞬かせた。
「アフメドのこと、好きなのか」
「え・・・?」
何故ここでアフメドが出てくるのか。
脈絡なく突然出てきた友人の名に、カガリは何も応えられなかった。
アスランの表情を伺いたくても、抱きしめられていて適わない。
剥き出しの素肌に彼のシャツ越しに、暖かな体温を感じる。
アスランの問いに答えることも忘れ、どんなに恐ろしくとも、アスランだって同じ人間なのだと当たり前なことをぼんやりと思っていると、ふいに密着していた身体が離された。
「もう、しないよ」
そう短く言うと、アスランは俯いたまま素早く立ち上がり、カガリから顔を背けるように踵を返した。
「え・・・?」
段々と遠ざかり、教室から出ていくアスランを、カガリは状況が飲み込めないまま、呆然と見送る。
「アス、ラン・・・」
服の乱れを直すのも忘れ、座り込んだままのカガリが小さく呼んだ彼の名は、誰の耳に届くことも無く、放課後の教室に溶けた。