BAD BOY


「部活終わったのか?」

「え、ああ。。」

皆帰宅し、誰もいない教室。
忘れ物を取りに来て、振り返れば入り口に、転校生が立っていた。
廊下の窓から差し込む西日が藍色の髪を照らしている。
彼が転校してきて一週間、一度も話をしたことのない彼にいきなり声を掛けられたことにカガリは驚いた。

「毎日こんな時間まで大変だな」

穏やかな笑みを浮かべた転校生が何の躊躇いもなく、つかつかと歩み寄ってくる。
その自然な行動に、カガリは何か言わなくてはと慌てて口を開いた。

「えっと・・・ザラくんは、こんな時間まで何を?」

オーブ高校に転校してきてまだ一週間だというのに、彼の万能っぷりは既に学校中が知るところとなっていた。
ザフト高にいただけあってトップレベルの学力はもちろん、彼は運動神経も素晴らしく、サッカー部やバスケ部、陸上部と多くの部活動が熱心に彼を勧誘したが、確か彼は未だにどの部活動にも所属していないはずだった。

「ちょっと図書室で調べものをしていたんだ」

「・・・そう」

彼の返事を受けて、カガリは会話を続けずに、そっと顔を逸らした。
放課後のひと気の無い静かな教室に転校生と二人っきりという状況が息苦しかった。

―――早く帰ろう。

カガリはアスラン・ザラのことが何となく苦手だった。
クラスメイト達に向ける柔らかで品のいい笑顔。
教師陣への礼儀正しく、真面目な対応。
進学校に通う生徒たちはそれなりにプライドが高く、僻んだり、みっともない嫉妬はしない。
その為、眉目秀麗で成績優秀のアスラン・ザラは男子からは尊敬を、女子からは憧れのまなざしを受け、学校中の賞賛を受ける人気者になっていた。
そんな環境であっても、彼は自らの能力や素質を華にかけることはなく、常に謙虚であり、それが一層彼の人気を高めていた。
ミリアリアもフレイも、彼のことは一目置いている。
しかし、カガリはどうしても彼を手放しで好きにはなれなかった。
違和感、というのだろうか。
アスラン・ザラは出来過ぎている。
今の回答だってそうだ。
放課後に図書室で調べものだなんて、模範的過ぎる。
不自然なくらい、真っ白なのだ。

「アスハさんは確か、空手部だったよね」

「あ、うん・・・よく知ってるな」

転校生であり、学校のスターであるアスラン・ザラが、クラスメイトとはいえ、接点がまるでない自分の所属している部を知っていることに、カガリは驚いた。
彼を早速グルーブに取り込んだクラスメイト達との会話のなかで、そんな話題が出たのだろうか。
そういえば転校生は、既にカガリの苗字まで覚えていた。

「もしよかったら、今度見学に行っていいかな」

「え?」

思わず聞き返してしまったカガリに、アスランは苦笑いをした。

「駄目かな。実は俺、昔空手やってたんだ。ザフトの中高一貫校には空手部がなくて、ずっとやってなかったんだけど、折角だからまた始めてもいいかなって」

「本当か?!」

空手。
カガリにとってそれは魔法の鍵だった。
大きな目をキラキラと輝かせるカガリに、アスランは微笑みながら頷いた。
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