BAD BOY
アスランは相変わらず、完璧な優等生だった。
眉目秀麗で文武両道、そのうえ誰にでも優しく誠実で人当たりのいい彼の周りには、いつも人が集まり羨望の眼差しを向ける生徒たちが幾重にも重なって取り巻いている。
非の打ちどころがないとは、まさにアスランのような人のことを言うのだろう。
しかし、カガリはアスランの仮面の下の顔を知っている。
冷淡で無慈悲で残酷なアスランの本性。
一か月前のあの日から、カガリはアスランに命じられるまま、誰もいなくなった放課後の部室や教室で償いという名の辱めを受けていた。
普段は穏やかな彼が、カガリを蹂躙するときは、貪欲な獣のようになるのだ。
その間、カガリは息を殺し唇を引き結び耐えるしかない。
首筋や耳、最近は鎖骨周りまで彼の舌や歯、唇に蹂躙されており、人目に触れないブラウスの下は赤い痣でいっぱいだった。
教室でアスランの顔を見るだけで、カガリは震えが止まらなくなる。
しかし、カガリが真実を言ったところで、一体誰が信じてくれるだろうか。
早速空手部に入部したアスランは、その実力と人柄から、自己主張をしているわけでもないのに、自然と部の中心になってしまっていた。
アスランの入部により、目立たなかった空手部は一躍脚光を浴び、先週の地区大会では個人、団体ともに優勝を果たした。
空手部の救世主といってもいいアスランの本性を訴えたところで、カガリの話を信じてくれる人はいないだろう。
フレイやミリアリアも完全にアスランを信用している。
学校全体がアスランの味方だった。
「カガリ、まだ残ってたのか」
部活が終わり、友達と寄り道する気にもなれなかったカガリが一人道場に残っていると、快活な足音とともに男子空手部の部長であるアフメドが書類をペラペラと振りながら、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「見て、生徒会から部の予算割増について了承貰えたよ」
そう言われてカガリは、部活を途中で抜けたアフメドが予算について生徒会へ交渉に行っていたのだと思い出す。
笑顔のアフメドがどこか遠かった。
「そっか」
カガリの表情が僅かに陰ったこと気が付かないのか、アフメドは明るく続ける。
「これで新しい練習用の防具買えるぞ。皆喜ぶな。これもみんな、アスランのおかげだよ。あいつが地区予選で優勝してくれたから」
「そう、だな・・・」
そう返事をして、カガリは俯いた。
アフメドの口から明るい声で出てきた彼の名前に、カガリの胸はたちまち鉛を飲んだように重くなる。
この一カ月、そのアスランにカガリは苦しめられ続けているのだ。
しかもそれを誰にも打ち明けることすら出来ず、苦悩が内に溜まっていく。
――限界が近かった。
「カガリ、何かあった?」
「え・・・」
顔を上げると、アフメドが真剣な顔でカガリを見つめていた。
「ふとした時に、辛そうな顔してるよな。最近、いやこの一カ月くらいずっとだ」
「いや、別に何もないぞ。お前の気のせいだろ」
アスランに脅されているなど、言えるわけが無い。
慌てて誤魔化したカガリだったが、アフメドは引かず、一歩足を踏み込んだ。
「嘘だ。最近のカガリは変だ。何か悩んでるだろ」
「アフメド・・・」
「話してくれないか。俺で良ければ何でも相談にのるから」
そう言ったアフメドの瞳には、真摯な光が瞬いていた。
心の底から、カガリの助けになりたいと訴えているのが分かる。
アフメドは高校に入学してからずっと空手部で苦楽を共にしてきた戦友だ。
ちょっと斜に構えるところはあるが、本当はとても優しい人だと知っている。
男女の垣根を越え、一番に信用できる人だった。
―――アフメドに話してしまおうか
彼の真剣な態度に、心が揺れる。
彼だったら、きっと信じてくれるはずだ。
カガリをアスランから救ってくれるかもしれない。
アフメドの人柄を信じた、大きな掛けだった。
「アフメド、あの、あのな・・・、私、実は」
覚悟を決め勇気を振り絞り、カガリが口を開いたときだった。
「カガリ、ここにいたのか」
アスランの低い声が、カガリの背後から響いた。